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医薬品原薬のプロセス開発に於ける製造設備・機器の選択

医薬品原薬のプロセス開発に於ける製造設備・機器の選択

初めに
1. 製造設備・機器の選択とスケールアップ
2. 反応槽の選択とスケールアップ
 1) 幾何学的時相似形(性)
 2) 反応・晶析槽の材質

 3) 反応・晶析槽の撹拌翼
 4) 反応槽のスケールアップ(実験室から製造現場)
3. ろ過機の選択とスケールアップ
 1) ろ過の原理
 2) ろ過の相似
 3) ろ過機の選択
 4) ろ過のスケールアップ
 5) 加圧ろ過機のスケールアップ例
4. 乾燥機の選択とスケールアップ
 1) 各乾燥機の特徴
 2) 乾燥機の原理
 3) 乾燥条件
 4) 乾燥操作で変化する湿晶
 5) 乾燥操作のスケールアップ
5. 原薬の乾燥事例
 1) セファレキシンの二次乾燥11)
 2) スタチン類縁体カルシウム水和物の二次乾燥(水和物の調湿)事例15)
6. 粉砕機の選定とスケールアップ
 1) 粉砕機の選択とスケールアップ
 2) ある治験薬の粉砕機の検討例
 3) 各種粉砕機の特徴
 4) ピンミル粉砕機のスケールアップ例
 5) 粒子分布と粉砕条件の検討例
 6) ピンミル粉砕での結晶多形転移例


  初めに
 「スケールアップ」とは、小型実験機で得た結果を大型生産機でも同様に再現・実現す
 るために、実生産機の機器・設備のサイズ、実製造量や実機の操作条件などを決めるこ
 とと言われている。プロセス開発に於けるスケールアップの基本条件は実験室と製造現
 場で共に幾何学的相似性、メカニズムの相似性、熱的相似性並びに化学的相似性を実現
 させることです。また、メカニズム(原理)の相似性には、静的応力の相似性、運動の
 相似性、力学的相似性がある。更に、医薬品原薬を商業生産するためには、これらの化
 学工学的な諸問題問と共に当局の規制順守、安定供給、安全面、コスト及び環境への配
 慮も重要なファクターです。このことは、既存製品を大量生産するコストダウンも同じ
 考えが適用される。

 ここからの話の内容は、プロセス開発に於けるスケールアップ時の設備・機器の選定と
 その条件です。化学工学の素人である筆者が原薬のプロセス開発から製造現場での経験
 と見聞きした事柄とスケールアップの考え方を化学工学の専門家、教科書、文献等から
 得た知識も含めまとめたものです。筆者が創薬から移りプロセス開発を始めたころ
 (1990年代前半)は、製造現場のことを何も知らず、また理解しようともせず実験室で
 のデータ取りと言えば収率と品質にこだわり反応条件の最適化だけを考えていました。
 それでも製造現場の担当者は今までの経験と勘により何とか成功させてくれていまし
 た。
 製造現場、化学工学を知らない者が現場担当者に何故この操作・条件を採用したのか、
 この操作ならこの設備を使えば出来るとか、実験室の条件を製造現場で忠実に再現する
 方法などを説明することなど出来ませんでした。うまく行っているときはそれでも良か
 ったのですが、製造現場で実験室の結果が再現出来ないことが起こり、何故、何故を繰
 り返していました。この様な経験から、プロセス開発者も製造現場を知り、設備・機器
 の原理、特性、操作を理解し覚えることが製造現場で実験室の条件を再現するための近
 道であると確信しました。製造現場で操作を安定して、安全に、忠実に再現するため
 に、実験室でどの様なデータ取を取れば、そのデータをそのまま適用するのか、スケー
 ルアップ変換が必要なデータは何かを考えるようになりました。
 プロセス開発からスケールアップを成功させるためには、経験と勘と度胸も大切です 
 が、化学工学の専門家との出会いから製造現場の状態を実験室で再現するプロセス開発
 の方法を考えることでした。
 そのためには、実験室から製造現場へのスケールアップに於いて幾何学的相似性、化学
 的相似性、力学的相似性並びに熱的相似性を保つ必要性があります。プロセス開発で
 は、実験室で最適化した操作条件が製造実機をスケールダウンした幾何学的相似形装置
 (反応槽、ろ過機、乾燥機等)を用いて実機の撹拌状態(力学的相似)、反応温度を含
 む操作温度の維持(熱力学的相似)、反応速度・品質の維持(科学的相似)等の再現に
 よる品質・収率等への影響を検証してスケールアップ(パイロット製造)に臨むべきと
 考えています。また、商業生産に向けたプロセス開発では、実験室の最適化条件をパイ
 ロット製造での検証とパイロット製造を続け小型実機で操作条件を最適化させます。更
 に商業生産に向けたプロセス開発では、パイロット製造を重ね最適化した工程操作条件
 の再現性と製造設備・機器の適合性をプロセスクオリフィケーション(PQ)で検証し、
 プロセスバリデーション(PV)で連続 3回の製造により検証し、PVが成功したら商業生
 産となる。商業生産中は年間製造実績をまとめ年次報告として品質向上とコストダウン
 に向けた操作条件の最適化(操作条件の幅を縮小)の絶え間ない実施と新しい技術・方
 法の取入れが重要となる。この時、各段階でのプロセス開発では、各段階のスケールに
 合わせた実機の性能・能力・原理をよく理解し、変更すべき操作条件数値を予測計算、
 操作時間の予測とそれらを用いてスケールアップ前検証を実施する必要がある。

  1. 実験室から商業生産までのプロセス開発


 バッチ式反応及び晶析槽のスケールアップに於いて、最も重要なファクターは撹拌と
 熱及び操作時間と思っています。撹拌はマストランスファーとして混合溶液・溶液温度
 の均一化と副反応並びに副生成物の制御に、ヒートトランスファーとしてジャケットの
 熱を反応溶液(或いは、反応で発生する熱をジャケットへ)等へ移動させ反応溶液等の
 温度均一化と維持に重要です。伝熱はヒートトランスファーとして反応等に必要な熱量
 をジャケット内の熱媒・冷媒から与え反応温度を維持させる、反応等で発生する熱吸収
 (除去)に重要です。また、操作時間は反応中間体・生成物(目的物)等の熱安定性に
 関わり重要です。この様に、スケールアップに於いては、スケールに合わせた撹拌数と
 ジャケット内に投入する熱媒・冷媒温度並びに操作時間を変換・変更することが重要と
 なります。

 図 2. 撹拌と伝熱

 


  操作時間はスケールにより異なってくる。例えば、1.0 L反応容器で~0.1 kg合成と 
  1,000 L反応槽での~~100 kg 製造の操作時間の違い例として図 3 に示している。この
  違いが反応プロファイル、反応活性中間体・生成物等の熱安定性等に影響を与え、中間
  体・原薬の品質に影響を与える可能性がある。

  図 3. 実験機と実機の予測製造(合成)操作時間の違い(例)
 



  既に、web上にアップさせた「医薬品原薬のプロセス開発に於ける・・・・・」シリー
  ズでお話していますが、実験室での反応を含む操作条件のデータ取りは開発ステージに 
  より異なります。反応条件が最適化されていない場合は、コルベン或いは多機能反応装
  置(ケムステーション、ケムミスプラザ等)により多変量解析法を用いて反応条件検討
  と迅速最適化を行います。この様にして最適化された条件は実験室でスケールアップ(2
  ~10Lの反応容器)を行い、最終原薬へ導き品質(純度、不純物量、不純物プロファイ
  ルなど)、収量等が同等以上で得られるかを検証します。この操作を何回か繰り返し
  (出来れば、連続3回で)実施して検証します。この時、使用予定の実機反応槽の幾何
  学的相似形反応器(実験機)を用いることをお勧めします。また、反応等の最適化操作
  条件が既に存在する場合も同様に、幾何学的相似形反応器を用いてスケールアップ製造
  量から実機での仕込み率に合わせ反応槽内の溶液・モノの流れを相似させ、反応器内で
  どの様なイベントが起こっているかを目視、リアクトIR、温度データロガー等の機器を
  用いて収集できるすべてのデータ取りと品質・収率等の検証を実施することを推奨しま
  す。ある原薬を原薬メーカーに依頼した時、そのメーカーは本製造を実施する場合は幾
  何学的相似形実験機で反応条件を検証しないと現場実機で製造できない決まりになって
  いると言っていた。

 図 4. 実験室からのスケールアップ反応機


 また、得られる(取れる)データ、操作中に起こったイベント等を全て記録することで
 す。例えば、詳細な記録は失敗の原因を後で検証・考察、或いはスケールアップで発生
 するかもしれないイベントを予測することが出来と考えています。実験室での最低限必
 要なデータ取りは、スケールアップでの反応開始から反応中、反応停止、抽出、濃縮及
 び結晶取り出しまでの全ての操作に関わる設定条件です。得られたデータから最適化操
 作条件を見つけるためには、操作ファクターの一変量或いは多変量解析での実験計画の
 作成とそれに合わせた実験が必要です。得られた最適化条件を製造現場へスケールアッ
 プするためには、試薬・副原料等の量比、温度、圧力及び撹拌数等の操作条件に安全率
 を持たせることです。この時、示強的数値(温度・圧力・原料と試薬等の比など)は変
 換してはならないが、示量的数値(原料と試薬量・撹拌数と冷媒・熱媒温度(伝熱)な
 ど)はスケールに合わせて変換予測計算が必要です。また、重要なことは、製造量から
 製造設備の選択とスケールアップ後の操作時間の予測と予測された操作時間に最低1.5
 (望ましくは、2倍以上)以上の熱安定性(操作溶液中の目的物の)を確保できる操作条
 件へ変更することです。初めてのスケールアップ製造では未知の世界ですので、そのプ
 ロセス開発では設定した操作条件範囲のワーストケースを用いて予測操作時間でトレー
 ス実験を実施し、重要中間体と原薬の品質・収率に与える影響も検証して実機製造に臨
 むことを推奨します。
 
