スキップしてメイン コンテンツに移動

医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ




医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ

目次
 1.初めに
 2. 医薬品原薬のプロセス開発の目的
 3. では、何故スケールアップ製造時に失敗するのか?
 4.医薬品原薬のプロセス開発の現状とバッチ式製造の課題
 5.有機合成化学と化学工学と製造現場との連携と協働作業によるプロセス開発に於ける  
       ス ケールアップ
 6.反応槽のスケールアップに必要な化学工学の予測計算
 7.プロセス開発で解決すべき課題について
 8. 最後に



 1.  初めに

 プロセス開発を始めた時
 私が創薬部門から原薬のプロセス開発部門に移った時、実験室で反応条件の最適化を行い
 (ベンチワーク)、製造現場(プラント)で最適化条件を再現すれば良いのだと簡単に考
 えていた。また、医薬品原薬の製造に必要なGMP (Good Manufacturing Practice)、スケー
 ルアップ技術、結晶多形、並びに化学工学等のことなど知らなかった。実際にプロセス開
 発(スケールアップ)を経験して行くと、今まで行っていた創薬での有機合成化学の経
 験、知識、能力、化合物の物性の予測と分析(実験、調査、或いは計算等)と化合物の取
 り扱い方が重要であることを痛感した。更に、分析力(NMR, IR, Mass, UV, HPLC, XRD
 のスペクトラムの解析力と化合物の特性の把握)、並びに研究者自身の感性(センス)が
 不可欠であることと、今までの経験と得てきた知識が全て試されているのだと思った。次
 に、現場(プラント)製造を経験して行くと、製造設備・機器の構造・性能・能力・原理
 と実験室の装置の間に差があること。実験室と現場の作業性(反応、抽出、濃縮、晶析等
 を反応缶で実施)の違いから、実験室で出来た操作が現場製造で出来ることと出来ないこ
 とがあることが分かった(図 1)。同時に、実験室からスケールアップ(パイロット製造
 など)での反応温度維持(加熱・冷却)・冷却速度に関わる伝熱状態並びに反応溶液など
 の均一化(反応速度・反応温度・除熱)・乱流域等に関わる撹拌状態等を正確に再現する
 方法として化学工学計算が重要であることも痛感した。また、スケールアップによる現場
 製造での各操作(仕込み・加熱・冷却・反応停止・抽出・濃縮・晶析・乾燥等)時間が増
 大すること、並びにスケールによって原料・試薬・溶媒等の使用量が増大し危険性・安全
 性・環境への負荷が問題になることにも直面した。

1. 実験室から製造実機へのスケールアップ例

以上に述べた様に、実験室と製造現場の違いを理解せずに実験室で得られたデータを基にスケールアップに重要な変動要因(原料及び資材の品質及び物性、製造法の操作条件等)の重要(クリティカル)パラメータを設定しようとしても正確に設定出来ないことが多々ある。また、パラメータに許容範囲を設定せずに現場製造を製造標準操作法の操作範囲の上限値或いは下限値を超えて実施し場合、中間体・原薬の収率・純度・不純物プロファイル等に重大な影響を与え、GMP上の工程逸脱、或いは失敗から製造物を廃棄する原因となることがある。更に、大量の危険物・有害物質を取り扱うために作業者への有害性・危険性・安全性並びに環境へ負荷がかかること、原薬への溶媒、類縁不純物、金属等が残留することがある。このことから、当局の「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬事法)」、局方、ICHガイドライン(及び、PIC/S GMP等)、消防法・労働安全衛生等の関連法規等々を遵守する必要がある。同時に、原薬の製造コストは医薬品開発の可否、或いは/及び品質と並んでジェネリック原薬の選択時に重大な影響を与える。従って、医薬品原薬のプロセス開発では、原料等の品質と原薬品質の関係、最適な合成ルートと操作条件、スケールアップ製造は勿論のこと、原薬を安価で、安心・安全で安定供給できる製造標準操作法を組み上げる必要があると考えている。GMP 製造では、安全・安心な安定供給可能な体制(原料の入手から製造機器の維持・管理、担当者の能力維持(教育訓練)、品質管理、品質保証、保管並びに輸送など)等も考慮する必要がある。 

この様に、医薬品原薬のプロセス開発を行うためには、プロセス開発者は有機合成化学のみでなく分析化学、物性化学、物理化学と化学工学*の理解、物性・反応速度・反応機構の分析力、試験結果(スペクトル・チャート)の解析力、並びに規制当局の法律の理解と遵守することが必要であること。また、有機合成化学者、化学工学者及び品質管理(試験)者、品質保証者等との連携による協働作業が重要であることを痛感した。プロセス開発を有機的に進めるためには、CMCChemistry(化学)・ Manufacturing(製造)・Control(品質管理)の情報)部門、或いは化合物毎のチーム編成と協同作業が重要となります。

  * wikipediaに従えば、化学工学を以下のように解説している。
 化学工学とは、化学工業において製品を製造するには、研究室で得られた化学的知見のみ 
では不十分である。まず、適切な反応器を設計することと、それに対し適切な形態の原料
を適切な順序で供給し、適切な温度に管理し、適切な時間反応させる必要がある。さらに
得られた生成物から目的とする物質を分離、精製を行い、残った高価な原料、溶媒、触媒
等を回収、再利用することも必要となる。反応機や蒸留塔など装置内の温度、圧力、内容
量などが常に安全な数値で運転出来るように、プロセスの制御を行う知識も必要となる。
また、工業製品(医薬品原薬)は販売を前提しているものであるから低コストで製造が出
来るか否かが重要となる。廃棄物の排出に関し、規制をクリアして環境に対する配慮を行
うことも重要である。化学の領域では、これらを連続的に運転させることを学ばない。

また、化学プラントを設計し、安全に運転するためには、機械工学の知識だけでも不十分である。化学反応によってどのくらいの熱が発生するかが分からなければ、反応器の大きさや材質、肉厚などを決められない。また、反応後の物質から製品を分離する際も、どんな操作で分離すればよいかも化学を学んだものでなければ決められない。

このように対象としている製品の製造工程を総合的に見て、最適な反応装置や分離装置の選択、或は新たに設計し、最適な反応や分離の条件や手順を決定する。化学工学は、従来化学機械学とよばれていたことからも、実験室における化学と、工業プラントにおける機械工学の橋渡しをする学問であるとみなすとわかりやすい。

 

「プロセス開発は、製造現場を理解することから始まり現場製造で終わる」と強く感じてい
 る。

製薬メーカーで治験原薬のプロセス開発時に、上司から「原薬の製造コストを10万円/kgを  
実現させろ(原薬 1 ドル/グラム(g))」と言われ続けた。これを実現するために、目的
物の品質・収率を上げなさい、操作を簡略化しなさい、仕込みから反応後処理までの作業時間を8時間以内に終了させなさい、プロセスでの安全性・有害性・危険性・環境負荷を考慮して開発するために禁じ手として、使用してはいけない溶媒(一例、ジエチルエーテ
 ル、ベンゼン、ハロゲン系溶媒等)、原料・試薬(一例、アジド、無水ヒドラジン等)、
 並びにカラム精製の回避等を挙げられた。 

これからお話しすることは、著者が製薬メーカーでの創薬、プロセス開発、及び品質保証、並びに原薬メーカーでプロセス開発、製造現場、並びに品質保証部門で得た知識、経験並びに教訓を順次お話ししたいと考えている。 

プロセス開発に係わる方々がまず考えて頂きたいことは、自身が実験室で製造現場の実機へのスケールアップシミュレーション及び実機から幾何学的相似形装置によるダウンシミュレーションを忠実に再現する能力と経験を持っているか?です。

筆者がプロセス開発を始めたころ、多くの開発者は実験室で最適化した合成条件を基にスケールアップ製造を実施した時、上手くいけば(成功すれば)スケールメリット、上手くいかなければ(失敗したら)スケールデメリットとして結論付けていることが多々あった。この経験から、失敗しない様に上手くいかなかった原因(条件)が何であるかを実験室で予測しながら検証し操作条件の再設定並びにパイロット製造時に製造実験と称して実験室とパイロット機中の再現性を確認しながら臨機応変に条件を変更してトライアンドエラーで製造条件を固めていた。これらは医薬品原薬のプロセス開発者が化学工学的考え方を持たず、スケールアップは難しい、経験と感性がものを云う世界と考えて来たからと考えている。古き良い時代の考え方であった。筆者が製造現場を預かるようになった時、プロセス開発者に「製造現場は一発勝負、君が組み上げた操作法はスケールアップに耐えられるか?」と尋ねていた。プロセス開発者は操作条件に不安があればスケールアップに耐えるかをプロセス開発者と製造現場の担当者間でコミュニケーションを通して再データ取り、新たに製造装置の設計、或いは製造側で対処できる問題であればその対処方法を考えなければスケールアップ(現場製造)を成功させることは出来ない。

 現在のプロセス開発の考え方は、実験室で製造現場を予測したスケールアップシミュレーションに耐える操作条件データを如何に取得するか、そのデータを基に実験室で製造現場 の実機を忠実に再現出来るスケールダウンシミュレーション実験を組立てて実証とデータ取りが出来るかである


次に、医薬品原薬のプロセス開発のスケールアップで問題となる操作としては

 1)主原料等の品質
 2)主原料・試薬・副原料・触媒・溶媒等の仕込み方法と速度
 3)撹拌状態
 4)操作(仕込み、溶解、滴下、反応、抽出、濃縮、加熱・冷却、乾燥等)時間
 5)伝熱状態
 6)設備・機器の原理(撹拌、ろ過、乾燥)の違い 
 7その他の実験室と製造現場で異なる操作

 プロセス開発者は製造現場の実機の構造、形状、能力・性能、操作方法・条件を理解し、 
 実験室と実機の違いを考慮して工程操作条件のデータ取りと最適化し、スケールアップに
 必要な化学工学的思考とスケールアップ及びダウンシミュレーションによる検証を実施
 し、堅牢性の高い製造法の組上げとスケールアップへの示量的数値の変更が重要となる
 (図 2)。先ず、実験室と製造現場の違いを理解しないままプロセス開発を行うと操作方
 法・操作時間等の違いから製造現場で失敗、逸脱、危険性等が増大することになる。

 図 2. スケールアップ・ダウンシミュレーション


 医薬品原薬のプロセス開発を行っている操作条件・操作方法はスケールアップに耐えられ
 ますか?その根拠を検証していますか?

  〇医薬品原薬のプロセス開発は、実機を想定し全ての反応・操作条件を組立ていますか?
  〇合成ルート・製造法のクリティカルパラメータを抽出する品質リスクアセスメントを実施
   していますか?
  〇出発原料(物質)、その他の原料、副原料、試薬及び触媒並びに重要中間体等の品質規格
      は妥当ですか、また、出発物質等の供給体制に問題ないかを確認していますか?    
  〇実験室で設定した原料(出発原料等)と試薬・その他の原料・試薬・触媒等の量比は妥当
    (最適)ですか、逸脱した場合の品質への影響を確認していますか? 
  〇設定した反応溶媒の種類と量は妥当ですか、 残留溶媒のガイドラインを考慮して設定し
     ていますか?
  〇実験室の操作条件は製造現場の実機で安全に操作が出来、スケールアップに耐えられます
      か?
  〇設定した反応条件は、製造設備・機器の能力を理解し、反映して設定していますか?       〇設定した操作パラメータの管理値は設定範囲に目標値ウィ設定して管理していますか?反
      応温度が標準操作法の設定範囲を外れた時、中間体或いは原薬への品質の影響を確認して
      いますか?
   〇設定した反応温度、撹拌機の回転数、操作時間などの操作条件並びに原料と副原料・試
  薬・触媒・溶媒等の量比に安全閾を設けて許容範囲-操作(設定)範囲を設けています
  か?
〇設定した反応温度(加熱・冷却)を現場機器でコントロールできますか?
〇反応中を含め工程操作で得られる中間体・原薬の熱安定性(温度X時間)の危険性はスケ
 ールと共に増大するが、熱安定性を確認していますか?       
〇設定した操作条件が外れた場合、反応は暴走しませんか(DSCRC-1等により確認)?
〇工程反応の反応活性種の安定性・寿命の確認、並びに反応速度を評価していますか? 
〇中間体及び原薬等が直接接触する製造設備の材質(GL, SUS、ハステロイ、テフロン、
 樹脂製)は操作条件に適していますか?
〇操作条件は工程操作の途中で安全に停止でますか、停止した時の保管条件と期間を検証していますか?
〇設定した工程操作条件はスケールアップシミュレーションにより予定製造量をを想定して設定し、検証実験(スケールダウンシミュレーション)を実施していますか?
(仕込み・滴下・投入・反応・後処理・濃縮時間、減圧度、乾燥温度・時間、不純物プ
ロファイル、晶析条件(冷却勾配等)、加熱・冷却勾配、熱安定性(温度・期間)等の
操作条件)
〇設定した撹拌及び加熱・冷却条件は妥当ですか? 現場製造設備の能力を反映させた撹
 拌数及び加熱・冷却効率等であるかを確認していますか? 
設定した撹拌・伝熱等の状態は使用予定の製造設備で相似させるために撹拌数及びジャ
 ケット内の冷媒・熱媒温度を予測計算していますか?
〇反応終点管理、工程内品質規格、製品品質規格並びに試験方法の妥当性を確認していま
 すか?                                           
〇その他必要な調査・確認・検証を実施していますか(例えば、静電気・暴露管理等の安
 全対策は万全か?)?

 スケールアップ前に最低上記の項目の確認と妥当性の検証を実施して頂きたいし、スケールアップに耐えられる製法を確立するための手助けになれば幸いである。
 
原薬メーカーのプロセス開発者に望むことは、委託先(新薬、後発品メーカー)に負けない知識、能力、技量を、組み上げたプロセスに自信を、並びに委託先と渡り合える技量(分析力、解析力、解決力、知識、説明力、説得力等々)を持って頂きたいと云うことです。



2. 医薬品原薬のプロセス開発の目的

原薬プロセス開発の目的は、創薬(化学)で合成され数多くの化合物の中から薬理(生物活性)・生化学(メカニズム)・毒性・ADMEAbsorption(吸収) Distribution(分布) Metabolism(代謝) Excretion(排泄))等で絞られた治験薬候補化合物(医薬品原薬、或いは後発品を含む)をより最適で最短な合成ルートで安価に、安全で、環境に優しく、恒常的に品質目標(製品品質規格)に適合した原薬を市場(製薬メーカー→患者)へ提供出来る堅牢な大量製造法を確立することであると考えている。そのためには、プロセス開発者はプロセス開発から商業生産(大量合成法)をスムーズに行うために自身の技量と感性並びにスケールアップ技術(ノウハウ・化学工学)を向上させる絶え間ない努力が必要である。プロセス開発者が技量を発揮出来る時期は多くの機会がある。しかしながら、参入機会を狙う原薬メーカーは新薬・ジェネリックの開発ステージの進展と共に参入条件がより厳しくなり選別される。原薬メーカーの参入条件は品質、コスト、開発スピード、製造量、納入期日の遵守、プロセス開発力、スケールアップ技術(PVの成功)、製造環境(設備の配置、コンタミ、清掃等々)、GMP要件(出来ればFDA査察適合)、並びに委託先への密な連絡・報告(週レポート・月間レポートの報告書、報告会)が求められる。

原薬メーカーが新薬の製造に参入できる時期は Pre ClinicalGMP製造が始まるPhase I、商業製法が固まる Phase IIb、若しくは Phase III のプロセスバリデーション(PV)時期、或いは上市後のコストダウン時と云われている(図 3)。

 
3. 医薬品の開発スケジュールと原薬メーカーの参入時期例
                                           2016年度は、新薬の開発確率が0.003%2015年度)から0.005%へ上昇

この時、プロセス開発の技量だけでなく、GMPに遵守した書類の作成、スケールアップ・ダウンシミュレーション技術、品質規格(工程内・原薬)試験、原薬コスト、教育訓練、製造設備等々が要求対象となり、開発(開発チーム)部門・品質試験部門・製造部門・品質保証部門となどの連携が必要となる。
 
治験原薬のプロセス開発では、上記の様に(図4-2)、フルスペックのプロセス開発となる。しかしながら、原薬メーカーは治験原薬の出発物質或いは中間体の委託製造を受ける場合も多々あり、開示された製造方法に従い、操作条件の最低限の最適化と 1~2 回程度のトレース実験で製造を行うことが多い。
 
4-1. プロセス開発と各部門の連携例


治験或いはジェネリック原薬のプロセス開発は、実験室で得られたデータを基に製造工程操作(反応を含む)の最適化条件の設定と設定条件を製造現場で忠実に再現させる標準製造操作法が必須である。また、実験室で得られた中間体・原薬の純度、不純物プロファイル、収率等を恒常的に再現することである。しかしながら、実験室で得られた操作条件を製造実機で再現しようとしても出来ない、収率・純度が低下する、不純物プロファイルが異なる、或いは新規不純物の出現する等々が発生して原薬の品質目標(品質規格)を達成できず逸脱等による失敗が起こることが多々ある。プロセス開発で失敗を最小限にするためには、プロセス開発者は現場製造設備・機器の構造、形状、原理、性能、能力並びに実験室との操作(原理等)上の違いを理解し、実験室の操作条件に時間軸を含め製造現場で忠実に再現させることである。これらを実現させるためには、実験室でのデータ取りを工夫すること、実験室で製造現場を再現したスケールアップ並びにダウンシミュレーションを実施すること、並びに操作パラメータ、特に、クリティカルパラメータを製造スケールサイズに合わせた再現性の確保と必要に応じて化学工学予測計算し変換させなければならない。特に、原薬メーカーのプロセス開発者の大半は有機合成化学を専攻した人たちが殆どであり、有機合成化学的思考として実験室での合成ルートの改良、新規合成ルートの開拓、並びに反応条件の最適化等に注力しがちであるが、化学工学、分析化学等の他分野との協働が重要である。
 
4-2. 原薬メーカーの治験原薬・中間体等の一般的なプロセス開発例

それ故に、スケールアップ製造で化学工学的思考をせず、今までの経験を頼りにプロセス 
開発者と現場担当者だけで実施することを多く見かけた。これでは失敗する可能性を高め
ている。スケールアップ製造を成功させるためには、プロセス開発では有機化学と化学工
学、試験部門、品質保証部門等が協同して行う必要があると考えている。

実験室から製造現場へのスケールアップに伴う違いは、

  原料・試薬・触媒・溶媒・等: 品質、量、仕込方法等
  設備・機器: 形状、サイズ、操作原理、作業方法等
  撹拌: 翼形状、撹拌数、撹拌効率、撹拌状態(均一化)等
  伝熱: 伝熱面積、熱媒温度、加熱・冷却速度(方法)等
  ろ過: ろ過原理(吸引、遠心、加圧等)、サイズ、作業時間等
  操作時間: 仕込み、滴下(特に、低温反応時)、加熱・冷却、反応、後処理、濃縮、
   ろ過、乾燥、粉砕等

の違いが考えられる。

これらの違いを理解してスケールアップに耐える標準製造操作法を設定するためには、操
 作条件が中間体・原薬の品質に影響を与える重要変動要因(クリティカル操作ファクタ
 ー)・重要パラメーター(クリティカルパラメーター)を設定する。上記の操作原理・操
 作時間等を相似させたスケールダウンシミュレーションの実施と検証により操作条件の最
 適化と操作範囲(目標値)を設定しなければならない。

5 には、一般的な実験機器と製造設備・機器の違いを示しているが、それぞれの合成・
製造にかかわる設備・機器(装置)の構造と原理などは大きく異なっている。また、製造
量により使用する設備・機器のサイズが異なってくる。それらの違いは装置内の撹拌状
態、伝熱(加熱・冷却)効率、ろ過状態並びに操作(作業)時間等に現れる。プロセス開
発者は製造現場を知ってこの違いを理解し、スケールアップに耐えられる操作法を作り上
げる必要がある。 

5. 実験機器と製造設備・機器の違い例

スケールアップで最も重要なことは、プロセス開発者が実験室とパイロット製造等で得ら
れたデータから各工程の最適操作条件(変動要因のパラメータ)を設定し、実験室或いは
パイロットで得られた反応液等の最適操作条件下の状態(温度・濃度・撹拌効果、反応速
度、操作時間等)を製造現場で忠実に再現することである。そのためには、プロセス開発
者は実験室で取得したプロセスデータを解析し、理解し、標準製造操作法を決定すること
である。しかしながら、知らないことは知らないのであるから化学工学・物理化学・分析
化学・晶析化学等に精通した研究者、専門家らと協働してスケールアップ(製造量)に合
わせ操作パラメータ(撹拌・伝熱・熱安定性に関する)を予測計算(変換)することであ
る。但し、スケールアップでは、変更すべき(示量的)数値と変更してはならない(示強
的)数値があるので、注意を要する。

1. 操作パラメータの示量的数値と示強的数値


* 操作時間は、一般的に標準製造法に設定しないが、スケールに合わせて増大することから操作溶液中の生成物などの熱安定性が問題となる。
 熱安定性を担保するためには、製造予定スケール量に対応した製造設備の性能・能力と製造現場での操作時間の予測する必要がある。仕込み・反応・濃縮等の予測操作時に一定量の安全率を掛けた熱安定性(時間X熱)の確保と品質への影響を確認しておく必要がある。
 
本来、プロセス開発からスケールアップ製造に当たって使用した主原料、副原料、試薬及
び溶媒等の品質規格・製造方法・メーカー並びに中間体・原薬等の品質規格は変更しては
いけない。しかしながら、コストダウン・品質向上等の観点から主原料、副原料、試薬並
びに溶媒等を変更する場合がある。その時は、原料・試薬等並びに中間体・原薬に含まれ
る全ての不純物等が分析でき、更に、中間体・原薬の品質規格である純度、全ての不純物
(未知の不純物を含む)及び不純物プロファイル等を全て分析出来る試験法が必要であ
る。この試験法を持たないと未知の不純物を確認することが出来ず、主原料、副原料、試
薬及び溶媒等の品質規格の同等性を確保出来ない、中間体・原薬等の品質が保証出来ない
ことを理解する必要がある(品質保証部の承認が必要)。また、反応条件等の操作条件と
して、プロセス開発で実証した反応機内の撹拌状態、伝熱効率、操作(作業)方法及び操
作時間(スケールに合わせた製造現場の操作時間)等を忠実に再現する必要がある。

実験室と製造現場との操作時間(仕込み、滴下、加熱・冷却、反応、後処理、濃縮等)は
製造スケール及製造設備・機器の原理・能力・性能により異なる。例えば、実験室で溶液
10 L を外(浴)温40℃で濃縮するのに 2 時間で終了したとしても、製造現場で2000 L
40℃で200 L/時間の濃縮能力を有する製造設備で10時間を要することになる。この場合、
製造現場の設備・機器で濃縮を実施するためには、濃縮条件下での熱安定性(品質の劣
化・変化がないこと)が最低 15 時間程度担保されなければならない。濃縮時間を短縮する
ためには、より低い温度で大量に処理できる薄膜蒸留器(濃縮原理の変更)等へ変更すべ
きである。
 
スケールアップによる反応操作時間の違い例
上記で濃縮時間の違いについて述べたが、図 6には、工程内の主だった操作を示している。
には、 例として実験室 1 L 反応機とプラント 1,000 L 反応槽で、反応温度 80℃(或
いは低温反応)、反応時間 4 h、スケールアップ率1,000 倍としてスケールアップした場合
の工程内操作時間ダイアグラムを示めしている。本ダイヤグラムからスケールアップ前後
で反応時間のわずかな延長があったとしても殆ど差がないが、この操作時間の違いは中間
体或いは原薬の熱安定性により品質への影響が考えられる。
 
6. 工程内操作例

7. 一般的なスケールアップ前後の反応操作時間ダイヤグラム



 スケールアップ前後の操作時間
スケールアップ前後の反応操作時間について述べたが、 表 2 には、実験機1.0 L(容量)、合成量 0.1 kg と実機 1,000 L(容量)、製造量 100 kg時の標準的な操作時間(委託側として、実機の最低能力の要求値)例を示した。但し、操作時間は各工場の製造設備・機器の能力により異なる。自社の設備・機器の能力を把握し、表 2 の様な表を作成しているとスケールアップ時の操作時間が概算出来、熱安定性のデータ取り、熱安定性から製造設備・機器等の選択、製造計画の立案などに役立ち必要に応じて操作時間をシミュレーションすることが出来る。

2. 実験機と製造実機の製造量、反応機容量と設備・機器の能力の例(自社設備で要確 
認のこと)


例えば、製造操作の仕込み時間は仕込み量及び反応溶液等の送液能力により異なる。
熱反応では、仕込み速度は冷却(伝熱効果)能力により左右される。図 8は、1L験機
1000 L実機での工程操作反応時間の違いを例として示した。前述した様に、反応時間 にほとんど差がないが、反応停止時間は冷却能力・効率等により左右され、抽出時間は抽出溶液(製造量)量、撹拌速度と撹拌時間、エマルジョンの発生量等に依存して延長する。濃縮時間は抽出溶媒量及び濃縮(反応)槽に付随しているユーティリティー等の能力に依存し、ろ過・粉砕時間は処理量及びろ過機の能力等に依存する( 8)。今までお話した様に、製造量に合わせたスケールアップシミュレーションにより割り出される操作時間はスケールアップ後の製造時の目安となる。この目安の操作時間を用いて実験室でトレース実験して中間体・原薬の品質の同等性を確認すると共に、更に操作時間に安全率(最低、1.21.5 倍以上)を掛けた時間を用いて実験室でトレースする(デザインスペース確保)ことを推奨する。このトレースにより中間体・原薬の品質の劣化・不純物プロファイル等に変化がなく品質が確保出来れば、仮に操作時間が延長しても品質を担保出来る。このことから、実験室で各操作時間を延長させ品質(純度、不純物)並びに収量等の推移と最大安全操作時間を把握しておくことを推奨する。
 
8. 実験機と実機の予測製造(合成)操作時間の違い(例)



  次に、実験室の最適化操作条件をスケールアップ(製造サイズ)に合わせた最適化操作
     条件へ変換するためには、

  ①  実験室の最適操作条件は、製造スケールに合ったスケールアップシミュレーションに
  よる品質リスクアセスメントを実施し、また、必要に応じて再データ取り実施計画を
  作成すること。
  ②  スケールに合った工程操作パラメータは、実施計画から得られたデータを基に各操作
  の最適条件を範囲として設定すること。スケールアップで重要な工程重要パラメー
  (クリティカルパラメータ)を特定すること。
  ③  スケールに合わせたスケールアップシミュレーションで工程の各操作時間を予測し、
  予測操作時間に十分な(1.52倍)担保を持たせて工程操作中の中間体・原薬の熱安
  定性の確認し、予測操作時間に安全域を確保すること。
  ④  熱安定性を考慮した予測操作時間を用いて、スケールに合わせて最適化した操作条件
  (パラメータ範囲)のワーストケースで幾何学的相似形反応槽等によるスケールダウ
  ンシミュレーションを実施し、操作範囲と目標値の妥当性を検証すること。
  ⑤  妥当性が確認できない場合は、妥当性が検証できる操作範囲と目標値へ設定し直す、
  或いは再設定が困難な場合は製造実機の見直しを実施すること。
  ⑥  スケールに合わせた使用予定反応槽等の撹拌数を「単位体積当たりの撹拌動力を一
  定」で予測計算(撹拌数の変換)すること。
  ⑦  スケールに合わせた使用予定反応槽等の熱媒(ジャケット内)温度を「単位体積当た
  りの伝熱(加熱・冷却)効果一定」で予測計算(熱媒温度の変換)すること。
  ⑧  実験室で確認・実証した全ての操作時間・操作方法・操作条件をスケールアップ後に
  も忠実に再現させるためには、製造実機の改良或いは新規設計・製作することも考え
  る。
  ⑨  以上の様に、実験室でスケールアップ製造時のスケールに合わせたスケールアップ及
  びスケールダウンシミュレーションにより実証した操作条件を製造現場(設備・機器
  の能力から)で再現できる方法への変換、実験室の撹拌状態、伝熱状態を再現するた
  めに変換計算、再現するための製造設備・機器の選択若しくは改良、或いは新規に設
  計することになる。④、⑤、⑥、⑦及び⑧は化学工学の予測計算(スケールに合せた
  変換)並びに連携が必要となる。
 
何故ならば、プロセス開発は実験室と製造現場をつなぐ研究であり、実験室でのフラスコ中等の状態をスケールアップ後の反応缶中で忠実に再現させる技術である。



 3. では、何故スケールアップ製造時に失敗するのか?
  
  合成反応が主原料・副原料・試薬等の品質、溶媒の品質・種類、添加速度、触媒の品質・
  種類、塩基及び酸の品質・種類、反応条件(反応濃度・温度)、撹拌状態(撹拌翼・撹拌
  速度)、pH等の複数の変動要因(process factor;特に、クリティカルファクター)が反
  応速度並びに目的物(中間体・原薬)の純度・収率・不純物プロファイル等に重大な影響
  を与えることを理解していない。また、スケールアップによる操作時間の延長は反応混合
  物中の主原料・副原料・試薬・反応中間体・生成物等の熱安定性に影響し、純度、不純物
  量、不純物プロファイル及び収率等に影響を与えることを理解していない。等々、スケー
  ルアップ手法を知らないのだと思う。これらの影響を最小限にするために、多くのプロセ
  ス開発本の著者は「実験室でのフラスコ中の状態を左右する変動要因(温度(伝熱)及び
  撹拌状態)のクリティカルパラメータ及び操作時間(熱安定性が確保されている時間内)
  等をスケールアップ後の反応槽中で忠実に再現することである」と言っている。では、操
  作(反応を含む)条件を忠実に再現するために、以下に示した注意点を考慮してプロセス
  開発(データ取りとパラメータの設定)とスケールアップ製造を行う必要である。
 
 1)何故、初めてのプラント製造(スケールアップ)で失敗するのか?
 ①  製造設備・機器の構造・形状・能力・性能・原理を理解していない(図 5
 ②  製造設備・機器の構造・形状・能力・性能・原理で出来ること、出来ないことを理解
    していない
 ③  プロセス開発に於けるスケールアップ研究の進め方を知らない、或いは間違っている
 ④  実験室で、どの様なデータを、どの様に計画し取得すれば良いのかが理解出来ていな
    い
 ⑤  品質に影響を与えるクリティカルパラメータを見つけ出せない、品質リスクアセスメ
    ントが出来ない
 ⑥  実験室で得られたデータを現場製造設備・機器への適用方法を理解していない
 ⑦  スケールアップ時に化学工学計算による操作条件(パラメータ)を予測していない
 ⑧  スケールダウンシミュレーション(幾何学的相似形装置)を実施していない(図 9
 ⑨  反応速度を計算してない、反応終了時点を把握出来ていない(反応終点は、HPLC
    で分析する限り0.51.0時間前(サンプリング時点)の状態である)
 ⑩  実験室での発熱状態(熱量)から現場反応缶の加熱・冷却効率を解析していない
 ⑪  スケールアップ時に増加する各操作時間を想定して熱安定性と予測操作時間でのデー
    タ取りをしていない
 ⑫  スケールアップ時の操作方法、パラメータ等の適用或いは設定方法が分かっていない
 
 これらを理解し、プロセス開発でのデータ取りと操作条件のスケールアップ変換しなけれ 
 ばならない。この中で、⑦ から ⑩ を考慮した幾何学的相似形反応装置(ミニチュア機)
 によるスケールダウンシミュレーション並びにRC1等の反応熱量計等を用いた反応・中和
 熱量の評価等々と熱安定性を考慮してスケールアップデータ取りを行うべきである(図 
 9)。
 
  9. 実験室の反応器と製造現場の実機の違いとスケールダウンシミュレーション



  例えば、スケールアップ前後の撹拌状態は反応槽及び撹拌翼の形状と回転数により異なっ 
  てくる。但し、反応速度は撹拌により反応液が乱流状態にある時は問題になることは殆ど
  ないが、操作時間は製造量のスケールアップにより増大し反応混合物中の主原料・副原
  料・試薬・反応中間体・生成物等の安定性と不純物プロファイルに影響を与える可能性が 
  ある。このことから、製造時のスケールに合わせた操作時間の予測とその予測時間に安全
  域を取り熱安定性のデータ取りとその予測時間のワーストケースを用いて実験室で工程を
  実施し品質に影響を与えないかのデータ取りが必要である。スケールアップ製造条件下で
  恒常的に原薬の品質規格を保証するためには、撹拌状態と担保された最大操作時間を用い
  てスケールダウンシミュレーションを実施すべきである。

   2) これらの課題を解決し、現場製造を成功させるために
   一つは、品質リスクアセスメントを実施することである。プロセス開発で大切なことは、
   医薬品原薬に重大な影響を及ぼす物質特性並びに工程操作のクリティカルファクターとパ
   ラメータを特定し慎重に評価と設定することである。プロセス開発者は実験室のフラスコ
   (g 単位)レベルで原薬(最終化合物)の品質目標を達成させる出発原料・試薬・反応溶
   媒等の品質、合成ルート、並びにクリティカルパラメータの特定と各工程の操作条件を設
   定するためにも品質リスクマネージメントを実施することである。また、品質リスクアセ
   スメントで最も大切なことは、どの操作の、どのパラメータを、どの様にデータ取りする
   か実験計画を立てることである。この時、パラメータの一変量解析か、より進んだ方法と
   して多変量解析で実施するかが問題となるが、PMDAは品質リスクアセスメントと多変量
   解析によるデザインスペース(操作条件設定領域)を設けることを推奨している(図 
   10)。このデザインスペース内で運用することは変更(今までなら、一部変更届必要)と
   はみなされないと言っている。

    10. プロセス開発のより進んだ手法とデザインスペース例


 多変量解析をほとんど理解していないので、一変量解析で話を進める。どちらにして
 も、プロセス開発者は品質に重大な影響を及ぼす操作条件の変動要因を特定と、その変 
 動要因(操作ファクター)のパラメータ(特に、重要(クリティカル)パラメータ)に
 安全域を確保した許容範囲を設け、実際の操作条件を範囲で設定し、目標値として最適
 操作条件を設定することであると考えている。この様にして得た最適化操作条件(操作
 目標値)から標準操作法(製造法)を作成し、特に中間体・原薬の品質に影響を与えな
 いクリティカルパラメータが適切に制御できる性能・能力を有する製造設備・機器を選
 定(品質リスクアセスメントの実施)することである。
 次に、原料・試薬・触媒・溶媒等の品質から製造(標準操作)法、中間体並びに製品の
 「規格及び試験方法」、小分け・包装・出荷・輸送までの取決め等を記載した製品標準
 書を作成する。この製品標準書に従いパイロット製造等を実施して、その妥当性の検証
 と必要に応じて再データ取りの計画と実施を行う。原薬の商業生産に向けた大量製造
 (製造標準操作)法・品質規格等の堅牢性はスケールアップ製造を繰り返し実施して順
 次高めて行くべきものである。上市に向けて製造標準操作法が最適化されれば、  
 Process Qualification (PQ)を実施し、製造法の妥当性並びに製造設備・機器の適格性を検
 証し、更にProcess ValidationPV)によりそれらを実証した後に、商業生産(~数100 
 Kg/batch)へ繋げることである。そのためには、重ねてプロセス開発者はスケールアッ
 プに必要な化学工学(反応速度、撹拌、伝熱及び晶析(結晶多形、結晶サイズ))の理
 解と予測計算による実製造時の撹拌状態(原料・試薬・反応中間体等及び溶液温度の均
 一化)、伝熱状態(操作温度維持:加熱・冷却、特に低温反応時)の違い、操作時間の
 違い(特に、滴下(加)・加熱・冷却・濃縮時が増大)、及び設備・機器の原理の違い
 を理解することから始めるべきと考えている。
 