 また、製造設備・機器の選択はその原理・特徴・原薬の性質等を理解し、プロセス開発
 後に用いる製造実機設備・機器の選定と撹拌数・伝熱(ジャケット内媒体の温度)の予
 測計算方法についても理解している範囲でお話しします。私自身がプロセス開発から製
 造現場へのスケールアップで行って来たこと、理解していることを記載しますが、化学
 工学的に間違った理解、或いは不明瞭な点等があるかもしれません。その様に思われた
 方々は、自身で先輩・仲間或いは専門家にお聞き下さい。

最近、徒然に思うこと。

 新聞等を見ていると、ジェネリックメーカーでPMDAから承認された標準操作法、安定
 性試験及び品質試験逸脱に関する不祥事が相次ぎ、市場から製品(医薬品製剤)の回収
 騒ぎが起きています。もし、このような標準操作法逸脱が原薬で発生すれば製造販売業
 者を巻き込んで同様に市場から製品(原薬或いは医薬品)を回収することになります。
 原薬会社は小さな会社が多いですから、回収騒ぎが起きれば一溜りもないと思っていま
 す。原薬及び医薬品製剤のプロセス開発者及び製造担当者は、このことを肝に銘じ「自
 分が作った原薬・製剤を安心して家族・患者さんに飲ませられる」と言える誇りをもっ
 て任に当たって頂きたいと考えています。


 1. 製造設備・機器の選択とスケールアップ
  医薬品原薬のプロセス開発に於いて、最も重要な製造設備・機器は反応・晶析槽と乾燥
  設備と思っています。反応・晶析槽の材質は一般的にグラスライニング(GL)製が選択
  されますが、反応条件(高温・高塩基性、極低温或は高温の場合)によってはステンレ
  ススチール(SUS)製或いはハステロイ製反応槽が選ばれます。

 プロセス開発に於けるスケールアップ用データ取りをスムーズに実施するためには、製
 造設備・機器の選択は幾何学的相似性、メカニズム(原理)的相似性、化学的(反応速
 度等)相似性並びに熱的(伝熱)相似性を考慮して実施することが重要となります。従
 って、実験室では使用予定実機の幾何学的相似形装置・原理が同じものを用いることが
 重要です。

 反応槽では、スケールアップ時に使用するその形状、撹拌翼とバッフルの形状とサイズ
 並びに材質等を顧慮して幾何学的相似形反応機(ミニチュア機)でデータ取りを行いま
 す。撹拌操作では、原薬製造の殆どの反応条件に於いて槽内の流れが乱流域で操作して
 いますので、ミニチュア機を用いてスケールアップする限り力学的相似は「単位体積当
 たりの撹拌動力(Pv)一定」にすれば槽の大小に関係なく等しくなると言われていま
 す

 では、相似性とは何でしょう。


 幾何学的相似性とは、プロセス開発で用いた実験・パイロット製造で用いた設備・機器
 の原理、材質、機能が同一で、プロセスに直接かかわる部分の付属品を含む全ての寸法
 比が一定に縮小或いは拡大した設備・機器です。

  図 5. 反応槽の幾何学的相似性


 メカニズム(装置・原理)の相似性とは、静的応力の相似性、運動の相似性、力学的相
 似性があり、プロセス操作の原理を同一することです。例えば、図 5 に示す様に、ろ過
 はヌッチェから遠心分離機へスケールアップしていますが、出来ればプロセス開発の最
 終段階ではメカニズムを合わせて検証するために小型機の遠心分離機を用いてろ過状況
 を確認した方がよいと思っています。このことから、反応槽の撹拌翼は力学的相似・運
 動学的相似・メカニズムの相似を達成するために幾何学的相似形状のモノを用います。
 プロセス開発で遠心分離或いは加圧ろ過を採用したら、出来るか限りスケールアップ後
 もその原理を採用すべきです。ろ過に於いて殆どの場合、実験室でヌッチェろ過(減圧
 ろ過)から製造現場で遠心分離機を用いることが多くありますが、ろ過操作はろ過状況
 (ろ過時間・wet 率・洗浄性)を確認することですのでヌッチェろ過が短時間で溶媒の
 抜けが良好であればろ過原理が違っても(減圧ろ過から遠心ろ過へ)経験上問題になる
 ことはなかった。また、乾燥に於いても、実験室で採用した乾燥原理に合わせた製造実
 機を選択すべきです。但し、目的物が空気(酸素)に弱い或いは湿気に弱い場合のろ過
 は加圧ろ過機を用いると思いますが、実験室でも加圧ろ過機を用いて操作条件・方法の
 データ取りを実施すべきです。

 図 6. 製造機器のメカニズム(装置・原理)の相似性
  a. 反応槽のメカニズム・原理の相似

 b. 一般的なろ過のスケールアップ

 c. 目的物が熱・酸素等に不安定な場合のろ過機

 

 d. メカニズム(原理)の相似によるろ過機と乾燥機のスケールアップ


 化学的相似性とは、スケールアップ前後の大小の装置で反応速度等を等しくすることで
 すが、反応速度に係る物質(原料・試薬・副原料・触媒等)を含む溶液が槽内の位置、
 反応経過時間においてその濃度、温度が等しくなるようにすることです。それには物
 質、熱および運動量の移動(マストランスファーとヒートトランスファー)を伴います
 ので、同時に大小の反応槽の幾何学的、力学的、熱的(伝熱)にも相似させる必要があ
 ります(図 5)。
 力学的相似性とは、スケールアップ前後の大小2つの装置内の流動状態(混合物溶液の流
 れ)を同一に保つことです。そのためには、反応槽及び撹拌翼の形状を相似させること
 です。しかしながら、大小2つの装置内の流動状態を表すレイノルズ数、フルード数を等
 しくする必要があるとされています。医薬品合成に用いられる反応液は粘度が低く、あ
 る撹拌数を超えると反応槽内の流体は乱流域状態に移るため、殆どの場合、幾何学的相
 似形装置を用いる限りレイノルズ数、フルード数に影響されず撹拌数を「単位体積当た
 りの撹拌動力一定」でスケールアップ出来ると言われています(図 7)。

 図 7. 単位体積当たりの撹拌動力(Pv)と熱量(Q)一定




  医薬品原薬のプロセス開発に於ける操作条件の最適化検証、或いはパイロット製造のス
  ケールアップ前検証として幾何学的相似形装置(幾何学的相似)を用いて実施すること
  をお勧めします。また、その他の製造設備・機器に於いてもメカニズムの相似(ろ過、
  濃縮、晶析、乾燥等の各操作機器の原理)、撹拌動力の相似並びに熱的相似(単位体積
  (容量)当たりの投入熱量一定)を実現させることが必要です。

 

 2. 反応槽の選択とスケールアップ
 反応槽のスケールアップでは、幾何学的相似形(反応槽の径と高さ比が同じ、撹拌翼も
 寸法比並びに槽径と撹拌翼径比が同じ)で、材質を合わせ、反応容積率も合わせること
 が大切です。(極)低温反応では幾何学的相似形と伝熱(冷却)の相似が大切になりま
 すので、伝熱(ジャケット)面積が問題となります。

1) 幾何学的時相似形(性)


(1) 反応槽と撹拌反翼の形状
 医薬品原薬の製造に用いられる反応槽には、グラスライニング(GL)製、ステンレスス
 チール(SUS)製(ハステロイ製を含む)がある。液性の性質、反応条件等によりGL
 と SUS 製では撹拌翼、バッフルの形状が異なり、GL製ではバッフルの先端に温度計セ
 ンサーが埋め込まれており、SUS製では槽底から挿入している場合が多くあります。極
 低温反応槽ではジャケット表面積を広げ冷却効率を上げるために槽内に伝熱コイルを設
 置されています(図 8)。

 図 8. 一般的なGL, SUS及び極低温反応槽、撹拌翼及びジャケット形状

(2) 一般的な晶析(反応)槽と撹拌翼の形状
  ここでは、晶析槽を示していますが、反応槽の形状には縦横標準、縦長及び横長タイプ
 の槽があります。実験室でデータ取りする場合は、これら実機の形状に合わせた幾何学
 相似形反応容器を用意し製造量に合わせた仕込み率、溶液の流れを合わせる必要があり
 ます。 
 
  図 9. 反応槽の胴形状


(3) 反応・晶析槽のジャケット構造
 ジャケットの構造は、下図に示す構造のものがあるが、一般的に 1 段或いは 2 段ジャケ
 ットが主流です。原薬の製造現場で、他のジャケット構造の反応槽を殆ど見たことがな
 い 2 段式ジャケットでは上下で媒体温度を変えることができ、濃縮時に高温にさらさ
 れる状況が改善でき、特に濃縮晶析時に有効です。

 図 10. 一般的なジャケット構造1)

 1) http://www.kobelco-eco.co.jp/product/process/rec_mac/jkt/jkt_000.htmlより転写

2) 反応・晶析槽の材質
 スケールアップ時の製造設備・機器は、製造現場で使用予定の幾何学的相似形を用いて 
 実験室でのデータ取りが大切と述べて来ましたが、反応液等の液性及び反応条件等を考
 慮し原薬等の品質に影響を与えない材質のモノを選択すべきです。製造設備・機器(反
 応・晶析槽・ろ過機・乾燥機等)の材質は、GL(グラスライニング)、SUS(ステンレ
 ススチール)、ハステロイ、樹脂(テフロン等)製等があります。機器材質の選択は、
 液性が酸性ではGL製、アルカリ性ではSUS製を用いるのが一般的ですが、最近のGLは耐
 アルカリ性が非常に向上しており強アルカリ(pH 14以上)で高温以外では腐食に耐え
 るとメーカーは謳っている。高温高濃度のアルカリ性溶液ではSUS、ハステロイ或いは
 樹脂製の反応槽を、極低温反応では伝熱効果が高い金属製反応槽を使用することを薦め
 ます。また、フッ素化合物及びフッ素化反応に使用する場合は、フッ化水素の発生の有
 無を確認し選択することになりますが、なるべくGL及び金属製反応槽を避ける方が賢明
 です。その場合は、テフロン(PTFE)或いは樹脂コーティングした反応槽が使用可能か
 をテストピースで確認することをお勧めします。特に原薬の製造では、異物・コンタミ
 が問題となるので材質の選択は非常に大切です。

 八光産業㈱(現、GL HAKKO)がGL反応槽のグラス面の耐腐食性技術資料2)を公開し
 ている

 図 11. GL 製反応槽の耐食性  
 

2) 株式会社GL HAKKOグラスライニング技術資料より

3) ㈱神鋼環境ソリューションより変更

 耐アルカリ性及び低温(冷却)反応で用いるステンレススチール(SUS)製反応槽に
 は、SUS314 316 等があり、それらの耐腐蝕性は SUS316 が優位と言われていす。実
 際、下記に示す様にあまり差がありませんが、原薬へのコンタミを考えるとSUS316をお
 勧めしますが高価です。表 1 にステンレススチールの無機物に対する腐食性の一部を載
 せますので、詳細は引用先を確認されたい。

 表 1. ステンレススチールの腐蝕性4)

4)  2013_16-17.pdf (ishiguro-gr.co.jp)より

 
極低温反応並びに腐蝕性を考慮するとハステロイ合金製となりますが非常に高価です。 
 また、ハステロイも万能ではありません。ハステロイにはモリブデンの含量、その他の
 添加金属により種々あるが代表的なC-4及びC-276 の腐蝕性について下記に示します。

 表 2. ハステロイの腐蝕性5)

5) 吉田武司ら、防食技術, 31, 81-86 (1982)より

 
  3) 反応・晶析槽の撹拌
  反応・晶析槽の撹拌翼の形状は、GL製反応槽では三枚後退翼(ファウドラー)、SUS 
  (金属)製反応槽では4枚傾斜バトル翼が主流です。最近では、ファウドラー翼の代わり
  にモールポー翼、ツインスター翼が少量の容量でも撹拌が可能であり撹拌効率が高いこ
  とから用いられるようになって来ている。晶析槽の撹拌翼はアンカー翼が主流です。撹
  拌翼はその形状により撹拌による溶液の流れが異なってくることから、幾何学的相似形
  の反応槽・晶析槽を用いてより近似の撹拌状態を再現してデータ取りが大切である。幾
  何学的相似形反応槽を製作する時、撹拌翼も反応槽の設計図から寸法をスケールダウン
  して作製して頂いている。

 表3. 撹拌翼の形状と特徴6)

6) ㈱神鋼環境ソリューションの技術資料より変更

  基本的な撹拌翼による溶液の流れ(図 12)を記載しているが、バッフルがあるとバッフ       
 ル部分で乱流が発生するので流れが複雑となります。また、バッフルの形状、位置等に
 より流れは異なって来るが、撹拌状態が十分に確保されていればあまり神経質になる必
 要はないと考えています。晶析槽の撹拌翼は結晶サイズが揃えられるような流れを作る
 アンカ ー翼が主流です。

 図 12. 撹拌翼の形状と溶液の流れ模式図



  4) 反応槽のスケールアップ(実験室から製造現場)
  反応槽のスケールアップは、材質、幾何学的相似形、撹拌動力一定(槽内の溶液の流れで 
  ある混合性、速度、乱流状態)及び伝熱効果一定で実施するのは基本中の基本です。プロ
  セス開発でのデータ取りは、実験反応機はスケールアップで使用予定の実機反応槽の幾何
  学的相似形で、反応は仕込み率(容積率)を合わせて実施し、撹拌のスケールアップは単
  位体積当たりの撹拌動力一定で実施しますので撹拌数を、伝熱は反応槽の容量が10倍に
    スケールアップしても伝熱(ジャケット)面積は 10倍に増えないので媒体温度と加熱・ 
  冷却に要する時間を記録することです。例えば7)500 L反応槽の伝熱面積は 2.79 m2
  すが、10 倍スケールアップした 5000 L では 12.85 m2 4.6 倍にしかならない。同じ
  熱・冷媒温度では反応液の内温を等しく維持することが出来ません。筆者の理解では、
  RC1 反応熱量計で反応熱等を測定し、熱量を計算し冷媒温度を決める必要があります。
  製造設備のパイロット機から実機(幾何学的相似形装置)へのスケールアップでは、冷媒
  温度の計算が容易に出来ます。

  伝熱のスケールアップ
   プロセス開発に於ける反応操作条件の最終最適化或いは最終確認では、スケールアップで
   使用予定の実機反応槽の材質と幾何学的相似形反応槽を用い仕込み率を合わせ実施するこ
   とを推奨します。撹拌のスケールアップは「単位体積(容積)当たりの撹拌動力一定」で
   実施するが、伝熱のスケールアップは、反応槽の容量(体積)が 10 倍にスケールアップ        しても伝熱(ジャケット)面積が 10倍に増えないため「単位体積当たりの反応槽伝熱面 
      積一定」で実施する。一つの方法は交換熱量一定で(式1)に従って計算します。交換熱
      量 は ① 伝熱面積A、② 総括伝熱係数U、③ 温度差⊿T(媒体入口温度-出口温度)の
   掛け算で決まります。この式からスケールアップに必要な反応槽の伝熱面積を求めること
   は容易です。しかしながら、反応槽のジャケット面積を増やすためには、反応槽内に蛇管
   式ジャケット等が必要となり、専用の反応槽が必要となります。それより簡易な方法とし
   て「冷媒・熱媒温度による所定温度への加熱・冷却到達時間一定」でスケールアップする
   方法があります(式 2)。この式を用いると冷媒・熱媒温度を設定するとスケールアップ
   後の冷却・加熱に必要な時間を計算することができます。

熱交換量:

交換熱量Q = 伝熱面積A X 総括伝熱係数U X 温度差⊿  (1)

Q: W)、A: (m2)U: (W/m2K)T: (K, 媒体の入口と出口の温度差)

冷却(加熱)時間:


      
        (2)

U: 総括伝熱係数、 A: 伝熱面積、M: バッチ量量、c: 溶液の比熱、T1: 初期温度、T2: 最終温度、t1: 熱媒・冷媒の入口温度、

但し、熱媒・冷媒の入口と出口の温度差が t2<t1 +5程度の時式(2)は成立する。

参照:住友重機械プロセス機器株式会社、初級コースその10:撹拌槽の伝熱性能とは

 

  図 13. 反応槽の容量と伝熱面積 (m2)7)

7) 八光産業株式会社 技術資料より

 総括伝熱係数は熱の流れに関する効率の尺度であり、熱の伝わり易さを表わしていま  
 す。流体の物性(密度、比熱、熱伝導度、年度)、使用する熱交換器の形式、伝導部の
 流速、伝熱板の材質・暑さ及び汚れ係数により、効率を総合したものです(総括伝熱係
 数 (U) の単位: W/m2k(又は、kcal/m2hr))。comtecQuest8) は、℉ での総括
 伝熱係数であるが web 上で冷媒・熱媒による冷却・加熱熱伝達とグラスライニングの影
 響について示している(表 4)。ブライン冷却(-15℃)ではグラスライニングの影響は
 殆ど無いようですが、加熱(温水:90℃・蒸気:143℃)では母材、厚みにより非常に大
 きな影響を受ける様です(詳細は確認してください)。総括伝熱係数は各社工場の反応
 槽とそのジャケット等により異なりますので実測する必要があります。但し、簡易にス
 ケールアップ後の加熱・冷却時間の予測計算では表 5 の総括伝熱係数の値を用いて大き
 な問題ないと教えて頂いているし、そう思っていますのでこの表の数値を用いて計算し
 ていました

 表 4. ブラインによる冷却熱伝達とグラスライニングの影響8)

 4-1. ブラインによる冷却熱伝達
 ・ ブライン冷却では、総括伝熱係数に対する母材、グラスライニングの影響は殆どない。 
 
 4-2. 温水加熱時の総括伝熱係数

 4-3. 蒸気加熱時の総括伝熱係数

グラスライニングの有無によるU値の低下は、温水加熱と同じく母材にステンレス鋼を使用し厚み6mmと薄い場合に顕著で、62%弱になっています。

逆に、母材に炭素鋼を使用し、厚みが16mmと厚い場合には、グラスライニングの影響は小さく、88%弱におさまっています。

8) グラスライニングと熱伝達 (comtecquest.com)より

 
 表 5.  総括伝熱係数の例9)


  以上の結果から、グラスグによる総括伝熱係数への影響は一律ではなく、母材の種類や
  厚み、そして加熱側あるいは冷却側の境膜係数に大きく左右される。
 
 
  筆者は、低温反応では大小の反応槽に仕込んだ反応液が所定温度に到達させるのに必要
 な「冷却時間の一定」で冷媒温度を決めていました。パイロット機で低温反応を実施す
 る時に、反応温度に到達する時間を測定しておき、スケールアップ反応槽が反応温度に
 到達時間を同じにするために冷媒温度を予測計算していました。この冷却・加熱時間を
 簡単に計算する方法として、上記で式 (2) を示していますが、これを用いた計算表を知り
 合いの大手製薬会社の化学工学の専門家に作成しもらい使用していました。予測計算
 は、表 4 の総括伝熱係数(U)或いは実機の実測値を用い、図 10 の伝熱面積(A、或い
 は図面から計算)を用いて計算する計算表で実施していました。参考に計算表を下記に
 あげておきますので、エクセルで計算表(表 6)を作成してみてください。但し、殆ど
 の工場の反応槽の冷媒温度は入口と出口の温度差が5℃以内になるように設計されている
 と思いますが、温度差が5℃以上の時は式(1)で計算して下さい。
 
  冷却(加熱)時間計算式
 式 2

U: 総括伝熱係数、 A: 伝熱面積、M: バッチ量量、c: 溶液の比熱、T1: 初期温度、T2: 最終温度、t1: 熱媒・冷媒の入口温度、但し、熱

媒・冷媒の入口と出口の温度差が t2<t1 +5程度の時式(2)は成立する。



既にお話しした様に、熱媒或いは冷媒温度を同じにすると「単位体積当たりの伝熱面
積」が小さくなります。パイロットで反応がうまく進行したから、或いは低温反応が
 上手くいったからと言ってスケールアップで同等の結果が得られるとは限りません。
 スケールアップに当たっては熱媒・冷媒温度を予測計算して変換し、初めてその条件
 をパイロット或いは実機へ適用する場合は注意深く確認しながら安全に行って下さい。 
 表 7 に一般的な熱媒と冷媒温度を記載します。
 