 スケールアップの手法として、坂下1)は実験的アプローチ(経験と感性)、化学工学的ア
 プローチ(ミニチュア機でのデータ取り(一変量・多変量)とデータ解析及びスケール
 アップシミュレーション)並びに分析・解析アプローチとシミュレーション(データ解
 析及びスケールアップシミュレーション)を組合せて実施することを推奨している。更
 に、品質リスクアセスメントアプローチ(操作ファクターとパラメータの評価及びデー
 タ取得実験計画法)を追加することにより、プロセス開発は効率的なデータ取りと評価
 とスケールアップ(ダウン)シミュレーションが実施できると述べている(図 11)。
 GMP製造にかかわる全ての部門との協同作業が重要であり、なるほどと思った。
  
   11. プロセス開発に於けるスケールアップ方法1)(例)


 プロセス開発に於いて、筆者は初期の段階、或いは最低スケールアップ前には有機合成 
 化学と化学工学の連携による協働作業が重要と考えている。実験計画の組立からスケー
 ルアップに必要なデータ取り、得られたデータから適用製造サイズ、必要な製造設備・
 機器の選定、並びに操作条件の最適化と開発期間の短縮など、品質リスクアセスメント
 の実施にとって重要な役目を果たすと思っている。
 プロセス開発者は、スケールアップ製造を達成させるために、化学工学以外の製造現場
 担当者、分析化学者並びに品質保証者との協働作業する力と以下の能力が必要と考えて
 いる。
 
 ①  主原料・副原料・試薬・触媒・溶媒等の品質とそれらの物性・毒性をMSD等で調査し
  取り扱い方法を見極める。
 ②  実験装置と製造設備・機器のサイズ、形状、原理、能力、並びに性能の違い、撹拌速
  度の違い、或いは操作時間(秤量,仕込み、温度調整、投入、反応中間体の活性化、反
  応停止、後処理、濃縮、晶析、ろ過,並び乾燥等)の違いを理解し、各工程操作の品質
  リスクアセスメントを実施する。
 ③  品質リスクアセスメントから品質に重要な影響を与える操作(変動要因)を特定す
  る。
 ④  特定した変動要因の操作パラメータ(条件)を最適化するために、実験室でのデータ
  取り計画を立案する。また、製造法に堅牢性を高めるために取得データ(操作パラメー
  タ)を範囲とし、そのパラメータに安全域を確保して設定する。
 ⑤  反応混合物中の原料・反応活性中間体・生成物の熱安定性に安全域を持たせた操作予
  測時間X操作温度等でデータ取りを実施し最大操作時間を設定する。
 ⑥  原料・反応活性中間体・原薬中間体・原薬等の物性(熱安定性、或は溶解度、pKa
  危険性並びに安全性等)の測定、調査、評価すると共に、それらの取り扱い方及び精製
  方法を検討する。
 ⑦  スケールアップ予測計算出来るものは全て実施し、それらを基に製造工程の操作条件
  を製造サイズに合わせて変換する。
 ⑧  結晶のサイズ及び結晶多形の作り分け、精製効果並びに回収率の向上を達成するため
  に晶析化学を理解する。
 ⑨  実験室で得られたデータを分析・解析し、データの定量化並びに図、表或いはグラフ
  などの一目で変化が理解できる様にする(マンガが書けて一人前)。グラフ・表から足
  りないデータ、大きく差が生じた操作ファクターの特定と原因の解明と最適化条件(フ
  ァクター)を確立する。
 ⑩  最適化条件から、スケールアップで用いる設備・機器の性能・能力を基に重要パラメ
  ータ(品質に影響を与えるファクターの操作範囲)、スケールに合わせた操作時間、撹
  拌効果及び伝熱効果等を予測再計算と経験等からパラメータ範囲に安全域を確保し設定
  する。操作範囲は製造現場が操作可能な範囲として設定し、操作現場が実際に操作する
  目標値を定める。
 ⑪  上記の内容を含め、スケールアップシミュレーションにより製造スケールに合わせ変
  更した最適化操作条件(製品の標準操作法)を検証するため、幾何学的相似形装置を用
  いてスケールダウンシミュレーションを実施する。また、操作パラメータのワーストケ
  ースで工程操作を実施して品質規格に適合した中間体・原薬が得られるかの検証と実証
  を行う。
 ⑫  更に、プロセス開発者は工程の最適化と不純物プロファイル、残留溶媒、並びに残留
  金属等にも注意を払う必要がある。不純物がどの工程のどの操作で発生し、工程を進め
  る時不純物がどの様に変化(推移)し、どの工程で抜けるかを追跡し、必要がある場合
  はその構造を決定する。
 ⑬  ①から⑨の実行と実証から、GMP管理として恒常的に品質規格に適合した製品を製造
  するために、製品の品質設計図書である製品標準書*を作成し、それに従ってスケール
  アップ(現場製造)製造を実施する。
 
 以上のように、プロセス開発の範囲は多岐の分野にわたるために有機合成化学者、化学
 工学者、物理化学者、分析化学者、毒性研究者(原料・中間体・不純物等の変異原性等
 の毒性)並びに品質保証等を担う人々とのチームワーク(Chemistry, Manufacturing and 
 Controls : CMC)が必要であり、その協働作業がプロセス開発の成功へ導く近道である。
   
 *製品標準書の内容
 医薬品原薬を製造するためには、それぞれの製品のそれぞれの開発ステージの合わせ以
 下の項目を含んだ製品標準書を作成する必要がある。
 1.販売名。2.製造販売承認年月日及び製造販売承認番号、化粧品であれば製造販売届出年
 月日 3. 成分及び分量。4.製品等の規格及び試験検査の方法。 5.容器の規格及び試験検査
 の方法。6.表示材料及び包装材料の規格。7.製造方法及び製造手順(工程検査を含
 む)。8.標準的仕込量及びその根拠:1バッチ(ロット)はどのくらいの規模か。原料の
 安定性が良くないなどの理由で増し仕込みする場合等は、その内容と根拠を記載する。9.
 中間製品の保管条件。10.製品の保管条件及び有効期間又は有効期限自主的に実施した
 安定性試験の結果等を参照できるように。11.用法、用量、効果、使用上の注意。12.
 造販売業者との取決めの内容がわかる書類輸送条件等についても考慮すること。13.
 認、規格によるもの以外については、設定の根拠。
 
  3)プロセス開発のために
 上記で挙げた失敗しないスケールアップ検討を行うためには、プロセス開発者は実験室
 でより製造現場に合わせた幾つかの相似を達成させ必要である。一つは、現場製造設
 備・機器と原理が同じ幾何学的相似形装置(ミニチュア機)を用いて確立した製造法
 (標準操作法)に従いスケールダウンシミュレーションを実施し、標準操作法が忠実に
 トレースできるか、また、品質(純度・不純物量・不純物プロファイル・結晶多形
 等)、収率等が品質目標及び標準操作法の品質規格と差異がないかを検証する(図
 12)。幾何学的相似形装置詳細については後述する。
 
 図 12. スケールダウンシミュレーション(幾何学的・原理の相似)の実験機器


 もう一つは、幾何学的相似形反応機(スケールダウンシミュレーション)から得られた
 データを基に、スケールアップ時の現場反応槽で操作する撹拌状態(撹拌数)、伝熱効
 果(加熱・冷却効率)、並びに作業時間等を再現させる予測計算を実施することであ
 る。それらの予測計算値が製造現場で再現できるかをスケールアップシミュレーション
 並びにパイロット製造等で検証し、製造設備の性能・能力・原理・材質等から出来るこ
 と出来ないことを上げ品質リスクアセスメントとスケールダウンシミュレーションを実
 施することだと考えている。また、商業生産を達成させるためには専用の製造設備・機
 器を設計することが必要となることも考慮しておく必要がある。そのためにも、プロセ
 ス開発者は製造設備・機器並びに化学工学について専門家になる必要はないが最低限度
 のことは理解すべきである。撹拌・伝熱効果・作業時間(一部は既に述べているが)の
 計算の詳細については後述する。

 反応と撹拌状態の関係は、均一系反応ではあまり重要でないことが多いが、不均一系
 (液-液、固-液の二相反応)反応などでは反応が進行しない或いは反応速度、収率及び品
 質(純度、不純物量及び不純物プロファイル等)等に重大な影響を及ぼす可能性があり
 重要である。また、撹拌は、反応槽のジャケット面と溶液の接触を常に更新し加熱・冷
 却の熱量を溶液に与え、溶液温度斑を無くし溶液温度を均一にする。加熱・冷却(伝熱
 状態)は、極低温反応、加熱反応、及び/或いは発熱反応での加熱・冷却(排熱)に重要
 であり、反応溶液の温度斑と冷却速度の遅れが目的物の品質へ重大な影響を与える可能
 性がある。操作時間は、スケールアップにより増大するため、温度X時間に対する反応中
 間体或いは生成物の熱安定性が十分に担保されていないと目的物の品質へ重大な影響を
 与える。製造現場の担当者は反応機或いは熱交換器の運転経験からある程度の性能・能
 力を把握しているが、標準操作法・プロセス開発者からの的確な指示がないと実機を正
 確にコントロールが出来ない。正確な操作には、製造担当者の教育訓練による能力の向
 上と綿密な製造前打合せも重要となるが、製造設備・機器の自動化システム等の導入も
 考慮する必要がある。
 
   例えば、スケールアップで撹拌が問題となる操作(反応・抽出等)と解決法
   プロセス開発者は実験室の反応時の撹拌数(回転数(rpm))を確認していると思うが、
   その撹拌数の撹拌状態を目視確認のみで、実機で忠実に反映させていないのが現実であ
 る、と思っている。ほとんどの場合、反応が上手くいっているのは均一系、加熱或いは
 二相反応でもたまたま実機の最大撹拌数の能力で事なきを得ていただけだと思ってい
 る。
 
 ① 試薬・副原料を滴下する反応操作
  スケールアップ前後で同等の反応速度、反応温度の管理及び目的物の品質(純度、不純
  物プロファイル、不純物量等)を得るためには、滴下した副原料・試薬等の溶液を反応
  混合物に同等の混合状態を再現する必要がある。反応液を同等に均一にするためには大
  小の反応槽の撹拌速度(rpm)が重要となる。反応温度だけでなく反応混合物の撹拌状
  態(物質の流れ)も同一にする必要がある。
 
 ② 二相反応(液-液、固-液等)操作
  反応相が液-液(相関移動触媒を用いる反応)或いは固-液(水素添加反応、固体塩基
  反応等)等の二相反応の場合、反応を進行させるためには液滴のサイズを小さくして比
  表面積を大きくし、固液反応では固体の粒子径(サイズ)を小さくし比表面積を大きく
  して衝突(接触)回数を増加させる必要がある。衝突回数を増やす方法として、撹拌速
  度(撹拌数)を一定以上(乱流状態)に確保する必要がある。このことから、スケール
  アップ後に反応速度を同一に進行させるためには、実験機と製造実機で撹拌(物質の流
  れ)状態を同等にする必要がある。
  例えば、プロセス開発者が水素添加反応を実験室のオートクレーブを用いて最大回転数
  で実施して反応が進行したことから、製造現場の加圧反応槽(500 L)を用いて最大撹
  拌数で反応を実施した。しかしながら、反応は実機で進行しなかったことから、本事例
  の相談を受けたことがあった。これは実験室での最大撹拌数の撹拌状態を製造実機で再
  現出来なかったためであった。実験室の撹拌状態(撹拌数)を再現するのに必要な製造
  実機の撹拌数を予測計算したところ、必要撹拌数が足りないことが判明した。本反応は
  実機撹拌機の撹拌数を反応に必要な予測計算撹拌数を達成できるように撹拌機を改良し
  たところ進行した。本事例は、プロセス開発者が実機の最大撹拌数を把握せず、製造現
  場でも当然進行するものと思い込み、スケールアップに必要な示量的数値の取り扱いを
  知らず、撹拌数を予測計算する方法も知らなかったことから生じていた。
 
 ③ 晶析操作
     晶析では、例えば、急と呼ばれる操作である急冷却、急(強)撹拌するとより小さな結
   晶が得られると言われている。実際、同等の結晶サイズを得るためには、スケールアッ
    プ前後で冷却速度、撹拌状態を同一にする必要がある。
 
 ④ 抽出・濃縮
  抽出では、液-液反応と同様に撹拌数を上げ液滴サイズを小さくして比表面積を大き
  くし抽出溶媒との接触回数を増やすことで抽出効率を上げることが出来る。濃縮で
  は、濃縮温度はもちろんであるが、濃縮槽の溶液上部表面から溶媒蒸気が立ち上がり
  蒸留されるため撹拌を行うことによりで常に新しい表面を作り出すことで濃縮速度を
  上げることが出来る。
 
 以上の様に、反応等で必要な撹拌状態をスケールアップ前後で再現するための解決法は
  化学工学による予測計算を実施することです。予測計算するためには、先ず、実験室で
  使用予定製造実機の幾何学的相似形反応槽(器)を用いて反応等の操作に最適な撹拌速
  度(rpm)を求めることです。次に、その撹拌数を基に製造スケールに合わせた使用予
  定の実機に対して予測計算により必要な撹拌数を求める。この撹拌数のスケールアップ
  予測計算式は教科書的に経験則として確立されている。筆者は、スケールアップに当た
  って幾何学的相似形反応(或いは、晶析)槽を用いて操作に必要な撹拌数を決定し、製
  造スケールに合わせた使用予定の反応或いは晶析槽等の図面から必要な数値を読み取り
  計算していた。このスケールアップ予測計算から求めた撹拌数をスケールアップ製造に
  適応して品質・収率等に問題が生じた経験をしたことがなかった。
 

 
 4.医薬品原薬のプロセス開発の現状とバッチ式製造の課題
 現在、原薬の製造はバッチ式或いはフロー式で行われているが、今後はフロー式が主流 
 になると思っている。しかしながら、まだまだバッチ式が主流である。ここでは、プロ
 セス開発・品質保証・製造を行ってきた立場からバッチ式プロセス開発の課題について
 述べたい。
  
  1) 恒常的に品質規格(品質・不純物プロファイ・収量等)に適合した原薬を得るために
 プロセス開発者の最も重要な課題は、恒常的に医薬品原薬を製造するために原薬の品質
    に重大な影響を与える操作ファクター(変動要因)を見出し、そのパラメータを最適化
 させ品質目標(品質規格と同じか、それ以上の品質)を達成させる製造標準操作法を確
 立することである。
 以前は、製造法の最適化は操作パラメータの一変量解析を行っていたが、現在の原薬開
 発や製剤開発では、ICH-Q 8Quality by DesignQbD)のコンセプトを考慮した品質リ
 スクマネージメント戦略による原薬の品質と変動要因(操作ファクター)の関係を明確
 にする実験計画法(品質リスクアセスメント)の利用が推奨されている。最近、実験法
 として各操作パラメータを一斉にパラメータを変化させ、より短期間に品質に重大な影
 響を与えるクリティカルパラメータと操作範囲を求める多変量変換による実験法が用い
 られることが多くなって来ている。しかし、これについては自身理解していないのでコ
 メントできないが、多変量解析については多くの方々が説明しておりソフト等も発売さ
 れているので興味ある方々は参照されたい。一変量或いは多変量変換実験法のどちらに
 しても、操作パラメータの許容範囲を求めで安全域を確保して操作範囲として最適化し
 目標値で運転することに変わりはない。この様にして得られた許容範囲のワーストケー
 スを組合せて実験することにより、どの操作ファクターのパラメータがより重要かの判
 別が容易になる。このことにより、より厳しくパラメータを設定と管理、堅牢性の高い
 標準操作法の確立、並びに品質規格に適合した原薬の取得が容易になる。設定した操作
 範囲内での変更は品質に影響を与えないデザインスペースの考え方が主流となってきて
 いる(図13-1)。詳細については、サクラミル原薬S2モックを参照されたい(。
 
 図 13-1. 製造条件が原薬等の品質・収率・不純物プロファイルに影響を与える要因とデザ
 インスペース


標準製造操作法の工程操作パラメータは範囲で設定するが、品質に影響を与えない範囲として許容範囲、許容範囲に安全域を取り操作範囲(設定値±)を設定する(図13-2)。この操作範囲に最適な目標値を設定し製造をより最適な条件で運転・管理することにより、より逸脱の少なく恒常的に高品質の原薬を得る操作が可能になると考えている。
 
 図 13-2. 操作範囲の設定方法の考え方



実際のプロセス開発では、有機合成化学者が製造に必要なデータを実験室で取得し、得られたデータを製造現場の設備・機器で再現するためにいくつかの課題を達成する必要がある。そのためには化学工学者とのコミュニケーションと協同作業が重要な役割を担う。先に述べたように実験装置と製造設備・機器では、原理が違う、形状・寸法が異なる、更に撹拌及び伝熱方法・効果・効率が異なる、使用する原料・試薬・溶媒の量と品質が異なる、並びに工程の操作時間(例えば、投入、濃縮時間)が異なることなど課題がある(図 14)。検討期間の短縮とスケールアップ精度を向上させるためには、初期の段階からスケールアップを想定した有機合成化学と化学工学との連携による協働作業が実験計画、実験装置の設定(選択)、操作方法・条件等を検証する近道と考える。
 
14. プロセス開発に於けるスケールアップに必要なデータ



また、下記に示すように、プロセス開発者は実験室での原料・試薬・溶媒・触媒等の品質・使用量・原理・操作時間等の違いを理解すると共に、実験室では、当然実施していると思うが、製造現場で使用する原料・試薬・溶媒・触媒等を用いてデータ取りを行い品質目標に適合できることを証明しておくことを薦める(図 15)。また、主原料等の製造メーカーの変更、製造所の変更或いは合成法の変更がある場合も当然トレース実験を行い品質に影響を与えないことを事前に実証しておくべきである(当局も要求している)。
 
15. 実験室と製造現場の設備・機器並びに試薬・溶媒等の違い


 2)原薬の現場製造で重要なこと
原薬製造で重要なことは、医薬品原薬・中間体を恒常的に高品質(品質規格:純度・不純物プロファイル等に適合)で安全で、環境に優しく、安価に、逸脱もなく実施させることである。そのためには、原料等の受入れから製造・試験・出荷に係わる全ての品質保証(GMP・薬事法・薬局方)がなされ、最終的に患者さんの手元に医薬品が安定供給され、安心・安全をお届けすることである。このことは、プロセス開発者並びに製造担当者が自身に、「自分が設定した製造法・規格及び試験方法で製造した原薬の医薬品を家族に飲ませることが出来るか」、を問うことであると考えている。
 