 表 7. 一般的な冷媒・熱媒の種類と温度範囲


   エチレングリコール(第 4 類危険物)、塩化カルシウム濃度を上げると冷媒温度を下げ
  られるが、塩化カルシウム水溶液は腐蝕性があり、ナイブラインを用いることが多い。

   撹拌のスケールアップ
 ミニチュア機は、実機の設計図から操作に関係する全ての寸法(撹拌翼、バッフル及び
 槽の径・高さ等)を実験機サイズ(例えば、 2 L反応槽)に合わせてスケールダウンさせ
 設計し、ガラス実験器具を作製している会社へ依頼すれば作製してくれます。図 14 に晶
 析槽のミニチュア機と実機を示していますが、一般的な晶析状態(流動状態)ではバッ
 フル(フィンガー無と 2 フィンガー)の違いは、経験上 2 L から100 L1,000 L へのス
 ケールアップに於いて「単位体積当たりの撹拌動力一定」でスケールアップすると結晶
 粒子径、晶析時間、晶析率等に殆ど差がありませんでした。
 
 図 14. 反応(例は、晶析槽)槽の実機と幾何学的相似形実験機


 
 また、ガラス製ミニチュア機にジャケット・排出コックを付けておけば仕込み・反応・
 抽出・排出操作まで再現でき、抽出操作時の液-液海面のエマルジョン状態などの内部で
 起きているイベントを外部から目視で確認できます。余談になりますが、スイスの製薬
 会社を見学した時、500 L ガラス製反応機を有しており、彼ら曰、プロセス開発時に反応
 等の内部状態を外部から直接目視確認できるので非常に有用であると言っていた。
 
  図 15. 幾何学的相似形ミニチュア機
 
 スケールアップ前後で、反応・晶析槽の撹拌数を同じにすると「単位体積当たりの撹拌
 動力」及び翼先端の速度が非常に大きくなり溶液の流れが異なることになります。撹拌
 のスケールアップは、反応時の撹拌数をミニチュア機(幾何学的相似形反応槽)を用い
 て最適化し、Pv(単位体積当たりの撹拌動力)一定で行います。一般的には、撹拌動力
 の計算に翼径を用いますが、内径と撹拌翼径比が85%以上の時は槽内径長を用い、85% 
 以下の時は翼径を用いて予測計算した方が良い結果を与えました。実機へのスケールア
 ップ時に予測計算撹拌数を用いて、実機で最終調整して最適化します。スケールアップ
 時の撹拌数を下記の計算表(表 8)に数字を入れ計算していました。
 但し、一相系の大半の反応に於いては、撹拌は重要因子(クリティカルファクター)で
 はなく、実機の最大撹拌数の 90% 以上で実施すれば問題なく進行するし、反応溶液の熱
 均一性も保たれる。しかしながら、二相系反応での撹拌はクリティカルファクターであ
 り、反応が全く進行しない*こともある。
  進行しても非常にゆっくりとなることがある。

  Pv(単位体積当たりの撹拌動力:kW/m3 = n X d2/3 
          ミニチュア機:N1 X D12/3 = 実機:N2 X D22/3

N = 撹拌数 (rpm)d = 翼径(又は、槽径 Dm



8. 撹拌のスケールアップ計算表*

*個人的データより

 但し、スケールアップの予測計算は
100% 予測できるものではありませんので。予測値で
 すので指標として取り扱いパイロットで確認して以降の参考にして下さい。従って、最 
 初のスケールアップ(パイロット)製造時は計算値で実施し確認しながら慎重に操作運
 転して操作上に問題が発生したか,しなかったか、並びに生成物の品質が実験室と同等
 かを検証します。更に、計算(予測)値が正しかったか、或いは修正が必要か、修正が
 必要な場合は何故失敗したかの原因を究明し、修正計算し次回のスケールアップに臨む
 必要がある。しかしながら、予測計算値があるか無いかは、大きな違いですので手助け
 になると考えています。 



3. ろ過機の選択とスケールアップ
 医薬品原薬の製造で行われるろ過操作には、晶析後、活性炭処理後或いは乾燥剤処理後
    の固-液分離及び晶析前のゴミ取り等がある。製造プロセスでのろ過操作はトラブルが発
 生すると原薬等の品質低下、生産性低下並びに作業効率の低下につながる可能性があ
 り、ろ過工程を安定化させることが重要となります。

ろ過操作を左右する要因には、
-液分離:①結晶サイズの大きさ 、②結晶形状 、③結晶の比重、 ④遠心力等による圧
      縮性
液体ろ過:①溶液の比重 、②溶液の粘性 、③ 溶液の温度(一般的に高温では粘度が下が
     る)
晶析後に使用されるろ過機は遠心分離機、加圧ろ過機及び減圧ろ過機が一般的ですが、固-液分離では処理能力が大きく自動化が容易な遠心分離機が導入されることが多い。遠心分離機には、上部排出(上排)と底部排出(底排)並びに横型式がありますが、大型になると底排式が多く作業が容易となります。加圧ろ過器には単盤式と多段式の 2 種類がある。単盤式加圧ろ過機はジャケットを有しているのもが多く固-液分離に使用され乾燥機としての機能も有している場合が多い。多段式ろ過機はろ過面積を拡大するために多段式ろ盤(スパークラフィルター)を有し活性炭等のろ過助剤をろ過するのに使用される。 

 図 16. 医薬品原薬の製造で用いられるろ過機



1) ろ過の原理
  ろ過操作の原理は、ろ過の推進力が遠心力(遠心分離機)か、吸引力(減圧ろ過機)
  か、或いは加圧力(加圧ろ過機)かを利用することにより固-液を分離する操作です。ろ
  過操作は、ろ過原理が違ってもろ過推進力が遠心力か、吸引力か或いは加圧力かの違い
  だけであり、塩尻らは10) 、スケールアップ後のろ過時間をろ過表面積、ろ過推進力と
  ろ過差圧(Dp)から予測でき、また、遠心分離機のスケールアップはケーキ面のスラリ
  ー側とろ材側との間でろ過時に生じる圧力差 Dpを一定にすることであると言っています
 (図 17 参照)。 

 図 17. ろ過機の原理10)

10) 住友化学 2007-II 遠心分離機による固液分離操作のスケールアップより


 2) ろ過の相似
 ろ過の原理・ろ過面積・ろ過時間が異なると湿晶のwet 率に違いが生じることがある。
 実験室から一気にプラント製造へスケールアップするためには、出来るだけろ過原理を
 相似させ、ろ過晶の単位容積当たりのろ過面積並びに単位ろ過面積当たりのろ過圧(遠
 心力・窒素圧・吸引力等)も相似させることです。最悪でも、スケールアップ製造前に
 は原理を合わせてろ過状態を確認することをお勧めします(図 18)。


18. 実験室からパイロット製造及び実製造へのろ過原理の相似によるスケールアップ

           は原理の相似、  ⇨ は原理の相違を表す

 ろ過の原理を相似させるためには青色に従って実施することになりますが、殆どの場
 合は赤色で実施しているのが実情です。従って、殆どの固-液分離でのプロセス開発
 では、実験室でのヌッチェ(減圧)ろ過から製造現場で遠心分離(遠心)機を用いて実
  施しているのが現状です。ろ過晶のサイズがある程度大きく揃っていてろ過時間が短い
 (差圧差(Dp)が小さい)場合は、経験上、特に問題ないと思いっていますが、実験
 室でのろ過時間が非常に掛かる場合は製造現場でも同様に非常に長時間を要します。こ
 のことから、ヌッチェろ過時のろ過時間を最低確認しておくことをお勧めします。スケ
 ールアップ後の製造現場ろ過時間を大体でも予測することができ、ろ過時間を予測でき
 れば原薬等の安定性からろ過機の選択或いは操作方法の検討が可能となります。原薬の
 熱安定性に全く問題ないのであればろ過時間の検討は必要ありません。しかしながら、
 プロセス開発の最終段階では、特に原薬の精製工程で予定しているろ過機の原理を相似
 させた機器を用いて湿晶のろ過性(ろ過時間)、洗浄性、品質、湿晶の体積並びに wet 
 率などを確認しておくことを推奨します。

 晶析液の微細な結晶の場合はスケールアップ後にどの様なろ過機を用いるにしても晶析
 時のろ過性が問題となりますので、ろ過のためにはプロセス開発で良い結晶を得る晶析
 条件を見出すことを優先させるべきです。

3) ろ過機の選択
 ろ過機の選択は、目的とする側が懸濁液の固体側か、溶液側かによってろ過機の選択が
 異なってきます。最終原薬の精製(晶析)工程に於いて、加熱溶解液が活性炭(ろ過助
 剤)等で処理なされる場合は単盤ろ過機或いはスパークラーフィルター(多段式ろ過
 機)で先ずろ過し、最終(精密)フィルターを通してろ液を晶析槽へ投入します。ろ過
 助剤を用いない場合であって不溶物が少ない場合は、懸濁液は単盤ろ過機を省いて最終
 フィルターを通して晶析槽へ投入します。15年ほど前になりますが、治験原薬の最終
 精製工程で活性炭処理していましたが、最終フィルター(精密フィルター)を装着せず
 ろ過し製品と仕上げていたため、活性炭の一部が漏れ製品治験原薬に混入したまま出荷
 したことがあった(図 19)。当然、委託先からクレームがあり、再精製することになっ
 た。時間とコストを無駄遣いしました。それ以降、活性炭処理後のろ過では必ず最終フ
 ィルターを装着して実施することにした。

19. 精製工程での晶析前のろ過操作(活性炭等のろ過助剤を使用した時)

 晶析後の固液分離には、固体(結晶等)を得ることが目的であり遠心分離機或いは単盤
 加圧ろ過機が用いられる。大量の固液分離では遠心分離機が、湿度・酸素及び熱安定性
 等に不安定な固体では直接空気(大気)に触れない加圧ろ過機等を用いて不活性ガスで
 加圧ろ過するのが一般的に用いられます。

20. 晶析後の固体(結晶等)のろ過操作

ろ過操作は実験室で実施したろ過原理と相似で行うのが基本ですが、殆どの場合、実験室でろ過操作をヌッチェで行われ、製造現場で遠心分離機を用いるのが一般的行われています。これは間違っているとは思いませんが、ろ過操作で確認することは湿晶のろ過状態だけでなく、ろ過時間、洗浄性、品質及び湿晶の体積等への影響がないかどうかです。経験上、ヌッチェろ過で問題がなければどの様なろ過原理を用いても特に問題はないと考えています。ろ過機の選択では、安定で大量処理するためには遠心分離機を、不安定な化合物及びろ過後に直ちに乾燥工程を実施するのであれば不活性ガスを使用する加圧ろ過機を選ぶべきと考えています(図 20)。

4) ろ過機のスケールアップ
ろ過機のスケールアップに於いてろ過に長時間を要する場合は、溶液中の結晶或いは湿晶での熱安定性による品質への影響を考える必要があります。その時は、遠心分離機を大型に変更し遠心力を稼ぎ、ろ過面積を広げ単位面積当たりのケーキ容量を少なくし遠心力の損失を小さくしてろ過時間を短くすることです。このことは、加圧ろ過機も同様でありろ過面積(ろ布面積)の単位面積当たりのケーキ容量(体積)を小さくすることが出来るからです。また、ろ過はろ過面積と推進力で決まりますので、スケールアップ時は製造量とろ過面積から一回でろ過するのか、分割ろ過にするかを決めます。実験室で一般的なヌッチェ(吸引)ろ過に長時間を要する場合は、スケールアップ後の遠心ろ過に於いても長時間を要することになりますので、湿晶の安定性を考慮してろ過機を選択する必要がある。晶析液の微細結晶或いは粘度の高い液体の場合は、微細結晶ケーキの形成、ろ材(ろ布或いはろ紙)に微細結晶が詰まることによりろ過時間の延長がさらに生じる。ろ過時間が延長すると原薬・中間体の安定性、脱水状態に影響を与え乾燥時間の延長や乾燥晶が硬い塊となる場合があるため、晶析液のろ過(性)は製造プロセスで重要なパラメータです。ろ過性は結晶のサイズ均一性に依存するので、ろ過操作、それに続く乾燥工程を容易にするためには晶析工程でろ過性の良い結晶を得る晶析条件を最適化すことが一番です。

21. 遠心分離機のスケールアップ


5) 加圧ろ過機のスケールアップ例
  ある治験薬のパイロット製造から抽出液の活性炭処理後の活性炭ろ過操作を PQ(プロセ
  スクフォリフィケーション)へのスケールアップするにあたり、ろ過時間を合わせるた
  めに新たにろ過機を設計した。パイロット製造 12.5 kg での製造では、単板ろ過機の活性
  炭+セライト厚は約 5.6 cm であり、ろ過時間は1時間46分であった。PV製造量 45 
  kg3.6 倍量のスケールアップ) 製造時の活性炭+セライト厚が同様に 5.5 cm、単位
  面積当たりの加圧力が同じとなる様(必要容量とろ過面積)に新規単板加圧ろ過機作成
  した。ろ過予測時間は1時間37分程度を予想しました。PV時のろ過時間は 1時間20分で
  あり、この様 に加圧ろ過操作の重要因子はろ過面積と加圧力です。

22. 単盤加圧ろ過機の設計とスケールアップとのろ過時間*





4. 乾燥機の選択とスケールアップ
乾燥は、晶析で得られた湿晶の残留溶媒(ICHガイドライン)、水分値(分解の可能 
性)を品質規格に合わせるための重要な工程操作です。乾燥機には色々な方式があり、
棚式乾燥機(送風・真空)、コニカル乾燥機、ろ過乾燥機、ナウター(SV)ミキサ及び
スプレイドライヤー等があります。それぞれの乾燥機は特徴を有しており、晶析で得ら
れる湿晶の性質に合わせて選択する必要がある。最も一般的な乾燥機は棚式真空乾燥機
及びコニカル乾燥機です。

23. 医薬品原薬のプロセス開発から製造時に用いられる一般的な乾燥機



乾燥機の原理は原薬の品質に影響を与えることがあるので重要です。PMDAは原薬の乾
燥原理(乾燥機)をMF 或いは承認申請書へ記載するように指導しています。乾燥機の
選択は固-液分離後の湿晶状態や性質に合わせることが最も重要なファクターです。
結晶サイズは等々)を理解し、それぞれの乾燥機の原理(静置・振動・回転・撹拌、真
空・送風など)から最適な乾燥機を選択することです。次に、乾燥温度、真空か、常圧
かを決定します。そのためには、湿晶と乾燥晶の熱安定性(温度 X 時間)のデータ取り
が重要となります。但し、真空乾燥機の場合は、減圧度と排気量は工場に設置されてい
る真空ポンプの能力に依存しますが、プロセス開発で減圧(真空)度はほとんど考慮さ
れていないのが現状です。このことは、ある程度の減圧度と排気量があれば眞空ポンプ
は問題ないということです。
乾燥時間は湿晶状態(含水・溶媒率)、湿晶量の単位体積当たりのジャケット(又は、
棚板)面積、温度、減圧度及び排気量により決まります。湿晶のwet率を下げるために、
遠心分離機の回転数を上げる、大型遠心分離機(直径を大きくして遠心力を高める)を
用いる、時間を掛ける等の操作を行うことがあります。湿晶のwet率を下げる最も有効な
方法は晶析工程です。晶析条件を検討しサイズの揃った大きな結晶を得ることが、その
後の乾燥操作を最も容易にする方法と考えて下さい。
 
1) 各乾燥機の特徴
送風乾燥は棚式乾燥機などに湿晶を均等にトレイ等に載せ静置し、加熱した風を強制的
 に送りこみ常に新鮮な蒸気圧を利用して水・溶媒を気化させ乾燥させる方法です。
減圧(真空)乾燥は棚式真空乾燥機に湿晶をトレイに均一に載せ静置し、棚板に一定温
 度の温水を流し減圧度により水・溶媒の蒸気圧を上げ強制的に気化させポンプで連続的
 に排出させ乾燥させる方法です。
コニカル真空乾燥機は湿晶を投入し、減圧乾燥と同様に、減圧下でジャケットに最適化
 された温水を流し加熱してコニカルを回転させることにより常に新しい湿晶表面とジャ
 ケットとの接触を促進して加熱と混合を同時に行い乾燥を促進させる方法です。
凍結乾燥は、棚式乾燥機に化合物の水溶液をトレイに入れ凍結させ減圧下で乾燥させる
 が、水溶液の凍結時間と昇温の温度曲線が重要となります。
ろ過乾燥機はろ過機でろ過脱水し、続けて加熱不活性ガス或いは水和物量に合わせた不
 活性ガス温度、加湿量(相対湿度)及び流量を最適化して通気させ行います。

2) 乾燥の原理
乾燥原理は、外部から熱(気化熱)を加え湿晶に含まれる液体或いは固体から気体に変
化させることです。湿晶に付着した溶媒・水、或いは結晶中に含まれる水・溶媒(水和
物或いは溶媒和物)に熱を加え水・溶媒等の蒸気圧を高め気化量を増加させます。真空
或いは送風乾燥は減圧下で沸点を下げ気化量を増やし乾燥機内に発生する飽和蒸気を減
圧(真空)ポンプ或いは送風により新たに発生する飽和蒸気状態を連続的に系外(機
外)へ排出させます

 9. 溶媒の沸点と蒸気圧11)


                                        11) 水の蒸気圧計算:★ 熱の計算: 水の飽和蒸気圧 (hakko.co.jp) より




水或いは溶媒の蒸気圧は、図 24に示す様に、一定温度で一定の値を取り、温度依存 
 的に高くなります。また、その気化熱を下げるためには、圧力を下げる(減圧下)こ 
 とです。例えば、水は20℃で蒸気圧は23.4 hPa0.023 atm)、50℃では123.5 hPa 
 (0.122 atm)となり、蒸気圧は温度依存的に上昇し湿晶からより多くの溶媒(水)を蒸
 気(気化)として奪います。

   図24. 水・溶媒の蒸気圧曲線と減圧下での沸点換算図12)


                                12) Wikipedia 蒸気圧より

3) 乾燥条件
  低分子有機化合物中間体・原薬などの乾燥には、棚式送風・真空乾燥機、コニカル真空
  乾燥機等が用いられることが多く、乾燥方法には送風、減圧、凍結、噴霧並びに不活性(調湿)ガス通気乾燥等の方法があります。それぞれの乾燥機は特徴を有しておりその選
  択に際しては、実験室でその特徴を理解し使用予定実機を想定したデータ取りが重要で
  す。乾燥条件として、低分子有機化合物は乾燥温度(化合物の熱安定性と時間により)
  と、送風(常圧:温風温度と風量)か、真空(工場の真空ポンプの能力となる)かを決
  定します。また、タンパク質或いはペプチド等の不安定で結晶化が困難な高分子化合物
  は水溶液として凍結し減圧下で凍結乾燥行います。凍結乾燥では凍結温度と温度曲線を
  決定することが重要です。
  また、難溶性原薬の溶解性を改善するためにスプレードライヤー(噴霧乾燥機)を用い
  て非晶質(アモルファス)固体分散体を得ることがあります。スプレードライ方法には
  水系と溶媒系とがありますが、水系スプレードライ法は化合物の水溶液(有機溶媒の溶
  液を用いることもあるが、静電気対策が必要)をノズル或いはディスクを用いて微細化
  噴霧し熱風で乾燥する方法です。溶液の濃度、噴霧ノズルの形状(又は、ディスク)、
  噴霧速度、乾燥温度並びに常圧か減圧下かなどの設定が必要と聞いています。不安定で
  酸化され易い有機化合物、或いは原薬が水和物の場合は、加圧ろ過器を用いて湿晶をろ
  過後、加熱不活性ガス通気して乾燥を行います。この時、通気ガス温度と流量
  (m3/hr)並びに乾燥ガスか、加湿ガス(加湿するガスの温度と相対湿度)かを決定し
  て実施します。
 