 3)原薬品質で重要なこと
・ 原薬の品質が恒常的に品質規格に適合し、全ての品質規格試験項目(純度、不純物量など)の分析値が安定していること。不純物プロファイルとして個々の不純物量、新規不純物が無いことである。
    製造バッチ間での品質規格値のバラツキは、製造ロットのアニュアルレポート或いはトレンド分析で把握することが出来、小さく安定していることが重要である。
    品質規格項目の値にバラツキがある時は、製造標準操作法が最適化されていない(不十分な最適化)、製造機器の運転が安定していない(設備機器の故障・不具合の発生、或いは再バリデーションが出来ていない)、或いは製造作業が安定していない(製造担当者への教育、技量が不足よる)可能性がある。
・ 原薬品質は純度・不純物だけでなく、製剤化に重要な影響を与える嵩密度と安息角、体内吸収に関わる溶解度・速度に影響する結晶多形、結晶サイズ、結晶癖も重要な項目であり、安定して同品質の結晶を得る必要がある。
 
 4)工程操作条件で重要なこと
操作条件で重要なことは、出発物質(原料)・副原料・試薬・触媒・溶媒等の品質、出発物質等の反応槽への投入の順番と方法、操作条件(反応・停止・抽出・濃縮・晶析等を含む)である温度、撹拌速度、反応・抽出・晶析等の濃度、晶析時の冷却速度、操作時間の担保並びに乾燥条件等が最適化されていること、実験室の操作状態を忠実に再現出来ることである。
 
 ・ 出発原料等の品質は中間体・原薬の品質に直接影響を与える可能性
出発原料・副原料・試薬等が品質規格に適合していても、出発原料(物質)等の合成方法(合成ルート・条件)等が異なれば不純物プロファイル・不純物量が異なる、道物質の混在の可能性がある。また、出発物質等の試験方法が含まれる全ての不純物を分析出来るかが問題となる。
 ・ 出発物質等の反応槽への投入の順番と方法
   投入の順番により発熱、或いは静電気(粉体)爆発(5,000 L 以下の反応槽への投入であれば特に問題ないと聞いているが、静電気対策は必要)の可能性が高くなる
 ・ 操作(反応・停止・抽出・濃縮・晶析等を含む)温度及び濃度
操作条件(温度・濃度)の違いは不純物プロファイル・不純物量等へ影響を与える。操作温度に安全域を確保しておくこと、目標値として目標温度を指定することを勧めする。操作濃度は不純物プロファイル・不純物量等、並びにバッチ製造量に影響を与え製造効率に関わり製造コストを押し上げる。また、晶析時の濃度は精製度合、結晶多形に影響する可能性がある。
(反応濃度は反応の種類により異なるが、基本は 1 mol/Lと考えている)
 ・ 操作の時間は、既に述べたように、中間体・原薬の品質に影響する可能性がある。操作時間を延長させ品質への影響を検証する必要がある。操作時間は一般的に設定しない(時として反応時間等が延長することがあるため)が、中間体・原薬の品質を保証するためにはスケールに合わせた予測操作時間に安全域を確保した許容操作時間での中間体・原薬の熱安定性を担保し、その予測操作時間内に操作を終了させる必要がある。
 ・ ろ過操作の原理(遠心ろ過、減圧ろ過、加圧ろ過等)が異なればろ過性・洗浄性に違いが生じ、中間体・原薬の品質に影響を与え可能性がある。当局は承認申請書・MFに原理を記載することを求めている。
 ・ 乾燥原理(条件)には、減圧(真空)乾燥、送風(温風)乾燥及び加湿(調湿)窒素(不活性ガス)通気乾燥等がある。これらの原理・温度・減圧度・送風温度・加湿度及び通気速度(量)が異なれば乾燥速度及び乾燥度に違いを生じ品質に影響を与えることがある。 
 
   山口*は、1962年に撹拌と反応速度の関係をまとめている。殆どの反応は撹拌速度に従い反応速度が上昇して行くが、撹拌がなくても一定で進行する反応、撹拌が無いと進行しない反応、撹拌速度がある程度無いと進行しない反応があることをまとめている(詳細は文献を参照されたい)。撹拌は反応促進、反応速度に重要な役割を担っており、撹拌状態をスケールアップ前後で相似させることが大切である。
 
例えば、表 3 の(1)の場合、エチルベンゼンのケン化40)、塩化ベンジルとNaOHおよびCH3COONaとの反応40)AlCl3の存在でベンゼンとSO2との反応67)、ある種の結晶の晶析63)。(10)の場合、ニトロベンゼンの鉄粉と稀塩酸による還元113,114)、ブチルメルカプタンの酸化101)。(13)の場合、酸化白金触媒によるソルベノール(ジペンテン)の水素添加40)などを挙げている。

 

3.  異相系液相反応操作における撹拌の効果


反応が開始する撹拌数(速度)

A:撹拌しなくてもある程度反応が進む場合(均一系)

B:撹拌しないと反応速度がほぼ零である場合(二相系)

C:撹拌のある強さまでは反応速度が零である場合(二相系、水添反応)

 

撹拌数(速度)の上昇に伴う反応速度の変化によって、およそ次の6種に分類している。

a. 反応速度が撹拌速度によって変化しない場合

b. 撹拌速度の上昇に伴なう反応速度の増加割合(p)が撹拌速度とともに増加する場合

c. pの値が撹拌速度によって変わらない場合

d. pの値が撹拌速度とともに次第に減少する場合

e. pの値がb→d→aへ移る場合

f. pの値がc→d→aへ移る場合

 

* 山口 厳、総説 異相系液相反応操作における撹拌の効果、化学工学, 26(5), 595-607 (1962) より引用

 


5.有機合成化学と化学工学と製造現場との連携と協働作業によるプロセス開発に於ける
 スケールアップ
  プロセス開発に於けるスケールアップでは、有機合成化学は主原料等の品質から仕込み・
  反応・後処理・濃縮・晶析・ろ過・乾燥条件の最適化に貢献し、化学工学はその条件を製
  造現場(設備・機器)で忠実に再現するために各操作条件(パラメータ)の変換或いは必
  要に応じて設備・機器の設計と改修をすることである。公益社団法人化学工学会関西支部
  に従えば、「化学工学は、熱力学、運動量・熱・物質の輸送現象論、化学反応速度論、各
  種分離操作、化学装置制御理論、プロセスシステム工学などを統合的に展開・運用するこ
  とで、化学製品を最も経済的に安全に、そして環境にやさしい形で製造するための工学で
  す」と述べている。簡単に言えば、実験室の小型モデル機(実験装置)の撹拌、伝熱(加
  熱・冷却効果)、圧力、ろ過等の効果・状態を製造現場の実機(大型機)で忠実に再現す
  るためのスケールアップ基準を得ることであると思っている。そのためには、実験室の装
  置(小型モデル機:データ取り用)を実機(大型機)の幾何学的相似形装置を設計と作
  製、或いは実験室のデータから必要な実機の設計と改修能力が要求される。そのために
  は、有機化学と化学工学と製造現場との協同作業が必要となる。
 
1)スケールアップに付随する問題点
  既に述べていることであるが、スケールアップで旨くいけばスケールメリット、旨くいか
  なければスケールデメリットと先輩に言われた。今考えれば、先輩もスケールアップにつ
  いて知らなかったのだと思う。しかしながら、スケールアップは科学である。スケールア
  ップに付随する問題点として、今まで述べてきたように原理、操作方法、操作時間(原
  料・反応試薬・溶媒等の投入、加熱・冷却、撹拌と原料・試薬等の均一分散、濃縮、抽出
  とその他の操作)、撹拌効率(分子同士の衝突と均一化)、熱(加熱・冷却)効率、並び
  に反応速度の違い等が挙げられる。例えば、スケール効果として物質の質量が小さいほ
  ど,質量あたりの表面積の割合が大きくなるといわれている。即ち、少量スケールでは固
  体の表面積が大きく,反応性が高いということであり、少量スケールで反応が効率よく進
  行したからといって,スケールアップを安易に行うと,固体の表面積が相対的に小さくな
  るため反応が遅くなる。これらのことから、医薬品原薬のプロセス開発は有機合成化学、
  生産(製造)工学、化学工学、分析化学などの異分野との連携が大切であり、プロセス開
  発者は化学工学、分析化学に興味を持ち、撹拌と伝熱の理解、並びに分析チャートに現れ
  た変化(異変)の気付きとその理解をすることが大切である。
 
2)プラントで失敗しない製造法 (PQ/PV) を組上げるには
  実験室でデータ取りに用いる装置は、スケールダウンシミュレーションを忠実に実施でき
  る使用予定の製造設備・機器の構造、性能と能力を理解し、幾つかの幾何学的相似を達成
  させた実験機(ミニチュア機)が必要となる。
  更に、実験機の操作条件をスケールアップで再現させるためには、スケールアップに必要
  な予測計算(撹拌・伝熱状態)時に化学工学との連携が重要となる。製造現場実機の幾何
  学的相似形装置でのデータ取りはスケールアップを容易にするばかりでなく、パイロット
  製造時にスケールに合わせた予測計算値と実験機で得られた操作時の値の差異を明らかに
  することにより、スケールに合わせた予測計算値の精度を高められる。この様にして得ら
  れた生産実機の撹拌状態、伝熱状態(操作温度維持)、操作時間等のパラメータの精度を
  上げた予測計算値は実機能力の可否並びに幾何学的相似形装置(ミニチュア機)を用いた
  精度の高いスケールダウンシミュレーションを容易にする。また、同様に実生産規模で起
  こると予想される逸脱等の不具合の発生条件を明らかにすることが容易となり、不具合を
  未然に防ぐ手立てを講ずることができ、プロセスクオリフィケーション/プロセスバリデー
  ション(PQ/PV)がより容易に計画・実施できるようになる。プロセスバリデーションが
  成立しないと医薬品原薬を製造できない。
  大阪府は「バリデーションの考え方と実施例と要件」を示している(図 16)。

  16. 大阪府のバリデーションの考え方と実施例

 
3)品質リスクアセスメントの実施
  実施方法は後述するが、品質リスクマネージメントの一環として品質リスクアセスメント
  は実施計画書と対で実施されるものであり、データ取りにより品質に重大な影響を与える
  クリティカルパラメータを明らかにし、その設定に役立つので推奨する。
  PMDAは、品質リスクマネージメントに関するガイドライン(薬食審査発第090100
  4号)を発出している。その中で品質リスクマネージメントのプロセスの概要(進め方)
  を示している(図17)。

  17. 一般的な品質リスクマネジメントプロセスとリスク評価
  

 
以上のように、プラントで失敗しない製造標準操作法を確立するためには、プロセス開発 
の開始時から有機合成化学部門、化学工学部門、試験部門並びに品質保証部門の連携が大
切である。上記の 1)~3)に従い、品質リスクアセスメントを行うことを推奨する。




6.反応槽のスケールアップに必要な化学工学の予測計算
  実験機から製造実機の反応槽或いは晶析槽へスケールアップするためには、大小(実験機
  と製造実機)の反応槽内の状態を相似させる必要がある。特に、反応槽内の撹拌状態、反
  応温度及び冷却速度の相似を達成させる必要がある。これらの相似を達成させるには、化
  学工学による予測計算が大切になる。その予測計算を実施するためには、実験室でデータ
  取りする反応容器はスケールアップで使用する反応槽の幾何学的相似形(実機のスケール
  ダウン)を用いる必要がある。この幾何学的相似形反応機でスケールアップに必要なデー
  タが得られれば、そのデータを基に予測計算するとスケールアップに必要な実機の能力が
  把握でき、その数値は実機選択の指標となる。
   また、スケールアップシミュレーションによりスケールに合わせたスケールアップ計算操
   作時間並びに実機の運転状況・状態の把握と予測を行い、スケールアップに必要なパラメ
 ータの予測と設定並びに堅牢性(予測操作時間の熱安定性に耐えるパラメータ)を向上さ
 せる。更に、予測スケールアップパラメータ(操作条件)と予測操作時間等を組合わせ、
 幾何学的相似形反応機を用いてスケールダウンシミュレーションを実施する。本来は製造
 実機で操作条件の妥当性を検証しなければ適応できるか判断できないが、実験室で原料等
 の量と操作パラメータの範囲並びに予測操作時間等のワーストケースを用いたスケールダ
 ウンシミュレーションを繰り返すことにより実機での操作条件、クリティカルパラメータ
 と品質リスクとの関係が精度高く予測できる様になる。
 
  スケールダウンシミュレーションを実施するに当たり、大小の反応槽等で幾つかの相似を
  達成させる必要がある。
  既に述べているが、実験用幾何学的相似形反応機(ミニチュア機)は現場製造設備・機器の原理並びに形状・全ての寸法(槽径、翼径、翼高、バッフル、撹拌翼・バッフルの太さ)を相似させる。
  実験室のミニチュア機と製造現場の実機で撹拌状態(効果)を相似させる(図 17)。
  実験室のミニチュア機と製造現場の実機で冷却・加熱効率(伝熱効果)を相似させる(図 2324)。
  反応機以外の装置も出来る限り現場設備・機器(濃縮・ろ過・乾燥)の原理を相似させる(図 12)。

その他、実験室のミニチュア機と製造現場の実機の仕込み率(図 9)、予測操作時間(図
 8)並びに操作条件も相似させる(表 1)。
 
 例えば、製造現場の実機は幾何学的相似形反応機の集合体と考えれば、実験機 1台の状態
 を実機で再現出来れば同等(相似)性が実現できる(図 18)。プロセス開発で丸底フラ
 スコを用いデータ取りをしているのを見掛けることが多いが、実機幾何学的相似形反応槽
 に比べ槽の構造、撹拌翼の形状が異なり、丸底フラスコと半月板(撹拌翼)及び幾何学的
 相似槽と相似撹拌翼(三枚後退翼など)では撹拌状態に差が出る。実機内での物質の流
 れ・乱れ方等の撹拌状態並びに加熱・冷却の均一化と速度に影響する伝熱効果を相似(同
 等)させるためには、幾何学的相似形反応槽の方が優れている。
 
18. スケールアップ・ダウンシミュレーションの考え方


  1)幾何学的相似とは 
 幾何学的相似形とは、実機の全ての形状(特に、反応、晶析等に関わる)が同じで、全て
 の寸法を縮小し寸法比(撹拌翼の形状・径・幅・位置、バッフルの形状・幅・位置等)を
 同一にしたミニチュア機のことである(図 19)。このミニチュア機を用いると実験機と
 製造現場実機(大小の反応槽等)の撹拌状態を予測計算で相似させることが容易となる。
 この時、スケールアップ前後の仕込み率(反応容積率)も相似させる必要がある。
 
19-1. 幾何学的相似装置の設計例

 幾何学的相似形実験機の作製は製造実機反応(晶析)槽の図面から予定実験機の容量に合
 わせて全ての寸法(撹拌翼の形状・長さ、径・幅・位置、バッフルの形状・長さ・幅・位
 置等)をスケールダウンさせる様に計算し設計図を作成し実験ガラス機器作製会社に作製
 を依頼する。或いは、簡単には実機図面を作製予定容量の実験機になるように縮小コピー
 して採寸しても良い。
 
19-2. 実機図面から幾何学的相似形実験機の設計と作製例


   2)力学的相似とは
 大小2つの装置内の流動状態を同一に保つには、溶液の粘性に関係するレイノルズ数及び
 フルード数を同一にしなければならないと言われている。しかしながら、大小2つの装置
 に同一の反応溶媒(同じ粘性)を用いる限り、力学的相似は実現できないとされている。
 原薬合成(製造)に用いられる大半の反応条件下では、大小の反応槽中の反応混合物は乱
 流領域で撹拌され動力一定になっており力学的相似はほとんど影響を受けない(図20)。
 むしろ、撹拌動力相似を達成させることでスケールアップが可能と言われている。
 
 図 20. Np/Re 曲線

化学工学協会編; 化学工学便覧 改訂四版, 丸善(1978), 18 章撹拌および混合

   3)撹拌動力(撹拌状態)の相似性とは2)
 反応混合液の均一性は撹拌速度(撹拌数)を一定以上の乱流状態(では動力数一定)にす
 ることで保つことが出来る(図 18)。撹拌は大小の反応槽混合液の濃度・物質の移動・
 温度等を流れの中で相似にさせることで反応の進行、反応速度・抽出効率・結晶サイズ等
 の同等性を確保する極めて重要な操作である。大小の反応槽の撹拌状態の相似は、スケー
 ルアップに於いて品質に重大な影響を与える重要因子(クリティカルファクター)とな
 る。従って、大小の反応槽の撹拌状態を相似させることは、撹拌による品質への影響を同
 じにすることから、実験室で得られた同等品質の中間体・原薬をスケールアップ(製造)
 後にも得られることを意味している。しかしながら、力学的相似性の実現は困難とされて
 いるが、幾何学的相似形を用いる時、単位体積当たりの動力(= Pv)が同一にすれば、
 経験的に大小の反応槽で同一の撹拌効果が保たれると教科書で言われている。大小の反応
 槽で撹拌状態を相似させるためには、「単位体積当たりに掛かる撹拌動力一定」にする必
 要がある(図 21)。「単位体積当たりに掛かる撹拌動力を一定にすると単位体積当たり
 の溶液中の物質量移動(マストランスファー)が同一となりスケールアップ後も溶液全体
 として同一になる」との考えによる。
 
21. 単位体積当たりの動力及び反応液の流れ・乱れ(撹拌状態)、温度の均一化の考
  え方


  以上のことから、大小の反応槽の撹拌状態を一定にするためには、使用予定の製造実機の幾何学的相似形反応器(ミニチュア機)を実験室で用いて最適撹拌数を求め、「Pv:撹拌動力一定」で撹拌数を予測計算し、その撹拌数をスケールアップに適応する。但し、固-液、液-液反応の撹拌は、同様に Pv 一定でスケールアップするが、パイロット製造時に現場で反応進行状況(反応速度)と反応物の品質を確認しながら必要に応じて撹拌数を調整(可変速)して決定することが多い。このパイロット時と実験機の間に差があればその原因を解明すると共に、その原因の重要度からパイロットから実生産規模への予測計算時に考慮するかどうかを決める。
 
            Pv(単位体積当たりの撹拌動力:KW/m3 = n X d2/3      1
 n=撹拌数(rpm)d=翼径(又は、槽径 Dm

*培風館 橋本健治 編著 工業反応装置, 丸善 改訂四版 化学工学便覧, 合葉修一、撹拌液のフローパターンに
  関する 23の問題、化学工学, 26(8), 943-947 (1962)より引用
 
 しかしながら、プロセス開発者は、一相系反応のスケールアップでは大小の反応槽に関係
 なく実機の最大撹拌数付近で撹拌していると反応混合物が乱流(域)状態で撹拌されてい
 ることが多く、その撹拌速度(回転数)を詳細に設定しなくても反応に殆ど影響しないこ
 とを経験的に知っている。このことから、多くのプロセス開発者は撹拌の重要性に気付か
 ず、実験室の見た目の状態で強・中・弱程度の指図で済ませていることが多い。化学工学
 を知らない筆者は、プロセス開発を始めたころ撹拌について十分に理解せず感覚的に十分撹拌できていれば反応に影響しないものと考えていたが、失敗を経験して行くと撹拌の重要性に気付かされた。このことから、化学工学の専門家に撹拌は大小の反応槽(幾何学的相似形)の「単位面積当たりの撹拌動力(=Pv)」一定でスケールアップすると撹拌状態の相似が得られることを教えてもらった。スケールアップ時に撹拌状態を相似させる予測計算をするようになってから、一相系のみならず二相系反応(固-液、液-液)でも失敗することなく実験室と同等の反応速度と収率、中間体・原薬の品質、晶析時の結晶サイズ等を得ることが出来る様になった。
 
 下図に同じ川の流れにある大小の水車を示している(図22)が、小さい水車が1回転しても大きな水車は1回転していない。同じ流れの中では、外周の長さが異なると回転数が異なる。このことは反応槽でも同じことが言え、大小の反応槽の翼端の流速を同じにするためには、撹拌数は小さい実験機では多く、大きな実機では少なくて済むことを意味している(撹拌数:大きな反応槽 < 小さい反応槽)。
 
22. 撹拌数と撹拌速度の違い


 従って、撹拌のスケールアップは撹拌数を変更しなければならない。化学工学では、大
 小の槽内で反応混合溶液の流動状態を同じにするためには、製造実機の幾何学的相似形
 実験機を用いて反応の撹拌数を最適化し、スケールアップ時の撹拌数を経験則(教科
 書)に従い撹拌動力(Pv)一定の式 1 Pv= n X d2/3で変換計算する必要がある(図
 23)。
 撹拌状態(撹拌数)のスケールアップは「大小の反応槽の単位体積当たりの撹拌動力(=
 Pv)一定」の式で予測計算する。動力は単位時間(1秒間)当たりの仕事量を示し、仕事
 (パワー)量は物質を移動させる力X距離の量を表す。「単位体積当たりの撹拌動力」は
 Pv = n X d2/3 n : 撹拌数、d : 撹拌翼径)の式で表される。同じ反応溶液を用いるためス
 ケールアップ前後で撹拌による単位体積にかかる力は同じなので「単位体積当たりの撹
 拌動力一定」は1秒当たりの進む距離を同じにすれば良いことになる。経験的に、その
 距離はスケールアップ前後の撹拌翼径長の2/3乗の長さを1回転の移動距離とし、その長
 さに回転数(rpm)を掛けることにより撹拌動力を得ていると理解している(式 1
 覚えてください) 
 
  23. スケールアップ撹拌数の計算


  Pv(単位体積当たりの撹拌動力)= n X D2/3一定でスケールアップ
   n1 X d12/3(ミニチュア機) = n2 X d22/3(製造実機)
   

  実機へのスケールアップ後の撹拌数n2 = (n1 X d12/3) / d22/3    2
n1=実験機撹拌数、n2=実機撹拌数、d1=実験機翼径(又は、槽径 D1)、d2=実機翼径)
 
 また、この計算式 2 を組み込んだ「撹拌数スケールアップ計算シート」を作成しておけ
 ば、スケールアップ時に使用予定の実機反応槽の撹拌数並びに実機反応槽のサイズと最大
 撹拌数から実験機で用いることが出来る最大撹拌数が計算でき、非常に便利である(図
 24)。
 
24. 攪拌数のスケールアップ計算シート3) 


 教科書(経験則)的に撹拌数のスケールアップ計算は撹拌翼径を用いて計算するが、ここ
 では、我々の実験結果と経験から原薬の製造条件下(混合液粘度の低い状態)では、撹拌
 翼径/槽径比が 85% 以上の場合、槽内径(D)で計算している(図 22)。
 
 ここで、実験室からパイロット製造へスケールアップした際、撹拌状態の差により反応が
 全く進行しなかった例についてお話しします。

  例
 水素添加(水添)反応をパイロットスケール 500 L の加圧反応槽(オートクレーブ)を用
 いて最大撹拌数(86 rpm)でスケールアップしたが、反応が全く進行しないと相談を受け
 た。担当者は、懸濁二相反応である水添反応の進行が難いことから、実験室で反応を進行
 させるために 200 mL の実験用オートクレーブの最大撹拌数(1,200 rpm)で実施してい
 た(図 25)。
 
25. 実験室からパイロット製造のスケールアップ


何故、スケールアップ後に水素添加反応が進行しないのかが問題となった。 

 本反応を実施した実験室と製造現場の記録書の比較照査と聞き取りを行った。しかしなが
 ら、特に問題となる操作条件等に差がなかった。反応が進行しない理由として考えられた
 ことは、Pd-触媒が失活していたか、撹拌数の差ぐらいであった。パイロット製造で使用
 した触媒を用いて実験室で水素添加反応を実施したが、反応は進行した。あとは撹拌状態
 の差と考え、大小のオートクレーブの撹拌数をスケールアップ計算に用いる「単位体積当
 たりの撹拌動力(Pv)」一定の式で実験機の最大撹拌数から本反応のスケールアップに
 必要な撹拌数を計算したところ 160 rpm必要との結果が出た。パイロット実機の最大撹拌
 数は86 rpmであり、大小のオートクレーブの撹拌状態を相似させるために必要なパイロッ
 ト機の撹拌数を満足していなかった。反応が進行しなかった原因は撹拌数が足りず撹拌状
 態の相似を達成できていなかったと結論付けられた。このことから、先ず、実験機で本反
 応を進行させる必要な最低撹拌数(850 rpm)を確認させ、その撹拌数を基に実機加圧反
 応槽の必要撹拌数を計算した。その結果、撹拌数は135 rpmと計算された。実機撹拌モー
 ターの最大撹拌数を 130rpmまで向上させ本水素添加反応を実施した結果、問題なく進行
 し実験室で得られていた目的物と同等の品質(不純物プロファイル・不純物量)と収率及
 び反応速度で目的物を得ることが出来た。
 
  本反応を失敗した原因は製造現場の製造機器・設備の能力・性能を確認或いは理解せず、
  プロセス開発をしていたからであった、と考えている。
 
 筆者は、撹拌のスケールアップを「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)」一定で実施する
 ことにより、多くの反応、晶析工程で実験室と同等の品質で目的物が得られることを確認
 しており、本計算式が医薬品原薬のプロセス開発で問題なく使用できることを検証してい
 る。
 
    4)伝熱(加熱・冷却)効果の相似:
単位体積当たりの伝熱面積
  反応槽内の混合液に直接接している伝熱面(ジャケット面)はジャケット内の熱媒或いは冷媒の熱量を反応溶液に供給する重要な役目を担っている。しかしながら、反応槽等のスケールアップに於いて、反応槽の「単位体積当たりの伝熱面積(反応槽のジャケット面積)」が異なっており、ジャケットに同温度の冷媒・熱媒と投入しても「単位体積当たりに同一熱量」を反応溶液に供給できない。このことは、発熱反応等で生じる熱量はモル比に比例するが、反応槽のスケールアップでジャケット面積は比例しないため加熱・冷却時間に差が生じる。このことから、槽内反応温度(特に、極低温反応)を維持させるためにはジャケット内に投入する冷媒・熱媒の温度を変更する必要が出てくる。
  例えば、伝熱面積はプロセス開発時に反応条件最適化に用いた使用予定の反応槽実機の幾何学的相似形実験機をスケールアップ容量と同じ数になる様に実験機を並列で用いれば変わりがない(図 26)が、単に反応槽の容量を10倍スケールアップしても伝熱面積は同様に10倍へ増加しない。
 
  図 26. スケールアップでの反応槽の体積と伝熱面積

  反応槽の容量が 10倍へスケールアップされてもジャケット面積(伝熱面積)は約 4.6倍にしかならない(図27)。このことは、スケールアップ時に混合液の加熱・冷却に要する時間及び極低温での発熱反応の温度維持に差が生じることを意味する。大小の反応槽で加熱・冷却に要する時間の差は反応混合物の安定性、反応速度、生成物の品質(純度・不純物プロファイル・不純物量等)、収率(収量)等に影響を与える可能性がある。例えば、加熱反応ではある温度に達しないと反応が進行しないことから加熱に時間が延長しても反応に与える影響(反応混合物(生成物・不純物を含む)の品質)は小さいと考えられる。しかしながら、低温反応では所定温度(以下)に維持しないと反応を制御できないため、反応槽の冷却能力は品質に重大な影響(反応速度・反応混合物の品質・収率等)を与える可能性がある。
 
 図27. 幾何学的相似形装置と実機の伝熱面積4)


大小の反応槽が幾何学的相似形反応槽の場合には、スケールアップ後の伝熱面積の簡易 
計算は、

 「伝熱面積 = (スケールアップ後の反応槽の容量/実験機の容量)2/3 X 実験機の伝熱面積」(式 4で計算できる。(但し、伝熱面積は実測が正しい)
 
  例えば、低温反応に於いて大小の反応槽の冷却状態(効果)を一定にするためには、反応槽内に冷却コイル(蛇管)を設置してジャケット面積を大きくして「単位体積(重量)当たりのジャケット面積一定」するか、冷媒温度を下げるかのどちらかの対応を取る必要がある。一般的には、極低温反応用の反応槽は伝熱面積を広げるために蛇管式ジャケットが設置されている(図 28)。また、反応槽中の反応混合溶液温度を均一化させる必要があるため撹拌効率(撹拌数)も重要となる。
 
  図 28. 蛇管式反応槽例


  製造現場の反応槽を用いた加熱・冷却操作は、ジャケットに加熱或いは冷却した熱媒・冷媒を流して所定の操作温度へ到達・維持させるために重要である(図 29)。
 
29. ジャケット付き反応槽


  大小の反応槽で伝熱効果を相似させるためには、熱量を計算する必要がある。加熱・除熱熱量は、伝熱面積に設定温度と媒体温度の差を掛け、更に総括伝熱係数を掛ければ得られるので、計算式 3 で表される。
 
Q = U X A(TTw)   3
 
  除去熱量 Q は、総括伝熱係数U、伝熱面積 A 及びプロセス液の設定温度(反応等の設定温度) T および媒体(冷・熱
  媒)温度 Tw、から求められる(この時、入口・出口の冷媒温度差 t 5 以内)。
 
  大小の反応槽の交換熱量をプロセス液重量(体積X比重)で割った単位体積重量当たりの交換熱量 (q)を一定でスケールアップにすれば大小の反応槽の冷却・加熱速度並びに温度維持を相似させられる(式 4)。
 
    小さい反応槽(q1):
U1 X A1(T - Tw1) /W1= 大きな反応槽(q2):U2 X A2(T -Tw2)/W2    4
W1 = 小さい反応槽のプロセス液重量、W2 = 大きな反応槽のプロセス液重量
 
  但し、本式は、冷却に要する熱量の損失である入口・出口の冷媒温度差(ヒートロス) t 5℃ 以内の時に成立する(殆どの製造現場反応槽はヒートロス*t 5℃ 以内になるように設計されている)。
*ヒートロス:入口・出口の冷(熱)媒温度差 t 5℃ 以内の時
 
 
  総括伝熱係数Uは反応槽のジャケットの材質・厚・熱伝導率、汚れ係数、熱・冷媒温度と速度等で決まるため各工場の各反応槽により異なるのでデータ取りが必要である。簡易的には、反応槽の作製会社からグラスライニング製及びステンレス製反応槽の代表的な総括伝熱係数5)が公開されている。表4-1に示す総括伝熱係数を用いれば計算できる
 
4-1.  総括伝熱係数5)の例


溶媒の比熱:
  反応等に使用される有機溶媒を加熱・冷却するにあたり、比熱(単位質量当りの熱容量)が重要となる。有機溶剤の比熱を表 4-2 に示すが、伝熱計算に用いる比熱は全ての溶媒の代表として 0.4 cal/gを用いても殆ど問題ないと聞いている。
 
4-2. 主要な溶媒の比熱6)


しかしながら、筆者は伝熱計算を殆ど理解していないので、簡易な方法を探していた。
化学工学の専門家と話していた時、伝熱のスケールアップで大小の反応槽の反応液の所
定温度への加熱・冷却するために用いる媒体(冷媒・熱媒)温度から到達時間(q)を計
算する方法があると教えて頂いた。大小の反応槽の反応液等へ「単位体積(容量)重量
当たりの投入熱量」を一定に加えることが出来れば、スケールサイズに関係なく反応槽
内の溶液を所定温度へ加熱・冷却に必要な到達時間並びに反応等による発熱の除熱効果
を同等に出来る。実験機の伝熱効果が製造実機で反映できれば温度因子に関して反応へ
の影響が相似となり同等の品質の中間体・原薬が得られると考えられる。
しかしながら、反応槽を10 倍に体積(容量)をスケールアップしても伝熱面積は 4.6
にしか増加しならないため、大小の反応槽の反応液を同じ媒体温度で所定の温度へ加熱
いは冷却しようとしても到達時間は同じにならない。同じ到達時間にするためには、
大小反応槽で媒体温度を変更しなければならない(図 30)。
このことから、伝熱状態のスケールアップは、「所定(反応等)温度への達成予測時間 
(q)(=単位体積重量当たりの投入熱量)」一定で実施すれば反応状態等の操作を相似さ
せることが出来る。

30. 単位体積重量当たりの熱量一定でのスケールアップ


このことから、小スケール(パイロット)製造時の所定温度への到達時間が記録されて
いれば、スケールアップ後の熱媒・冷媒温度(T)を求めることが出来る。この時、伝熱
面積は図 25、総括伝熱係数は表 4-1(簡易値) 及び比熱は表 4-2 (表にない溶媒の比熱
はネット、化学便覧等から得ることが出来ます)を用い、ジャケットに供給される熱
媒・冷媒出入口でのヒートロスが無視できる場合は、以下の微分方程式(式 5)が成立す
るといわれている。

           MCpdt = UA(T-t)d      5

この式はある時間に槽内流体が得た熱量(左辺)と槽ジャケットから伝熱した熱量(右
辺)は等しいことを示しており、式 5 を変換すると所定温度に至る所要時間(q)は図 
31 の式 6 で計算できる(本式を覚えてください)。

31. 加熱・冷却による所定温度への到達時間(q
河合 正雄:【医薬品工場建設のノウハウ 番外編】原薬製造設備の基本計画(概念設計)のポイント その2 より


A:槽ジャケットの有効伝熱面積
 内流体が接している槽内面の外側にジャケットがある部位の面積であり、槽形状とプ
 ロセス流体量から算出する。熱・冷媒温度の予測計算では、図 25の伝熱面積を用いて
 も良い。
Cp:槽内流体の比熱
 プロセス流体の比熱であり、バイオ原薬の場合は水相当として問題ないが、合成原薬の場合は 使用する溶媒によって大きく異なるので注意が必要である。比熱は表 4-2を用いるが、代表して
  0.4 cal/gを用いて簡易的に計算して良いと言われている。
M:槽内プロセス液の質量
 槽内にホールドされたプロセス流体の質量である。合成原薬の場合使用する溶媒によ
 って密度が大きく異なるので必ず確認すべきである。
T:ジャケット内の熱(冷)媒温度
 ジャケット内に供給されているスチーム・温水・冷水・ブライン等の温度である。
t:槽内プロセス液の設定(到達・所定)温度
 反応溶媒等の温度である。槽内の撹拌が十分に機能していないと温度分布にムラが出ることがあるので注意すべきである。
t0:槽内流体の初期温度
 加熱開始前の反応溶媒等の温度である。
U:総括伝熱係数
 総合的な熱伝達効率を示すものである。ジャケット側、槽内の構造因子、流体特性
 がパラメータとなり算出されるが非常に複雑なので、基本計画段階では経験的に設定
 するのが一般的である。表 4-1を用いて良い。
θ:加熱(冷却)に掛る時間
 所定温度まで昇温するために費やした時間(θ)である。この時間を一定に出来れば大
 小の反応槽内の到達温度・温度維持を相似させられる。

到達時間(q)の計算シートは図 32 に示すが、本シートは大手製薬メーカーの化学工学
の専門家に作成して頂いた。この計算シートを用いて伝熱(熱・冷媒温度)のスケール
アップ、特に極低温反応での冷媒温度の予測計算を行い、所定温度への冷却到達時間を
同等にしていた。本計算シートを作成して頂いた先輩に感謝している。
 