  医薬品原薬(原薬)の湿晶乾燥条件を設定するためには、乾燥機器の原理だけでなく、
  最終製品である原薬の結晶が無水物或いは水和物並びに結晶多形か、晶析・脱水後にど
  の様な結晶状態(溶媒和物・水和物或いは無水物、結晶多形、結晶サイズ、ろ過性、
  wet率等)で湿晶が得られるかを理解しておく必要があります。

 リトドリン塩酸塩の乾燥条件の設定例*

リトドリン塩酸塩

 リトドリン塩酸塩の湿晶は、メタノール‐アセトンからの晶析で得られるが、一種類の 
   減圧(真空)乾燥条件のみだけでは規格適合品の原薬(乾燥結晶)を与えなかった。こ
   のことから、乾燥条件を種々検討し一次減圧乾燥後に乾燥温度を 20℃ 上昇させ短時
   間の高温真空乾燥(二次乾燥)を追加することにより、品質の劣化がなく残留溶媒規格
   適合品を得ることが出来た。この理由は不明であったが、一時乾燥温度では結晶内の溶
   媒が結晶表面に染み出した時、結晶表面が溶解と結晶化が起こり蓋の役目を果たしそれ
   以上溶媒が抜けず、二次乾燥による加熱により溶媒和物の結晶溶媒が外れたと考えてい
   た。後に、この化合物は熱安定性の検討から +1520 の温度条件下で最初から減圧
   乾燥することにより二次乾燥操作なしに品質規格適合品を与えることが判明した。

   また、小山ら13)は、湿晶エリスロマイシン誘導体の乾燥を60 で真空乾燥すること
   より 時間で残留溶媒の規格適合品を得ているが、一次乾燥を 25 で真空乾燥後
   に 60 に昇温し二次真空乾燥(トータル5時間)を実施することにより 60 の時
   り約1時間速く残留溶媒規格適合品を与えることを示していまる。彼らは、真空乾
   得られた結晶を電子顕微鏡で結晶外観を観察し、コニカル真空乾燥で乾燥した原の結
   晶表面は凹凸や間隙がなく、結晶表面が溶けているような状況が結晶表面を観してい
   る(図. 25)。この様に、乾燥条件は原薬の熱安定性・乾燥時間等の点かも要ですの
   で、化合物によっては最適化させる必要がある。

   図 25. エリスロマイシン誘導体の乾燥条件による残留溶媒量13)


エリスロマイシンの通風乾燥と真空乾燥の結晶表面の電子顕微鏡写真


13) 小山ら、日本プロセス化学会2009ウインターシンポジウム

4) 乾燥操作で変化する湿晶
   乾燥温度は、湿晶状態並びに乾燥状態の熱安定性(温度 時間)から決定することに
   作で問題となることがあります。江上らは14)、水和物・溶媒和物湿晶の乾燥では、乾燥
   条件である乾燥温度により結晶格子に入った溶媒が抜けポケットが空いた状態の結晶、
   或いは空いた空間を埋めるために結晶中分子の立体構造変化或いは分子の滑り込み等が
   生じた結晶構造を与えることがあります。これが疑似結晶多形の熱転移です。

  図 26. 医薬品原薬カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム水和物と無水物の結晶格子14)




   以上の様に、乾燥操作のスケールアップには、所望の結晶形(無水物或いは水和物)
   得るための乾燥条件である乾燥温度と減圧(真空)度の設定だけでなく、湿晶の性質か
   ら乾燥機の種類・原理を選択し、実験室、パイロット製造及び実生産で条件を忠実に再
   現する必要があります。

 5) 乾燥操作のスケールアップ
   医薬品原薬の乾燥操作条件を設定するためには、晶析後にどの様な結晶状態(溶媒
   和 物・水和物或いは無水物)で得られるか、製品である原薬がどの様な結晶形態(無水
   物或いは水和物)・結晶多形であるかを理解しておくことをすでに話しましたが
   しておくことが大切です。医薬品原薬・中間体の乾燥に幅広く用いられる乾燥機は
   式乾燥機、コニカル乾燥機及びろ過乾燥機が挙げられます。

 (1) 棚式乾燥機
   棚式乾燥機には、送風及び真空乾燥機があります。その中で、棚式送風乾燥機はどの
   な状態の湿晶でもトレイに載せ、加熱した風を送りますので大量に処理できますが、時
   間と熱安定性が問題となります。棚式真空乾燥は減圧下で棚板を温水で加熱し発生する
   溶媒或いは水の蒸気をポンプで減圧とし連続的に外部へ排出させることからコンタミが
   殆どなく中間体並びに原薬の乾燥に多用されます。乾燥温度設定は原薬等の安定性から
   設定しますが、一般的に循環水の温度(循環水温度以上にならないために)を設定する
   のが最も用いられている方法です。乾燥時間は乾燥温度及び工場の真空ポンプの能力と
   乾燥機のシールド性による減圧度と排気量に依存します。

(1-1) 棚式真空乾燥機のスケールアップ
   棚式真空乾燥機のスケールアップは、棚板から与える「単位体積当たりに与える熱量一  
   定」で実施するために「トレイに載せる湿晶の厚みをトレイ内及びトレイ間で一定」
   することです。このトレイへ入れる湿晶の厚みが棚式真空乾燥機のスケールアップで最
   も重要な因子です。この厚みがトレイ内及びトレイ間で一定でないと湿晶容量当たりに
   加わる熱量が一定にならず、棚板の熱源から湿晶に加えられる熱量に斑が生じ乾燥斑と
   なることから乾燥時間に影響を与えます。但し、トレイの全体が棚板上に乗っているこ
   と、乾燥機の棚板と湿晶が入ったトレイが密着していることが重要です。棚式真空乾燥
   機の機器本体で重要なことは、棚板表面が波を打たずフラットであること、温水が均一
   に通り均一に熱を伝える棚板の内部構造です。棚式真空乾燥機製作会社のノウハウは真
   っ平らで均一に温水を流す棚板を作製する技術であると聞いています。下記に棚式真空
   乾燥機の特徴を記載します。

棚式真空乾燥機の特徴を下記に示す。
  a 真空下で低温乾燥するため、熱に弱い原料や酸化を嫌う中間体・原薬の乾燥に使用でき
     る。
  b 真空下で乾燥するため、原薬等の含水率をきわめて低く抑えることが出来る。
  c 湿晶ばかりでなく、凍結水溶液等まで乾燥(凍結乾燥)にも用いられる。
  d 静置乾燥のため、振動や摩擦に弱い原料の乾燥にも有効である。
  e 温度コントロールは棚板に温水を流すたが容易であり、温度むらがほとんどない。
  f 強酸物、金属を嫌う原料も、特殊材料や樹脂ライニングにより処理が可能です。
  g 溶剤の回収が容易である。
  h 減圧状態から常圧へ戻すときは、フィルターを通して、或いは不活性ガスを導入するの
    で異物の混入(コンタミナーション)が非常に少ない。

  従って、棚式真空乾燥機について述べましたが、目的化合物の熱安定性が確保出来ていれば細かい設定は必要なく、汎用性が高く、ほぼどの様な湿晶状態でも乾燥のスケールアップが可能です。しかしながら、棚式真空乾燥機にも欠点がある。それは、内部の洗浄と隅々の洗浄評価・確認が困難であること、湿晶をトレイに載せて静置乾燥するため結晶が微細でwet率の高い湿晶では途中で塊を解さないと硬い塊となること、また、均一性にも難があることが挙げられる。

  図27. 棚式真空乾燥機のスケールアップ例

 (1-2) 棚式送風乾燥機のスケールアップ
    棚式送風乾燥機は、棚(金網或いはガイドのみ)に粉体を広げたトレイを載せ、その上 
    を熱風が通過させ湿晶を乾燥させる方式です。この乾燥機の特徴は、装置の大きさに対
    して一度に処理できる量が多く、夜間運転させることも出来ます。このタイプの乾燥機
    の場合、粉体上に流れる熱風の速度を粉体が飛散する限界までとなり、通常 m/s 程度
    が限界と言われています。また、トレイに積む湿晶の厚みは 30 mm 程度で、厚くなる 
    と乾燥時間が長くなり乾燥斑が生じやすくなります。ガイドのみの棚式送風乾燥機は、
    トレイを取り出してしまうと棚だけになるので内部の点検がし易いというメリットがあ
    ります。しかしながら、外気を加熱して送風するためコンタミの危険性と比較的高温の
    風が必要なこと、外気を送風するのでコンタミネーションが起こること並びに長時間を
    要することから、殆ど安定な原料・初期の中間体にしか用いられないデメリットも持ち
    合わせていいます。

   図 28. 棚式乾燥機例


(2) コニカル真空乾燥機のスケールアップ
   コニカル乾燥機は、真空状態でコニカル容器を回転させながら熱源となる温水をジャ
   ットに流し常に新しい湿晶面がジャケット面に直接接触させ乾燥させます。湿晶を大量
   に処理でき、コニカル容器が回転するため均一性に優れた乾燥晶を与えます。乾燥機の
   コニカル容器の材質としてステンレス、GL、樹脂ライニング等があり、材質を選べば酸
   性物、酸性塩或いは塩基性物質(アルカリ性)の殆どの湿晶を乾燥することが出来る。
   コニカル真空乾燥機の特徴を下記に記載します。

 コニカル真空乾燥機の特徴
  a 連続或いは間欠でコニカル容器の回転を制御でき、混合摩擦に弱い中間体・原薬
     も形状を壊すことなく乾燥させることが出来る
  b 密閉構造であり、真空にするためポンプで溶媒・水を蒸気として排出させることか
     ら中間体・原薬汚染させない。
  c 自動投入排出装置と定位置停止装置の採用により、全自動運転が可能である。
  d 排気される溶媒蒸気をコールドトラップで捕集するため溶剤の回収が容易にでき 
     る
  e GLライニング以外に、樹脂ライニングや特殊材料のコニカル容器がある。