32. 反応槽内溶液の所定(反応等)温度への達成予測時間 (q) の計算シート例

例として、1,500 L反応槽中の比熱0.4 cal/g反応溶媒 1,000 Lを伝熱面積 4 m2
120℃の蒸気で、初期温度 30℃ から到達温度 80℃ へ達する時間(θ)を本計算シート
(図 30)で計算すると達成予測時間は 13.9分と計算された。この様な計算シートを作成
しておくと、反応槽の伝熱面積、反応溶媒量と比熱、総括伝熱係数が分かっていれば加
熱反応或いは低温反応時のスケールアップ時に予定している熱媒・冷媒温度から所定温
度への到達時間が計算できる。このことは、大小の反応槽に於いて反応の所定温度への
到達時間を同等にするためには冷媒・熱媒温度を調整すればよいことになる。
但し、個々の反応槽のジャケットの汚れなどによる熱伝導、熱媒の供給流量等の違いに
より伝熱効果に差が出るので、個々の反応槽を用いて所定温度の熱媒・冷媒、容積率一
定で到達時間から個々の反応槽の総括伝熱係数を測定していればより正確な到達時間を
計算ができる。しかしながら、下記計算シートで到達時間を予測計算でき、スケールア
ップ時の熱・冷媒温度を推定できるため大いに参考になると考えている。
 
5)反応速度の相似:
反応速度(反応時間)が異なれば反応場の状態が異なっていることが予想される。均一
系の反応での撹拌状態は殆ど大きな問題とならないが、二相反応(固-液反応、液-液反
応)では反応分子同士を効率的及び均一に衝突させる必要がある。そのためには撹拌状
態を相似させることが非常に重要となる。更に、反応液の伝熱状態(温度維持)も反応
速度に影響を与え、生成物の品質(純度、不純物量、不純物プロファイル等)、収率の
劣化につながる恐れがある。また、スケールが大きくなると相対的に反応速度は遅くな
ることを覚えておくと良い。反応様式が単純反応(反応物から生成物が直接生成)か、
複合反応(複数の反応過程を経由)かを見極め、反応に最適な場(条件)を設定する必
要がある。スケールアップ後に反応場を相似させるためには、反応条件の中で重要ファ
ターを見出しそのクリティカルパラメータを最適化する。
 
6)操作時間の予測と相似:
現場製造での工程操作時間は、製造量に比例し、製造設備・機器の性能・能力に反比例
して操作時間が増大する(表5)。実験室で一瞬に出来た操作が製造現場ではできない。
実験室と製造現場での操作時間の相違はスケールアップ後の仕込み、滴下速度(時
間)、加熱・冷却、分液、ろ過、乾燥及び粉砕等の操作時の熱安定性の担保が取れてい
ないことになる。製造現場での操作時間の延長を考慮した実験計画を組みデータ取得を
実施しないと反応中間体・生成物等の熱安定性に影響し実機で製造した原薬が実験室と
異なる収率・品質・不純物プロファイル等を与える可能性がある。このことから、実験
室でのスケールダウシミュレーションは、スケールアップ後の予測操作時間を用い工程
操作条件下で、製造実機反応槽の幾何学的相似形装置を用いて実施し操作条件(パラメ
ータ)・操作時間による品質への影響等を検証されるべきである

5. 現場設備・機器の操作時間例


但し、表 5 は一般的な 100150 kg製造の操作時間を示しているが、各社の製造設備・
機器等の性能・能力等並びに操作条件等により異なる。自社の設備・機器の性能・能力
を理解して操作時間を予測する必要がある。
操作時間で最も差が出るのは濃縮操作である。例えば、実験室での濃縮性能が10L/h で濃
縮液が 10 Lの場合は1時間で濃縮できるが、現場の濃縮能力が100 L/h1000 Lの濃縮液
を濃縮するのに10時間を必要とする(図 33)。この場合、濃縮条件下で抽出液中の中間
体或いは原薬が15時間程度の熱安定性が確保されていないと品質が保証出来るかが不安
となる。
 
33. 実験室及び製造実機の能力と濃縮時間の比較



原薬の目標品質を確保するために、有機合成化学の実験から反応に関する各操作の目標
操作条件(最適パラメータ)を決定する。次に、最適化された操作パラメータを現場設
備に適応させる危険性と撹拌、加熱・冷却効率等の変更予測計算、並びに反応時を含め
た製造操作時間の予測と中間体・原薬の熱安定性の検証を行う(図 34)。更に、スケー
ルアップシミュレーションとスケールダウンシミュレーション実験並びにパイロットプ
ラントでの検証と実証を繰り返し、製造標準操作法の堅牢性を高めスケールアップに臨
む必要がある。
 
34. プロセス開発に於けるプロセス化学とプロセス工学

操作時間の重要性(例)


上記式のある治験原薬(医薬品)は、実験室及びパイロット製造時に着色したことがな 
かったが、プロセスクォリフィケーション(PQ)で製造量を2 倍に増量したところ原薬
の外観が白色から微黄白色を呈し品質規格外と判定された。クォリフィケーションに
敗した。このことから委託先の共同研究先発メーカーを慌てさせ、中央研究所に呼び出
され何とかしろと脅されたことがあった。本治験原薬のプロセス開発は委託先と受託側
との共同で開発がなされ、脱色として活性炭処理を含む標準製造法がほぼ確立されてい
た。筆者は、委託先の研究所に呼び出され着色原因の調査と解決を約束させられた。パ
イロット時とPQ時の製造記録書を比較精査したが、操作条件である原料-副原料-試薬
量比、操作温度等の操作パラメータに差がなくパイロット製造時の範囲内であった。パ
イロットとPQ製造時の差があったとすれば製造機器のサイズ及び操作時間のみであっ
た。このことから、着色原因の究明は操作条件および製造機器が幾何学的相似形であっ
たため、それらの検証より操作時間の延長による着色と活性炭量による脱色具合に的を
絞った。先ず、幾何学的相似形実験機を用いて PQ時の製造記録書に従い操作条件と操作
時間でトレース実験し、活性炭を 10% 減量させ処理した。その結果、実験室で初めて原
薬が微黄白色を呈し、PQ時の粗原薬の着色を再現することが出来た(図 35

 図 35. パイロット製造時とPQ時の作業時間と熱ストレス


  以上の結果から、脱色に用いる活性炭量がギリギリであり、操作時間の延長、特に、濃縮
  時間の延長によるストレスの増加と共に着色(不純物量)が増強され活性炭量が不足した
  と結論付けた。実際、活性炭量をパイロット時の量比 10% 増量させたところトレース実
  験で白色結晶が得られた。この結果を踏まえて、プロセスバリデーション(PV)は活性
  炭量を増量し、更に安全率20% 掛け設定させたところ脱色に成功した。このことから
  も、スケールアップによる操作時間の予想と安全域を持たせた熱安定性等の担保が重要と
  考えている。また、予測操作時間に安全率を掛けた操作時間でトレース実験(スケールダ
  ウンシミュレーション)が重要となる。製造現場では、実験室で実施したことの無い操
  作、操作条件で製造を実施しない、実施が必要な場合は製造を止めてでも実験室で担保を
  取ってから実施すべきである。



 7.プロセス開発で解決すべき課題について、 

   1)工程操作条件の最適化の課題(有機合成化学)
   工程操作条件の最適化は、品質リスクマネージメントの一環として工程操作の品質リスク
   アセスメントを実施し、データ取りの実験計画を作成し、計画に従いデータ取りを行い、
 得られたデータから最適操作パラメータを設定(許容範囲と安全域を取った操作範囲と
 操作目標値)することである。この時、最適操作パラメータの設定に当たっては、幾何
 学的相似形実験機を用いたパラメータのデータ取りと操作したこと及び起こったイベン
 ト全てを記載することが重要となる。また、スケールに合わせたスケールアップシミュ
 レーションにより操作時間の予測、操作パラメータが製造実機の性能・能力から運転可
 否の検証、示量的数値の予測計算、実機の性能・能力と原理の違いによる品質への影響
 予測などを実施することである。更に、スケールダウンシミュレーションとして、スケ
 ールアップシミュレーションで得られた最適化条件を基に、幾何学的相似形実験機を用
 いて操作パラメータのワーストケース(操作範囲、操作予測時間など)で検証し、操作
 状態の相似と品質への影響を確認することである。この様にして得られた最適化操作条
 件で製造標準操作法を作成する。製造標準操作法に従い製造現場で操作範囲内の目標値
 で運転することになるが、製造標準操作法で実機が運転可能か、実験機内の操作状態を
 再現できるかが問題となる。このことからも、実験室、製造現場パイロット製造及び
 スケールアップ製造)では、反応槽内の運転状態の細かなチェックと全ての事象を詳細
 なデータとして残すことは、プロセス開発だけでなく商業製造時の更なる最適化とスケ
 ールアップ、収率の安定化、コストダウン、逸脱・失敗等の回避、製造機器の性能維持
 並びに原薬の品質向上と安定化等々に有効手段となると考えている。実験室も製造現場
 も工程操作の監視・観察が大切である。

    図 36 に示す様に、品質リスクアセスメントの工程操作リスク(課題)の抽出は石川ダイ
 アグラム等で全ての操作を書き出すことにより、クリティカルファクターの抽出・分
 析・評価を容易とし、データ収集とクリティカルパラメータ用の実験計画を作成する上
 で有効となる。 

  図36. 工程操作の石川ダイアグラム*


   以上の観点から、プロセス開発に於ける有機合成化学の課題と問題点を挙げると表6の様
   になると考えている
 
    表6. 「医薬品原薬製造プロセス開発に於けるスケールアップ」での有機合成化学の課題
  と問題点

 反応条件最適化解析法には、一変量解析と多変量解析があり、一変量解析が主流であっ  
 たが、現在では開発時間を短縮するために多変量解析が主流となりつつある。一変量解
 析は、原料量と試薬並びに副原料比、滴下速度、触媒量、反応温度、反応時間等の操作
 条件に関わるパラメータを一つずつ動かしデータを集め解析し、収率・純度・不純物プ
 ロファイル・収率への影響から反応条件・操作条件の最適化を行う手法である。多変量
 解析については、実際に実施したことがないためコメントできないが解析用のソフトが
 販売されているので、興味のある方はソフトを確認して頂きたい。

 有機合成化学の課題として実験室でのデータ取りを正確スピディーに効率良く行うため
 には、遭えて一次スクリーニング(TLC)と二次スクリーニング(HPLC)に分け反応条
 件等を絞り込む工夫も大切であると考えている(図 37)。急が回れも必要。但し、デ
 ータは出来るだけ数値化し分析と解析に耐えるデータ取りに心がける。反応追跡は 
 HPLCを用いて定量的に扱うのが一般的であるが、HPLC分析(二次スクリーニング)は
 含まれる全ての物質を分析出来ている保証がない。TLC(一次スクリーニング)は定量
 化が苦手であるが、反応液に含まれるすべての物質を一斉に分析でき可視化することが
 出来るので、これらを組み合わることも大切である。実験室では、必要に応じて反応追
 跡にTLC HPLC を使い分け、反応条件の最適化時に HPLCを用いて純度、不純物量、
 不純物プロファイル等を定量的に扱い数値で管理する。 

 図37. 実験室でのデータ取りの効率化(例えば、溶媒選択の一次スクリーニング)


 例えば、HPLC 分析を反応追跡に用いる場合、1回の分析に 3050 分間程度を要する。 
 また、分析用のサンプルの採取と調製に~10 分間程度要するとしたら、反応チェックの
 判定に 4060 分間程度掛ることになる。従って、反応チェックの結果は約 1 時間前の
 反応状態を確認していることになる。例えば、図 38 に示す様に、反応が進行する場合
 は、中間体或いは原薬を精製して品質規格に適合させるために反応液中の原料 <5.0%
 不純物 <3.0% でないと精製できないとしたら、本反応は 58 時間(この範囲であれば
 ギリギリであるので、好ましくは 67 時間)で停止させる必要がある。本反応のHPLC 
 分析は 1 時間毎でなく、最低反応開始後 4 時間以降は30分毎にすべきである。従って、
 最適な反応終点を得るためには、反応チェックの分析時間が1020 分程度で終了する
 HPLC 条件の採用、或いは反応条件の再検討による最適化が必要である。

  図 38. 反応追跡に用いた HPLC 分析結果

    2)スケールアップの課題(化学工学)
 スケールアップは、実験室で得られた最適化データを基にスケールアップシミュレーシ
 ョンを実施し、製造スケール・使用予定反応槽に合わせて変更が必要なパラメータを予 
 測計算して現場製造に適応させるパラメータに反映させることと考えている。特に、ス
 ケールアップに於いては実験室と製造現場の反応槽との撹拌効率及び伝熱効率を相似
 (同等化)させる計算、並びに延長する作業時間予測計算はスケールアップ後の原薬の
 品質を確保するための重要なパラメータである(表7)。
 
 表7. 「医薬品原薬製造プロセス開発に於けるスケールアップ」での化学工学の課題と問
 題点

 撹拌と伝熱(6.反応槽のスケールアップに必要な化学工学の予測計算)については既に
 述べたが、撹拌は「単位体積当たりの撹拌動力」一定で、伝熱は「単位体積重量当たり
 に加える熱量」一定でスケールアップする。このことから、スケールアップ製造に於い
 ては化学工学の予測計算によりスケールに合わせた撹拌数及びジャケット内の熱・冷媒
 温度への変更させる必要がある。
 
  下記計算シート(図39)は、化学工学を知らない筆者が低温反応のスケールアップ時に
  到達予測時間と冷媒温度の設定ができる様にお願いして、元大手製薬会社の化学工学の
  専門家に作成して頂いた計算シートである。本ブログで計算シートを紹介させて貰って
  いるので謝辞を伝えたい。この様な計算シートを作成しておくとパイロット製造から実
  製造へのスケールアップ移行時に加熱(冷却)時間と大小の反応槽内の所定温度への到
  達時間を相似させる熱媒・冷媒温度が予測できる。

 本計算シートの使い方としては、
 例えば、500 L 反応槽を用いて内容量 400 kg/L20℃ から -30℃ へ -50℃ の冷媒で冷却
 する場合は約84分間を要しますが、同条件下で反応槽 5,000 L 反応槽を用いて内容量 
 4,000 kg/L10 倍のスケールアップの場合に約 183 分間(約2.2 倍の時間)を要する
 (図 39)。これは反応槽のサイズが 10 倍に上がっても伝熱面積が 4.6 倍にしか増加し
 ていないためである。同じ時間で冷却するためには、冷媒温度を -110℃ 程度にする必要
 があると計算される。この計算結果から、発熱を伴う低温反応のスケールアップに於い
 ては、スケールアップ前後で同等の反応槽内温度を保つために冷媒温度を下げる、試
 薬・副原料等の滴下速度を遅らせる、撹拌速度を上げる等を考慮する必要がある。スケ
 ールアップ後の冷媒温度が計算予測できれば反応条件、製造設備・機器等の選択に役立
 つと考えている。
 
 図 39. 同一冷媒温度によるスケールアップでの冷却時間<到達予測時間(θ)計算
 シート7)


  3) 乾燥操作の課題
 原薬・中間体の乾燥に用いられる乾燥機の種類(原理)には、棚式乾燥機、コニカル乾 
 燥機、振動乾燥機、ろ過乾燥機等々がある(図 40)。乾燥条件の最適化は、先ず、湿
 晶の状態・性質(酸化され易いか?、熱安定性は?、wet率は?、結晶サイズは?等々)
 を理解し、それぞれの乾燥機の原理(静置・振動・回転・撹拌、減圧・送風など)から
 乾燥機を選択する。次に、乾燥温度、減圧下か、常圧か、減圧度を設定する。但し、真
 空乾燥機の場合は、減圧度と排気量は工場に設置されているの真空ポンプの能力に依存
 するので、工場のポンプの能力を加味しながら実験室でデータ取り計画を立てる必要が
 ある。しかしながら、乾燥温度は熱安定性から設定されるが、減圧度はほとんど考慮さ
 れていないのが現状だと思う。乾燥温度は原薬・中間体の熱安定性と望む乾燥時間(一
 夜、8時間以内)で設定されることが多い。

     40. 薬品原薬のプロセス開発から製造時に用いられる一般的な乾燥機

 また、医薬品原薬の乾燥工程条件を設定するためには、晶析後にどの様な結晶状態(溶 
 媒和物・水和物或いは無水物)で得られるか、製品である原薬がどの様な結晶形態(無
 水物或いは水和物)・結晶多形であるかを理解しておく必要がある。結晶多形は熱、溶
 媒媒介及び圧力などにより転移を起こすことがあることから、乾燥時の熱、圧力などに
 注意を払う必要がある。
 
 最終原薬・中間体の乾燥に用いられる減圧乾燥の原理は、どの乾燥機でも真空ポンプを
 用いて減圧下とし結晶中に含まれる或いは付着した溶媒・水の沸点を下げある一定温度
 で加熱し水等を気化させポンプの排気能力(量)を利用して水分等を強制的に庫外へ排
 出させることです。スケールアップ時の乾燥機の選定は湿晶の性質の理解から始める
 が、湿晶の結晶サイズ並びにwet率などを考慮して行う。棚式真空乾燥機は結晶サイ
 ズの大小及び wet率の高い湿晶であっても乾燥することが出来る。しかしながら、
 wet 率の高い湿晶の場合は塊となることが多く時々乾燥を中断して結晶を解す操作が
 必要となる場合がある。コニカル真空乾燥機の場合は、結晶サイズが大きく、wet
 が低い時は問題ないが、結晶サイズが小さく、wet 率が高い湿晶はコニカルの中で塊
 まりとなって乾燥されることが多く、大きく硬い塊はコニカルのGL 面を損傷させる
 或いは排出できない場合がある。このことから、実験室で相似形コニカル容器を用い
 て回転条件を検討する必要とする(図 41)。しかしながら、コニカル乾燥機は回転
 することから結晶(原薬)の均一性が確保できるメリットがある。
  
  図41. コニカル乾燥機の実験室から製造現場へのスケールアップ検討a)


a) 富士フイルム和光純薬株式会社、結晶乾燥のスケールアップシミュレーションより
 結晶形に関する通知:薬食審査発06161
 既承認医薬品の原薬を異なる結晶形の原薬に切り替える場合又は既承認医薬品の原薬と
 異なる結晶形の原薬を追加する場合には、原則として、承認事項一部変更承認申請で取
 扱い、異なる水和物/無水物の原薬に切り替える場合には、原則として、代替新規承認
 申請で取扱うこととする。
 