   但し、コニカル真空乾燥機は、微細結晶でwet率が高い湿晶では大きな固い塊になること
   があり、コニカルが回転するため GL製のコニカル容器の場合は内部表面のグラスを破
   損させることがあります。乾燥条件は乾燥温度(ジャケットに流す温水温度)を湿晶及
   び乾燥晶の熱安定性(温度 X時間)から、回転条件は、図 29に示す様に、実験室でエバ
   ポレーターを用いて設定温度で回転数(rpm)、及び連続或いは間欠回転かを設定しま
   す。この時、回転条件を変化させ湿晶の乾燥状況を確認しながら塊が出来ない回転方法
   と回転数を最適化して設定します。

   図29. コニカル乾燥機の実験室から製造現場(パイロット)へのスケールアップ例

   富士フイルム和光純薬株式会社15)は、図 30に示す様に、ガラス製相似形のコニカルを用
   いて連続回転或いは間欠(断続)回転により得られる乾燥晶の違いを示しています(参 
   考に)。

   図 30. コニカル乾燥機の実験室での検討

                                            15) 富士フイルム和光純薬株式会社、結晶乾燥のスケールアップシミュレーションより

 (3) ろ過乾燥機のスケールアップ
   ろ過乾燥機は晶析液のろ過、湿晶の洗浄と乾燥を一つの機器で実施できます。また、 撹
   拌機付きでは湿晶・乾燥晶を撹拌できるため原薬の均一性に優れ、相対湿度で調湿した
   不活性ガス(最適相対湿度)を流すことにより二次乾燥として水和物量の調整も 容易に
   出来るのが特徴です。但し、大量には不向きであり、微細な結晶ではろ過及び 乾燥が困
   難となることがあります。ろ過乾燥機のスケールアップは、第一にろ過性が 問題となる
   ことから、実験室ではヌッチェろ過でろ過状態を確認して行うことを薦め ます。ろ過し
   にくい結晶は、他の原理の乾燥機で一次乾燥を実施する、或いは晶析条 件を検討してろ
   過性の良い結晶を得るかを判断することが必要です。
   酸素、湿気に不安定な化合物の場合、不活性ガスを使用しながら遠心分離することが あ
   りますが、一般的ではなくろ過乾燥機を用いることが多いです。また、ろ過乾燥機 は、
   一次乾燥としてジャケットに温水、加熱乾燥不活性ガス通気により乾燥させ、二 次乾燥
   (調湿乾燥)として所定温度と相対湿度を持った加湿不活性ガスを通気させ所 望の水和
   物を作製するのに用いられます。

   図 31. ろ過乾燥機(一次乾燥・二次乾燥)の実験室から製造現場(パイロット)への
    スケールアップ例


  (4) 調湿操作(二次乾燥)
    原薬の幾らかの化合物は水和物として用いられています。湿晶が溶媒和物或いは水和
    で得られる場合があります。溶媒和物の場合は、一般的に一次乾燥で無水物として
    て、二次乾燥で調湿操作を行い目的とする水和物量の原薬を調製することが多くありま
    す。湿晶が水和物の場合は、晶析条件と乾燥温度及び減圧度等を最適化して直接所望の
    水和物量原薬を得るか、又は乾燥晶或いは湿晶に所定温度で相対湿度を調整した加湿不
    活性ガスを通気させて所望の水和物量原薬を得ることがあります。以上の様に、原薬の
    水和物量をコントロールする方法は幾つかありますので、原薬の性質にあった方法を選
    択すべきです。



5. 原薬の乾燥事例
   25程前のことですが、筆者が経験した調湿操作は一次乾燥後に棚式真空乾燥機に 水
   入ったトレイを置き温度と時間を指定して減圧を掛け庫内に水蒸気を発生させ均 一に無
   水物に水分を吸湿させていました。本化合物は一水和物が安定であったためこ の方法で
   も問題ありませんでした。10年程前に、相対湿度で化合物の水和物量をコン トロール出
   来ることを学ぶことが出来ました。不活性ガスの相対湿度、温度及び流量 を調整するこ
   とにより有機化合物の水和物量を容易にコントロール出来ることも経験 しました。

 1) セファレキシンの二次乾燥16)
   例えば、植草ら16)によれば、セファレキシン(セフェム系抗生物質)は無水物が原薬で
   すが、原薬に湿度と温度条件(温度は不明)により無水物(R.H.=相対湿度 0%)から
   2.5水和物(R.H. 100%)の5段階の水和物を与えることが示しています。

   図32. セファレキシンの水蒸気吸着測定

                                                           16) SPring-8 重点産業利用課題成果報告書 2009A (spring8.or.jp)

 2) スタチン類縁体カルシウム水和物の二次乾燥(水和物の調湿)事例12)
   スタチン類縁体の原薬は、3 水和物(局方規格水分値 3.55.5%)であり、二次乾燥
   (調湿操作)で相対温度を調整した加湿窒素で結晶表面上を通過させることにより所  望
   の水分量を吸収させることを考えました。化合物は自身の物性として水和物量を相  対湿
   度に合わせて結晶中の水分を吐いたり吸ったりして所望の結晶水量(1 水和物或  いはそ
   れ以上の水和物)を与えることが知られています。

   図 33.  スタチン類縁体カルシウム水和物の構造と二次乾燥用機器

   スタチン類縁体カルシウム水和物の二次乾燥(調湿操作)は、SVミキサーを使用するこ
   とを予定していた。実験室では、製造で調湿(二次乾燥)操作に用いるSVミキサーと幾
   何学的相似形ではないが常に結晶の新しい表面を作るために撹拌翼付き晶析槽 のミニチ
   ュア機を用いて実施した。パイロット製造では100 LSVミキサーを、バリ デーション
   (商業生産)では3,000 L SVミキサーを用い実施することを予定していた。

   図34. 二次乾燥の実験室からパイロットへのスケールアップ例


   二次乾燥の調湿操作(水和物の調製)は、得られた一次乾燥(40℃、減圧乾燥)後に
   分値約2.0%を水分値 3.55.5 %へ調整する操作です。加湿条件は、幾何学的相似形
   はないが晶析ミニチュア機を用いて撹拌下、温度 20℃ から 40℃ で、相対湿度約10% 
   及び 20% の加湿窒素、流量10 m3/hr及び20 m3/hrで通気させデータ取りを実施した。そ
   の結果、温度40℃、相対湿度20%、流量10 m3/hr及び20 m3/hrで通気させた時、5.0 時間
   で目標の水分値内 (3.55.5%)に到達した。更に、22.0 時間まで二次乾燥を行なった
   が、二次乾燥開始5.0 時間後からほぼ横ばいとなった(35)。この時、スタチン類縁体水
   和物は加湿操作で凝集・溶解等の不具合を示さなかった。

   図 35. 加湿窒素(20%RH)供給時の流量による結晶水分値*


   また、相対湿度を制御して調湿(40、相対湿度20%、流量10 m3/hr)を行うと、規
   水分値を超えたスタチン類縁体(水分値 5.7%)は相対湿度に合わせて結晶の持つ物性に
   従い水を吐いたり吸ったりして制御します(図36)。

   図 36. 相対湿度制御時のスタチン類縁体の水分値の推移*


   
   次に、パイロット(商業生産量の1/10スケール)での二次乾燥は、加湿窒素 40℃
   25%  RH、流量 10 m3/hr で実験通りに問題なく進行し、4時間後に目標水分値 4.55.0 
   (局方:3.5~5.5%)に収まった。また、外観からは、凝集・塊等は認められなかった。
   この結果を受け、図33に示す様に、スケールアップバリデーションを実施した。スケー
   ルアップバリデーションは、下記に示した二次乾燥時間の計算を基に、3,000 L SVミキ
   サーを用いてパイロット時と同条件下で調湿を加湿窒素 40℃、相対湿25%、流量 
   10 m3 /hrで実施した。最終製品である医薬品原薬はパイロットスケールと同様に品質の
   低下等もなく品質規格適合の水和物原薬が得られ達成された。

   図 37. 二次乾燥のパイロット製造から商業生産へのスケールアップ





 6. 粉砕機の選定とスケールアップ
  1) 粉砕機の選択とスケールアップ
   医薬品原薬で用いられる代表的な粉砕機には、以下に示す様な原理の異なる装置があ
   る。粉砕操作で大切なことは結晶の粒子サイズ(平均粒子径(及び粒度分布を揃える、
   結晶の多形転移(圧転移)を起こさせない、摩擦熱等で溶融及び結晶多形転移(熱転
   移)を起こさせないことです。
   粉砕に関する多くの研究が行われているが、粉砕の操作条件と粉砕の結果(平均粒子
   径、粒度分布)を結びつけるような方法はまだ得られていないのが現状であると聞いて
   います。このことから、粉砕のスケールアップはパイロットで使用した粉砕機を用い製
   造量に合わせて数回に分け実施するのが一般的です。
   最近の低分子治験薬は複雑な構造を取るものが多く、新薬メーカーの多くが難溶性で
   内吸収しづらい悩みを抱えている。医薬品原薬は粒子径が微粉末になるにつれ溶解速度
   が上昇し体内吸収が改善されることから、難溶性原薬の粉砕に第一選択しとしてジェッ
   トミルを指定している。粉砕機の原理の違い(種類)により粒子径をある程度制御でき
   ることから、粉砕機の選択と平均粒子径・粒度分布を制御する粉砕操作は今後ますます
   重要となると考えている。

38. 粉砕機の種類と平均粒子径18)

   粒度に関して覚えておくべき名称
   ・ 平均径:母集団の「平均」粒径です。
   ・ メディアン径(中央径;D50:粉体を粒径から2 つに分けたとき、大きい粒径と
       小さい粒径が50% ずつとなる径です。
   ・モード径(最頻径):最も高い頻度の粒径です。
   ・ Dv50:試料体積の50% が下回る最大粒径であり、体積単位のメディアン粒径とも 呼
       ばれます(図 39)。