 小山らはb)、湿晶エリスロマイシン誘導体の乾燥を50℃ の通気乾燥、60℃での真空乾燥
 及び 25℃ + 60℃ の真空乾燥で乾燥時間を比較している。 60℃ での真空乾燥すること
 により 7 時間で残留溶媒の規格適合品を得ている。一時乾燥を 25℃ で 4 時間真空乾燥
 後に 60℃ に昇温し追加真空乾燥(6時間)を実施することにより 60 のみの時より約 
 1 時間速く残留溶媒規格適合品を与えることを示している(図 42)。乾燥条件の最適化
 は原薬の熱安定性・乾燥時間等の点かも重要である。
 
 図 42. エリスロマイシン誘導体の乾燥条件による残留溶媒量b)


 この様に、晶析で得られる湿晶は水和物或いは溶媒和物の状態で得られることが多く、
 湿晶の乾燥温度(乾燥原薬の熱安定性(温度 X 時間)から決定することになる。しかし
 (水和量)が異なることから、結晶多形でなく疑似多形と呼ばれている。
 
 図 43. 医薬品原薬カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム水和物と無水物の結晶格子c)


 式真空乾燥機のスケールアップ(一次乾燥)例
 棚式真空乾燥機は殆どの性状・性質の湿晶も大量に乾燥でき、凍結乾燥(水溶性原薬、 
 ペプチド或いはたんぱく質水溶液など)にも用いられる。棚式真空乾燥機は湿晶をトレ
 イに分け載せて乾燥するため、結晶が微細でwet率の高い湿晶では途中で解さないと硬い
 塊となることがあり均一性にも難があるため庫内の乾燥晶の均一性試験が必要となる。
 
 棚式真空乾燥機のスケールアップで最も気を付けるべきファクターはトレイに載せる湿
 晶の厚みである。この湿晶の厚みが異なると棚板から伝わる熱量が単位体積当たり一定
 にならない。棚式乾燥機でのスケールアップでは、真空(減圧)度は製造現場の真空ポ
 ンプの性能に依存することから設定せず、温度は棚温度を一定温度の温水を流し管理す
 るためトレイの大小に係わらず湿晶の厚みを同一に広げ「単位体積当たりにかかる熱量
 一定」を守って実施する(図 44)。この様にして乾燥のスケールアップを実施するとほ
 ぼ同等の乾燥時間で乾燥できる。更に、棚式真空乾燥機の機器本体で重要なことは、棚
 は温水が通り加熱するジャケットの役目を持っているため、如何に棚板全体に、棚板間
 に差がなく均一に温水が流れ一定温度を保ち、棚板とトレイの間に隙間が出来ない真っ
 平になっていることです。これが乾燥機製作会社のノウハウであり、棚式乾燥機を購入
 するうえで重要な見極めと聞いている。トレイも同様である・
 
 図 44. 式真空乾燥機のスケールアップ例

 水和物原薬の二次乾燥(調湿)
 水和物原薬の乾燥操作は困難となることがある。湿晶が溶媒和物の場合は、所望の水和
 物量原薬を得るために一次乾燥で先ず無水物へ導き、次に水和物原薬を作製する二次乾
 燥を一定の相対湿度に調整した所定温度の加湿不活性ガス(窒素など)を通気させるこ
 とにより調湿する。湿晶が水和物の場合は乾燥温度を最適化し一時乾燥で直接所望の水
 和物量の原薬を得るか、湿晶に一定の相対湿度に調整した所定温度の加湿不活性ガスを
 通気させることにより所望の水和物量の原薬を得ることになる。
 
 例えば、植草らc)によれば、セファレキシン(セフェム系抗生物質)は無水物が原薬であ
 るが、原薬に相対湿度と温度条件(温度は不明)により無水物(R.H.=相対湿度 0%)か
 ら 2.5 水和物(R.H. 100%)の5段階の水和物を与えることが知られている(図 45)。こ
 の様に、調整した加湿不活性ガスを乾燥結晶に通気させると相対湿度に合わせて結晶内
 に水の取り込み或いは吐き出しが起こり所望の水和物量の原薬を得ることが出来る。
 
 図 45. セファレキシンの水蒸気吸着測定c)

 
 4)スケールアップシミュレーションによる変動要因(操作条件)のデータ取り(パラメ
  ータの設定)
  有機合成化学者は、プロセス開発時の操作パラメータの取得するために類似の反応を
     ReaxysChemFinder等の検索により見出し、その条件を用いて実際の化合物に適用さ
     せるのが一般出来である。その結果を基に、化学工学が協働して必要なデータ取りを  
     実施する(表8)。しかしながら、ジェネリック或いは新薬メーカーからの原薬の GMP 
  製造依頼では、既に工程操作条件が指定されていることが多く、自社の製造実機に合わ 
  せたプロセス開発となる。どちらにしても、スケールアップに於いては、実験室で得た 
  最適操作パラメータからスケールアップシミュレーションとして品質リスクマネージメントとして品質リスクアセスメントを実施することになる。その結果を基に必要な或いは足りない実験計画の策定と計画に合わせたデータ取りを実施する。得られで操作パラメータは安全域を持たせ範囲に操作目標値を指定し、特にクリティカルパラメータは目標値を外れない様に注意を則す必要がある。最適化された製造操作法の操作パラメータ、操作時間などを含め製造現場を再現させるために幾何学的相似形実験機を用いてスケールダウンシミュレーションにより検証・実証する。この時、ワーストケースとして操作範囲の上限値或いは下限値により操作し、品質への影響を検証しておくことを勧める
 
  表 8. スケールアップに必要なデータ 


 実験室から製造現場へのスケールアップでの注意点については既に述べてきたが、まと  
 めると表 9 になると考えている。原材料の品質では、特に出発物質の品質が原薬品質に
 重大な影響を与えることがあるので、製造業者・製造場所・製造法の変更時は要注意で
 ある。反応に於いては、実験室の撹拌(流動)状態、伝熱状態と操作時間などを製造現
 場で全て相似させる必要がある。このことから、実験室でのスケールアップ時に掛る操
 作時間の予測とそれに余裕を持たせた時間での操作溶液中の原料・反応中間体・生成物
 (目的物)・原薬等の熱安定性が担保(安全域を確保して)されていなければならな
 い。最後は、人が製造設備を運転・工程操作などを実行するため、製造標準操作法の手
 順に従い誰が運転・操作しても間違いなく同じ運転状況が得られるように記載すべきで
 ある。このことから、ヒューマンエラーを無くすために自動化が進んでいるが、これも
 プログラムの書き込みも人の手で行うのでヒューマンエラーに注意を要する。スケール
 アップ時の留意点に注意を払い実験室(有機合成化学)のデータを基に現場製造へスケ
 ールアップさせるためには、実験室と製造現場の相違点を理解し「スケールアップシミ
 ュレーション」を実施する。本シミュレーションで得られたスケールに合わせた操作条
 件を基に使用予定の製造現場機器を選定し、その幾何学的相似形装置を用いてスケール
 アップシミュレーションで得られた操作条件(操作時間を合わせ)による「スケールダ
 ウンシミュレーション」で検証すべきです。また、スケールダウンシミュレーション
 は、操作範囲の上限値或いは下限値での品質への影響も検証しておくべきです。
 
   表9. スケールアップに係る留意点
*操作時間は、操作範囲内でも少しの条件の違いにより差が生じるため、一般的に設定しない。
 
 得られたデータからスケールアップへの品質リスクマネージメントの実施と現場設備・
 機器からのスケールダウンシミュレーション(幾何学的相似形装置によるデータ取り)
 による検証する。この時、スケールアップ時に予測される全てのパラメータをスケール
 及び時間軸で予測計算し、その計算値に十分な安全率を掛けワーストケースでのスケー
 ルダウンシミュレーションで設定パラメータの検証を行う必要がある(図46)。スケー
 ルアップ製造は、有機合成・化学工学・分析化学・製造現場・品質保証の担当者の協働
 により必要なデータの取得と解析並びに製造設備・機器の能力から品質リスクアセスメ
 ントを実施し、スケールアップシミュレーション並びにスケールダウンシミュレーショ
 ンを実施し目標品質(純度・不純物プロファイル・不純物量・収率等)が達成される結
 果が得られれば、表10 に示す様な「今までのスケールアップ倍率の考え方」でなく、一
 気に1001000倍のスケールアップ製造が可能となると考えている。

 図46.  スケールアップ・スケールダウンシミュレーションの設備と実施方法


 
 今までのスケールアップは、表 10 に示す様に、経験上 12 L から 1020 L、更にパイ
 ロット製造として50 L100 L へ、更に 5001000 Lへと 10倍毎にスケールアップすべ
 きと考えられて来た。この考え方は、失敗を最小限に留めること、スケールアップは難
 しいとの考え、最適化操作条件の適応範囲を確認していないこと、化学工学的(スケー
 ルアップ・ダウンシミュレーション、幾何学的相似形実験機、予測計算など)な思考が
 なされてこなかったこと、10 倍のスケールアップ前後での操作の違いが少なかったこ
 と、或いは操作時間等の差異により得られる中間体・原薬の品質・収率を比較検証し製
 造の標準操作法に反映させながらスケールアップ製造に成功していたこと等から来てい
 ると考えられる。しかしながら、今まで説明して来た様に幾つかの相似を達成させるこ
 とにより、一気に1001,000 倍へのスケールアップも夢でなくなり、プロセス開発、標
 準(製造)操作法の開発期間を短縮でき、コスト削減にもつながる。医薬品原薬のプロ
 セス開発に於けるスケールアップでは、化学工学的思考を取り入れ、実験機と製造実機
 の違いを理解、スケールアップシミュレーションの実施、品質リスクマネージメントの
 実施(品質リスクアセスメントとして実験計画と検証)、スケールアップ予測計算(撹
 拌、伝熱、操作時間など)、熱安定性の確保、操作条件に安全域を取った範囲に実際の
 操作目標値の設定、操作範囲のワーストケースでの原薬の品質担保、スケールダウンシ
 ミュレーション検証などが重要になると考えている。
 
 表10.  今までのスケールアップ倍率の考え方

  5)操作パラメータの設定
  反応条件の最適化は、原料、試薬、副原料、触媒及び反応溶媒の品質と量比、投入速
  度、温度、濃度、圧、光並びに触媒或いは不均一試薬(触媒を含む)の表面積等のパラ
  メータがどの様に中間体及び原薬の品質(純度、不純物プロファイル及びその推移)に
  影響を与えるか、更には操作時間と反応中間体・生成物の熱安定性等、操作ファクター
  を含め設定する必要がる。
 筆者は製薬会社へ就社した当時に反応条件の最適化に於いて一度に二つの因子を同時に
 変換するとどの組み合わせが最適なのか分からなくなると言われてきた。実際、このこ
 とから反応条件因子(ファクター)を一変量変換で最適化し、条件因子を範囲(デザイ
 ンスペース?)で設定してきたがスケールアップで大きな問題は生じなかった。
 例えば、F. Huangらは、Phytosterol のエステル化で一変量変換(反応時間、反応温度、
 PUFApolyunsaturated fatty acid)とphytosterol比、及び触媒量)の最適化例を示して
 いる(図 47)。一変量変換で得られた反応最適因子を組み合わせて反応条件を最適化し
 ている。
 
 図 47. 一(単)変量変換による反応条件の最適化実験例8)
 
 得られた全ての反応操作条件パラメータに上限値・下限値を求め、中間体・原薬に与え
 る収率・純度・不純物プロファイル(品質規格)の影響を考慮して、これらのパラメー
 タに設定範囲(操作範囲)を設定することである。特に、重要パラメータの設定では、
 操作をより安定的に、より恒常的に原薬の収率・純度・不純物プロファイル(品質規
 格)を保証するために操作範囲を狭めるが安全域を確保して設定することを薦める。ま
 た、製造現場では目標(設定)値(1点)を操作値の目標としてより狭い範囲で製造管理
 することが、恒常的に原薬等の安定した品質規格の適合と収率の安定につながる(図 
 48)。この安全域を設けることがPQ (Process Qualification) 或いはPV (Process 
 Validation) の成功へ導く重要な鍵となると考える。

48. 操作パラメータの設定範囲の考え方



 例えば、得られた最適値の反応(操作)温度は、熱安定性のデータ並びに反応速度・収
 率・不純物量・不純物プロファイルから許容範囲を設け、この範囲に最低10℃以上の安
 全閾を設けて設定(操作)範囲をする。更に、不純物量、不純物プロファイル並びに収
 率等から設定範囲内の最適値(≒中央値)を目標(設定)値として設定する(図 46)。
 副原料、試薬、触媒並びに酸塩基量等の量比は原料の残量、不純物量、不純物プロファ
 イル、収率或いはその組合せ等により、同様に操作許容範囲(安全域=操作許容範囲-
 操作設定範囲)→操作設定範囲→操作目標値を設定する。GMP 製造では、基本的に操作
 範囲でパラメータを管理するが、操作目標値での管理をすることにより製造現場での製
 造結果を基に品質・収率のバラツキから操作・設備の何処に問題があるかが把握出来
 る。また、商業生産に於いても操作目標値での管理することにより、医薬品原薬の品質
 と収率のバラツキを製造毎と年間製造報告書(アニュアルレポート)での検証比較が容
 易となり恒常的に品質規格範囲上限の高品質で中間体・原薬を与える目標値と操作範囲
 を狭めることができ、更なる最適な目標値を設定し直すことが可能となる。
 
 6)製造法操作法の設定品質リスクマネージメントとしての品質リスクアセスメント
 プロセス開発に於ける操作法の品質リスクアセスメントはプロセス開発に於けるスケー
 ルアップ時の工程操作にどの様なリスクが潜んでいるかを検証するために大切である。
 品質リスクアセスメントはスケールアップ時のどの操作にどの様なデータが必要か、そ
 のデータ取りをどの様に進めるか、或いは既知の科学的データをどの様に調査するかを
 判断するものです(表11)。プロセス開発者は、図34に示す工程操作のフィッシュボー
 ンなどにより工程の全ての操作を抽出し、工程操作に潜むで品質に重大な影響を与える
 プロセスファクターを見つけ出し、その中で品質に重大な影響を与えるクリティカルパ
 ラメータを詳細に設定する必要がある。そのためには、品質マネージメントとして品質
 リスクアセスメントの実施と実験計画を策定し、この計画に従いデータ取りを実施し、
 並びにデータ解析によるクリティカルファクターの抽出とそのパラメータの設定を実施
 すべきである。品質リスクアセスメントと実験計画例を下記に示した(表 1112)。
 
 表11.  工程の品質リスクアセスメント例

 表12.  品質リスクアセスメントと実験計画例

 7)サクラミル原薬9)の実生産スケールに於ける標準的製造方法
 サクラミル原薬S2モックに記載されている Step 1 の製造法を下記に示しているが、操作
 パラメータは1点の設定値のみが記載されている(工程「サクラミル原薬承認申請書(或
 いは、MF)記載製造法例」)。しかしながら、操作パラメータが1点では製造現場の作
 業が困難でのあり、逸脱してします。製品標準書の製造法には製造現場の作業が容易に
 出きる様に操作パラメータを範囲で記載されている(「製品標準書製造方法記載
 例」)。この操作範囲の上限値或は下限値で操作した時、中間体或は原薬の品質を保証
 するためには操作範囲に安全域を設けた許容範囲を設けることを推奨する。全ての操作
 パラメータの値は実験データと品質規格から科学的に設定する必要がある。設定(目
 標)値、操作範囲及び許容範囲の設定の考え方を図 46 に示した。

 Step 1


 <サクラミル原薬承認申請書(或いは、MF)記載の製造法例>
 Step 1で得られたCP-7[2] 『(250 kg)』注1)、3,5-ビストリフルオロメチルベンジル
 ブロマイド (CP-8)『(215 kg)』注1)及びジクロロメタン『(750 L)』注1)を仕込
 み、テトラブチルアンモニウムブロミド『(50 kg)』注1)及び“50%” 注3)水酸化ナ
 トリウム水溶液『(750 L)』注1)を内温20℃で加えてはげしく 6 時間かき混ぜる。ジ
 クロロメタン及び水を加え、分液し、有機相を希塩酸で洗浄する。有機相を濃縮し、エ
 タノールの質量に対して2035%注4)の質量に相当する水を加えた後、《毎分0.15
 0.5℃》注4)で『18℃』注2)まで冷却し、かき混ぜる。結晶を分離し、エタールで洗
 浄する。結晶を『42.5℃』注2)で乾燥してエチル  (2R,4S)-4-{[3,5-ビス(トリフルオロメ
 チル)ベンジル](メトキシカルボニル)アミノ}-2-プロピル-6-(トリフルオロメトキシ)-3,4-
 ヒドロキノリン-1(2H)-カルボキシレート[3](サクラミル)を得る。(収量 360 kg,収率 
 90%
 
 <製品標準書製造方法の記載例>
 Step 1で得られたCP-73,5-ビストリフルオロメチルベンジルブロマイド(CP-71モル
 に対して1.01.1モル当量)をジクロロメタン(CP-71kgに対して24 L)中で混合す
 る。温度を1225℃に保ちながら、テトラブチルアンモニウムブロミド(CP-71kg
 対して0.11.0 kg)と水酸化ナトリウム水溶液(CP-7 1kgに対して4750%溶液で2
 ~4 L)を加える。反応が終了すれば、ジクロロメタンと水を加え、分液し、有機層を希
 塩酸で洗浄する。有機層を濃縮し、蒸留しながらエタノールに溶媒置換する(終濃度は
 CP-9 1kgに対して4.5 Lにする)。水(エタノールの質量に対して2535%の質量)を
 加え、1426℃で攪拌する。固体をろ過し、エタノールで洗浄し、50℃以下で乾燥して
 CP-9 (サクラミル)を得る。
 
 上記の様に、「原薬承認申請書(或いは、MF)製造法の記載例」と「製品標準書製造方
 法の記載例」は異なり、製品標準書製造方法の記載例には各操作のパラメータを操作範
 囲で記載している(表13)。これは実際の操作パラメータが操作範囲内のブレであれば
 品質規格に適合する中間体或いは原薬を与えることを保証しており、範囲内のブレを最
 小限にするためには目標値を設けることである。また、操作範囲のパラメータを確実に
 保証するためには、操作範囲の上下に安全域を設けた許容範囲を確保することである。
 この安全域の広さがパラメータのリスクの程度を判断する材料にもなる。従って、きめ
 細かな幅広いデータ取りが、より確実な製造操作法を作り上げる基となる。
 