39. 粒度分布を表す名称19)



  2) ある治験薬の粉砕機の検討例
    福中ら20)は原薬MK-J1の各種粉砕機での粉砕後の粒度分布を示している(図 40)。流 
    動層ジェットミルが最も小さいD50値とシャープな粒度分布を示しています。この
    に、粉砕機の原理の違いにより粒度分布を制御できるが、粉砕機への試料の投入速
    (投入量)、回転数或いは高圧ガス圧等を変化させ所望の粒子径・粒度分布が得られる
    条件を検討する必要がある。

    図 40. 治験原薬 MK-J1の粉砕機と粒度分布の関係20)


  3) 各種粉砕機の特徴
    医薬品原薬の粉砕に用いられる粉砕機、筆者がプロセス開発を行っていた時に使用し
    経験のある粉砕機の 種類について少し記載する。詳細な説明、原理スケールアップに
    ついて必要な方はメーカーの仕様書、メーカーに直接或いはweb上で検索されたい。

   (1) ジェットミル
    数気圧以上の圧搾空気、または高圧蒸気、高圧ガスを噴射ノズルより噴出させ、このジ
    ェト気流によって原料粒子を加速し、加速された粒子どうしの衝突または加速された粒
    子との衝突作用や衝撃作用、および摩砕によって粉砕します。

    図 41. カウンタージェットミルの構造と原理21)

21) ホソカワミクロン㈱より



   (2) 高速回転粉砕機(ハンマーミル)
    ハンマーミルは高速回転するハンマーによって供給粒子に衝撃を加え粉砕します。ハン
    マーはスウィングハンマータイプであり、出口側に多孔板やスクリーン、グリットなど
    をおいて、スクリーンミルとして粉砕製品の粒度のコントロールを行うことが出来ま
    す。

    図 42. ハンマーミルの内部構造22)

                                                                           22) 増幸産業株式会社より

  (3) 高速回転粉砕機(ピンミル)
    向かい合った2枚の円板の表面に数十本ないしそれ以上のピンを互いにかみ合うように
    植え、片方の円板あるいは両方の円板を高速で回転させて砕料を円板中心に供給し、遠
    心力で円周方向に移動する間にピンによる衝撃力、せん断力によって粉砕を行います。
   供給量が少ないと多くの場合、粒子径が大きくなることがあります。これは、供給量が
    少ないと、機内の粒子の存在率が低くなるため、十分な衝突もないまま粒子がピン円盤
    内を通過してしまい、逆に、供給量が多いと粒子1個当たりのピンディスクとの衝突回
    数が減少するためと考えられる。

  (4) ピンミル粉砕機のスケールアップ時の問題点 1
    粉砕機のスケールアップは粉砕原理を(機種)変えてはいけない。同じ粉砕機を用いて
    時間を掛け数回に分け実施するか、大型機を用いる場合は一からデータ取りが必要とな
    る。ピンミルの場合はピンの数、ピンとピンの間隔、回転数並びに投入速度により粒度
    分布が異なって来ることから、粉砕機を大型化した場合は、その粉砕機で粒子径、粒度
    分布を合わせるために全ての操作条件のデータ取りを行う必要がある。


    上記でも述べたが、ピンミルの原理は、図 43 で示す様に、試料を上部のホッパ (A)

    ら振動フィーダにより定量供給され、ドア側に固定されたピンディスク円盤 (B) と回転

    する本体側のピンディスク (C) の中心部へと試料が供給され、中心に供給された試料が

    遠心力で円周方向に移動(分散)する間にピンによる衝撃力、せん断力によって粉砕さ

    れ排出口 (D) より排出される。ピンミルで得られる粉砕サイズはディスクの回転速度、

    ピンの数、ピン間の間隔、原料の供給速度の変更により調節することが出来る。この様

    に、粉砕粒子が衝突、擦れ合うため発熱が起こり、溶融してピンに固着することにより

    摩擦が増大し発熱する。このことから、スケールアップ時は、ピンディスクが高速回転

    するために熱が発生し粉砕結晶が溶融してピン間に付着・閉塞(メルトバック)するこ

    とがあり、連続して粉砕するとメルトバックが増大してピンが固着する可能性があるの

    で気を付ける必要がある。

   図 43. ピンミルの構造24) 

24) ㈱パウレックより


  (5) ピンミル粉砕機のスケールアップ時の問題点 2   -粉砕時の発熱-
    福中ら21)は、ピンディスクの回転数、投入速度と粒度、並びにピンディスク回転数が出
    口温度に及ぼす影響を示している(図44)。結晶粒子径は回転数に比例し、投入速度に
    反比例して小さくなります(図44. A)。図44. Bは粉砕機出口温度の経時変化を回転数
    と粉砕時間でプロットしたグラフであり、出口の初期温度は各パラメータで若干異なる
    ものの明らかに高回転数(18.000 > 10,000 > 6,000 rpm)になるにつれグラフの傾きが
    大きくなり機内温度上昇が大きいことを示している。  

 図 44. ピンミルの特性23)


23) 福中ら、J. Soc. Powder Technol., Japan,40,655-663(2003)

 (6) ピンミル粉砕機のスケールアップ時の問題点 ピンミル粉砕での結晶多形転移例16)
現在は、医薬品原薬として承認されていますが、PQ時にパイロット(25 kg)製造時4
倍量の 治験原薬をスケールアップ製造した。原薬は粒子径を揃えるためピンミルを使っ
25 kg   一気に粉砕していたが、スケールアップ後の4 倍量を一気に粉砕することを
計画していた。
実際に、粉砕を行うと 3 回目の粉砕時にピンミルに粉砕晶が融解固着し結晶形転移が発
生した。1 回目の粉砕終了後にピンミルを分解し粉砕晶のピンへの付着等を確認し問題
ないことから、組み立て直し 2 回目の粉砕を実施し粉砕晶を IR で結晶形転移を確認し
たが問題なく粉砕晶の溶融も目視で確認出来なかった。このことから、安心してしまい
分解せず翌日に3 回目を実施したところ、粉砕晶はピンに絡み発熱と溶融を引き起こし
結晶形転移が発生した。このことから、PV(商業生産)での粉砕工程は原薬 25 kg を1
クールとして実施し粉砕機を分解・洗浄・乾燥・組立を行った後に 2回目以降の粉砕を
実施する標準操作法とした。

(7) 粒子分布と粉砕条件の検討例16)
 原薬の粉砕操作では、局方或いは依頼先メーカーの粒度規格に合わせる必要がありま
 す。ある原薬の粒度規格はD502-3 mmD905-10 mmであり、規格粒度分布に合わ
 せるためピンミルの回転数を変化させその粒度を確認しました。その結果、D50及びD907,500 rpm 以上で適合となり、バリデーションでもピンミルディスクの回転数を 10,000 rpm で実施しパイロット検討時と同等のD50の結晶サイズを得ることが出来た。
 
45. ある原薬のピンミル粉砕条件変更と粒度分布   


以上の様に、プロセス開発者は、スケールアップ時の製造設備・機器の選定に当たって
どの材質で、どの形状の反応槽・撹拌翼で、槽径と撹拌翼径比、乾燥原理(コニカル、
棚式、SV(ナウター)ミキサー、真空、送風等)、製造設備のユーティリティー(真
空ポンプ、加熱・冷却能力等)、並びに粉砕機の特性と粉砕結晶サイズ等に係る製造設
備・機器並びに分析機器の特性、能力並びに性能等を理解しておくことが必要です。そ
れらを理解して、実験室ではスケールアップで使用する実機のミニチュア機(幾何学的
相似形反応槽)を用いてデータ取りを行うことが大切です。しかしながら、全ての企業
がミニチュア機或いはメカニズムを合わせることは不可能な場合があります。この時
は、撹拌は製造現場で最大回転数(但し、仕込み量によっては溶液が跳ね上がる時は回
転数を下げる)での撹拌状態を確認し均一で乱流状態の撹拌数を記録しておき、次回に
供えると共に更なるスケールアップ時の撹拌数を予測計算してください。伝熱に於いて
は、反応熱量測定装置(RC1)を持っていない或いは測定が面倒と思われる方は、加熱
反応ではある温度に達しないと反応が進行しませんので伝熱計算の必要性は殆どないと
考えて良いと思っています。但し、低温反応では反応温度を維持するためにも冷媒温度
の予測計算は必要と考えています。低温反応は、実験室でアニオン等の活性化試薬をゆ
っくり滴下し、反応状態を確認し原料、活性中間体或いは生成物の分解の発生がないか
を確認しておく。分解が認められない場合は、実機への仕込み(滴下)時間を予測しそ
の予測時間をさらに延長(~1.5 倍)して反応状況を確認しておきます。低温反応で得
られる生成物の品質と収量が工程内規格に適合していればスケールアップへゴーサイン
してよいと考えます。

低温反応に於いて、スケールを上げると収率の低下を経験したことがあった。この時、
幸いなことに生成物の分解による品質の劣化はみとめられなかったこのとから、混合溶
液を反応温度以下に冷却しておき、一気にアニオン試薬を分割投入(溶液温度が分解温
度以上にならない量)の方法で収率を確保したことがあった。この様に、プロセス開発
者には、反応状況を分析し反応の最適条件を創出することが求められます。また、
設備・機器の選択は原薬の品質に影響を与えるためクリティカルファクターの一つ
す。プロセス開発者は是非自社の製造設備・機器の能力・特性・操作法・原理等をよ
く理解して製造現場での失敗、品質の低下、反応暴走が無く作業者への暴露の無い安
全・安心・安定した製造プロセスの開発を実施すべきと考えています。さらに、熟練の
プロセス開発者並びに製造現場担当者の経験と勘も大切ですのでスケールアップ前には
よく打ち合わせをしておくこともお勧めします。

最後に、この内容は筆者がプロセス開発時に実際に行っていたこと、考えていたことを
説明するために文献、教科書、web上で確認したことを記載したものですので、プロセ
ス開発者の参考になれば幸いです。

 

 

以上



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