13.  反応条件の設定値(最適値)、操作範囲値及び許容範囲値の設定例

  但し、PMDAは製造承認後に承認申請書(或いは、MF)に記載した 1.2倍以上のスケー 
  ルアップ製造は認めていない。操作(反応を含む)時間は一般的に設定しないが、操作
  時間は種々の不具合などにより延長する可能性が非常に高いため可能な限り長く熱安定
  性のデータを取り品質への影響を検証して最大操作時間を確定しておくことを薦める。
  不具合が発生しても操作溶液中の品質確認と最大操作時間内であれば中間体・原薬の品
  質が担保できていることをPMDA或いは委託先へ説明できる。
 
   8)より進んだ方法(多変量解析)によるデータ取りの実験計画
 今までのデータ取りはパラメータの1項目のみの一変量解析を行っていたが、より進んだ
 方法として同時に複数の操作条件パラメータを変更しデータ取りを行う多変量解析によ
 り最適なパラメータを求める方法が提案されている。これについては実施したこともな
 く、理解もしていない。

 最近の反応操作条件の最適化は多変量同時変換が主流になりつつあり、L. Sanchez10) 
 多変量解析実験法について述べている(表 14 。一変量変換では因子数が増えると実験
 数が膨大となるが、反応条件因子(1. 反応温度、2. 濃度及び3. 触媒種類)をそれぞれの
 因子を二変量(例えば、反応温度 120℃-1)と 160℃+1)に)させその組み合わせ
 実験により 23の実験数で収率に与える影響を確定している。詳細は割愛するので資料
 12月4日まで存在確認済み)。その中で反応温度が最も重要な因子であり、副原料量は少
 ない方がよく、塩基量は多い方がよかったと読み取れ、更なる細かな各因子の変量組み
 合わせデータ取りが必要となると思うが、得られたデータを多変量変換解析法により最
 適パラメータと収率を予測している(図 49)。これについては、多変量変換解析法のソ
 フトが市販されているので興味ある方は参考にされたい。
 
 図 49. 多変量解析の変更項目とパラメータ、並び実施結果10)


 9) 医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ
 医薬品の開発確率は、0.0030.005% 程度(2018年度)であり、医薬品原薬のプロセス
 開発を効率的に進める必要がある。原薬のプロセス開発は、GMP製造の初期から商業製
 造法を完成させるのでなく、開発ステージに合わせた製造スケールに合わせた標準操作
 法・品質目標(原薬品質が毒性試験で担保されている範囲内)を定めて堅牢性・恒常性
 を順次高めて行くべきである(図50)。開発ステージによるプロセス開発の大まかな内
 容を記載する。
 
 図50. 治験薬の開発ステージに合わせたプロセス開発11)

 製造標準操作法の確立於いては、① 既に製造法が存在する場合はプロセス開発で既存製
 造法に従いトレース実験と自社の製造設備・機器の特性・能力などを把握しスケールダ
 ウンシミュレーションにより操作パラメータの検証と自社に合った製造操作条件の確
 立、並びにスケールアップシミュレーションによる予測計算と熱安定性などを担保した
 製造スケールに耐える製造法(商業製造法)を開発する。② 新規合成ルートでのプロセ
 ス開発では、プロセス開発は共通となるが、出発物質の選定、合成ルートの最適化とそ
 の品質規格・試験方法など新規の確立が必要となる。しかし、新規合成ルートが確立で
 きればコスト及び品質の点で優位になる可能性がある。
 
 新薬のプロセス開発
 ・開発前期 (前臨床(Non-GMP)~Phase IGMP)): ラボスケールで設定した最
  適操作(製造)条件をスケールアップシミュレーションによりパイロットスケールに
  合わせて再設定し、パイロット製造を実施(スケール:~50 kg)し、検証する。 
 ・開発中期(Phase III): パイロット製造の評価とデータからスケールダウンシミュ
  レーションの実施と実験室で必要なデータ取りと再最適化⇒必要に応じてクリティカ
  ルパラメータの再設定 GMP製造(スケール:~100 kg)。スケールに合わせた操作
  条件のスケールアップシミュレーションとスケールに合わせた操作時間の予測と熱安
  定性の確認、撹拌状態の相似させる撹拌数の予測計算並びに伝熱状態を相似させる冷
  媒・熱媒温度の予測計算を実施する。スケールアップ条件を基に幾何学的相似形実験 
  機を用いたスケールダウンシミュレーションによる最適化操作条件の検証と必要に応
  じて再設定。GMP製造による製造標準操作法の堅牢性確認と操作条件(パラメータ)
  及び品質のバラツキ検証と品質リスクアセスメントの実施。 
 ・開発後期(Phase IIbIII): GMP 製造法の再評価と製造バッチを重ね製造標準操作
  法の堅牢性と安定性の向上⇒商業生産(実生産(プロセス:~1,000kg)へ向け製造法
  の堅牢性と品質の安定性並びにコストダウン(回収等を含め))へ向け科学的・合理
  性に基づきクリティカルパラメータの決定と管理、操作条件の最終最適化する。プロ
  セス開発の最終章として製造設備・機器の設定として PQ: Process Qualification、製造
  法の堅牢性・安定性の確認としてPV: Process Validation により検証・実証する。 
 ・商業生産 商業生産の製造標準操作法は PVの妥当性が実証できれば決定 製造承認
  申請書(後発品では、MFMaster File)の製造に関する項目を作成 製造販売承認
  申請書提出 製造承認後、実生産(プロセス:~1,000kg)で製造バッチを重ね製造
  結果(アニュアルレポート等)から製造法及び品質規格等の妥当性を再検証し、更な  
  るコスト低減と最適化を実施する。後発品(ジェネリック)対策として、医薬品原薬
  のコストダウン並びに品質等の向上に向け製造データの解析と実験データの取得を重
  ね PVを実施する。製造販売承認申請の一部変更(一変)承認申請(或いは、MF の場
  合も一部変更(一変)承認申請)して標準操作法を最新製造法へ更新し、他社・後発
  品メーカーの追随を許さないためにも参入障壁を向上させる絶え間ない努力が必要で
  ある(図 48)。
 
 10 反応、溶媒、原料・試薬・中間体の作業者への危険性、安全性(毒性含む)、環境
 等への負荷
    グリーンケミストリーが叫ばれる中、医薬品原薬のプロセス開発に於いても作業者の健
  康・安全性に配慮し、環境への負荷及び危険性を最小限にする必要がある。製造量が増
  えると使用する溶媒、原料・試薬等は増加し、危険性(発火、爆発等)、安全性(変異
  原性等の毒性)、廃棄物量が比例して増大する。このことから、プロセス開発する上で
  も増大する溶媒、高価な触媒、金属等の回収、反応効率の最大化、製造現場での作業
  (者)の安全化を目指す必要がある。
 
 反応等の溶媒の選択では、
 メガファーマであるサノフィ―12)は、ICH のガイドライン、健康への影響、環境負荷、
 廃棄・リサイクル、爆発性、反応性・安定性等をシートにまとめ、製造溶媒の選択基準
 として発表している( 14
 
14. Sanofi の溶媒の選択基準

 反応溶媒の選択基準
 Sanofi13) 、表 15 に示す様に、反応溶媒の選択基準もまとめている。反応溶媒(晶析
 溶媒)の選択は、SciFinderなどの検索から類似の反応例を基に反応溶媒を選択している
 のが一般的である。類似構造化合物の反応例から溶媒を選択し、実験室で実化合物の反
 応へ適用して反応性、生成物の品質(副反応・純度、不純物量及び不純物プロファイ
 ル)、収率等を確認して決定する(35. 実験室でのデータ取りの効率化(例えば、溶
 媒選択の一次スクリーニング)に示した様に)。また、反応・抽出・晶析なとの溶媒は
 溶解度、電気陰性度、沸点、反応性、反応効率、反応時間、不純物生成量、不純物プロ
 ファイル、副反応、冷却効率、後処理、水溶性或いは非水溶性溶媒、有害性、経済性
 (コストと回収のし易さなど)等も考慮すべきであると考えている(図 14)。特に、最
 終精製工程に用いる晶析溶媒は溶解度、精製度、晶析効率、晶析率並びに ICH 残留溶媒
 のガイドラインなどに考慮して選定すべきである。次に、反応・晶析・抽出等の溶液濃
 度は製造効率・原薬コストに直接影響を与える。このことから、反応濃度は 1 mol/L を中
 心に反応様式(分子内或いは分子間)、副反応、反応性並びに流動性(撹拌性)などを
 考慮して設定する。抽出溶媒は抽出効率・抽出時間(完全分離時間を含む)を考慮する
 ため、目的物の溶解度、溶媒との反応性、エマルジョンの有無、安全性・危険性等を考
 慮して設定すべきと考えている。抽出溶媒量は目的物の35 V (W)/W の範囲で、晶析溶
 媒量は精製度・晶析効率を考慮して目的物の 48 V (W)/W の範囲で設定するのが望まし
 いと考えている。
 
 表 15. Sanofiの反応溶媒の採用基準


 例:反応溶媒の違いにより生成物が異なる。
 塩化チオニル*を反応剤と溶媒を兼ねると定量的に化合物 2 を与えるが、反応溶媒を変更
 しエーテル系である MTBE** を用いると化合物 3 を経由して同様に化合物 2 を与える。
 また、塩化メチレン**を用いると化合物 6 を与える。この様に、反応溶媒は、同じ試薬
 を用いても溶媒が異なると異なった生成物を与えることから、目的物を高品質で、高収
 率で与え、副生物が少ない或いは生成する不純物が除去し易いことも優先して選択する
 ことが大切と考える。


* Kim, D. Y.; Jung, I. C.; Lee, J. W.; Yoon, G. J. J. Korean Chem. Soc., 42, 102 (1998), Kim, W. J.; Park, T. H.; Kim, B. J.; Kim, M. 
   H.; Pearson, N. Int. Pat. Appl. WO 94/15938 (1994); Chem. Abstr., 121, 205332, (1994), Armarego, W. L. F.; Milloy, B. A.; Sharma, 
  S. C. J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1, 2485 (1972

**J. S. Grimm, et al., Organic Process Research & Development, 6, 938-942 (2002)

 作業者への安全性の確保のために、
  ○ 反応槽への仕込み
    スケールアップに伴い、全ての原材料の使用量が増え反応の暴走、爆発(静電気等)等 
      の危険性が増大する。仕込み時には、アースの設置、不活性ガスの導入、手袋は静電気
      防止用或いは薄手(メーカーは薄手のものは適度に静電気が流れるので厚手の手袋より
   安全と言っている)のモノを使用する等必要に応じて使い分ける。原料・試薬・中間体
   等は SDS 等を入手し毒性、危険性等を確認し、適切に取り扱う方法(封じ込め等の設
   備、作業者の装備等)を考える必要がある。         
   ○ 反応系の評価
      反応系の発熱量評価は、反応の熱量(RC-1Reaction Calorimeter))、断熱型暴走熱
   量計(反応暴走、ARCAccelerating Rate Calorimeter))等により測定し、反応熱の
   冷却制御或いは反応の暴走の可能性を予測する。
   ○ 取り出し
  中間体等の安全性(変異原性等の毒性)に安全性部門或いは、委託先から必ず SDS
  を入手して確認とし作業環境を整える。
   ○ 中間体・原薬等の安定性
  中間体・原薬等の安定性は、熱分析(DSCTG-DTA)で実施できる。
 
   化学物質に対する腐食(安全)性
スケールアップでは大量の化学物質(原料・試薬・溶媒等)を使用するため、作業者へ
 の有害性(健康への影響)、危険性、反応性等に及ぼす影響について既に話をしたが、
 設備・機器本体並びにパッキン、移送用パイプ、バケツ、保管容器など使用されている
 材質の劣化による原薬への混入の影響も無視できない。製造設備・機器に使用される材
質は全ての化学物質に万能でなく、樹脂製品、合成ゴム製品及び金属等は溶媒等と高
 温・浸漬状態で直接或いはガスとして接触し劣化、腐食の可能性が高まる。プロセスで
 使用する条件に適した製造設備・機器の材質、パッキン類、Oリング類の選択も重要と
 なる。
 Shetgiri14)らは、化学物質の化学製品への腐食性についてまとめているので、参照された
 い(表 16)。
 
  16. プロセスで使用する製品の化学物質に対する耐性

PE: ポリエチレン樹脂、PVC: ポリ塩化ビニル樹脂。HDPE: 高密度ポリエチレン樹脂。PTFE: ポリテトラフルオロエチレン(テフロン)、
 Nylon: ナイロン、Ceramic: セラミック、Viton: バイトン(Oリング、オイルシール)、Silicon: シリコン(パッキン)、Neoprene: ネオプレ
 ン(パッキン)、EPDM:  エチレンプロピレンジエンゴム(パッキン)、EPM: エチレンプロピレンゴム(パッキン)、Epoxy: エポキシ樹
 脂、SS304: ステンレススチール(製造設備・機器)、SS316: ステンレススチール(製造設備・機器)、PP: ポリプロピレン樹脂

医薬品原薬のプロセス開発に欠かせない試験機器

プロセス開発者は、有機化学、プロセス開発だけでなく、原料・中間体・原薬を分析する機器の理解とチャートを解析する能力をできる限り身に付ける必要があると考えている(但し、原理まで理解する必要なく、最低限の原理と分析チャートを読み取る能力です)。解析能力を身に付けるとプロセス開発時、或いは製造中に不具合が発生した場合でも反応液、抽出液、晶析液等の分析データからプロセス中に何が起こっているのか、その原因、並びに対処方法をプロセス開発者自身が即座に対応できるようになる。 17 には、試験(分析)機器と分析できる種類をしている。

 

17.医薬品原薬の反応、品質(確認試験及び規格試験)分析用機器


 

 8. 最後に、
大学研究室のボスの口癖は、「思いついたら遣んなはれ」、君らは「六甲山で石油を掘
ってるんですよ、もし石油が出たら大発見ですよ」と言われ続けた。学生、製薬メーカ
ー、原薬メーカーで研究している時、いつもこれらの言葉を忘れず上司の目を盗んでは
実験していました。また、部下にも思いついたアイデアが恥ずかしいと思うなら黙って
実験しなさい、上手く行ったら胸を張ってカッコよく自信をもって理屈は後付けで良い
のでアイデアが成功したと報告すればよい、上手く行かなかったら葬り去ればよいと言
っていました。但し、実験を行ったら必ず、反応が進行したのか、しなかったのか、ど
んな化合物が得られたのか、解析してアイデアが正しかったのか、或いはそれとも違っ
た反応が進んだのかなどを解明して決着をつけなさい。決着をつけないと何も新しいモ 
は生まれない、見つからない、何も残らない無駄な実験と思っています(セレンディ 
ティの勧め)。更に、若い人々にはどんな分野(有機合成、晶析、スケールアップ技
術、プロセス開発etc.)でもよいので会社で1番になりなさいと言ってきた。自身もこの
やり方で幾つかの発見をすることが出来た。  
 
医薬品原薬のプロセス開発は患者さんの役に立つ、社会貢献、新しい発見(小さな発
見・大きな発見に関係なく)にもなり、楽しく遣り甲斐のある仕事だと思っています。 
ロセス開発を行っている方々は、自分のためであり、患者さんのためでもあり、社会
ため、家族のため、会社のために役立っているので、自信と誇りをもって楽しく仕事
して頂きたいと思っています。本「プロセス開発に於けるスケールアップ」の話が少
でも役に立てば幸いである。

以上

 

 

 引用資料

 1) 坂下攝:粉体プラントのスケールアップ手法、工業調査会p.11992)より改変 

2) 株式会社神鋼環境ソリューション:

 撹拌技術 http://www.kobelco-eco.co.jp/product/process/mixing/mixing_003.html

 エス・ケー技術士事務所:技術計算 http://www.sk-peo.com/skpeo_t_reaceng.htm

 3) 私的作成撹拌スケールアップ・ダウン計算シート

 4) 八光産業㈱データより作成

 5) 神鋼環境ソリューション1.4 グラスライニング製反応機の伝熱性能より

 6) webwikipedia, 化学便覧等)等より

 7) 伝熱計算シートは、元製薬メーカーの化学工学の専門家に作成して頂いた(感謝します)

 8) F. Huang. et. al., Optimization of Chemical Synthesis of Phytosterol Esters with Polyunsaturated Fatty Acids  
     by ResponseSurface Methodology より

 9) サクラミル原薬S2モックより

   10) Luis Sanchez, Statistical Design of Experiments Applied to Organic Synthesis,   
                             https://www2.chemistry.msu.edu/courses/cem958/FS06_SS07%5CSanchez.pdf より改変
   11) 医薬品原薬・中間体製造におけるスケールアップとトラブル対策  第6章 トラブル対策 田中守より
   12) サノフィ― Green Chemistry, DOI: 10.1039/c0gc00918k
   13) D. Prat, et al., Org. Process Res. Dev., 17, 1517−1525 (2013)
   14) N. P. Shetgiri, et al., PHARMACEUTICAL TECHNOLOGY EUROPE FEBRUARY 2005

 





 
 












































コメント

このブログの人気の投稿

医薬品原薬のプロセス開発に於ける実験室から製造現場へスケールアップ 

医薬品原薬のプロセス開発  -実験室から製造現場へ- 医薬品原薬のプロセス開発は、実験室の実験機と製造現場の実機との違いを理解するところから始まる。 目次 初めに 1. 医薬品原薬のプロセス開発は、実験室の実験機と製造現場の実機との違いを理解するとこ    ろか ら 始まる 2. 医薬品原薬のプロセス開発には新薬と後発品があるが、どちらも考え方は同じ 3. ステージに合わせたプロセス開発の進め方 4. スケールアップに合わせたデータ取り -実験室の最適操作条件を製造現場で忠実に再現    するため に- 5. スケールにより操作時間が違う 6. スケールにより危険性・安全性(有害性)が違う 初めに 医薬品原薬のプロセス開発は医薬品の治験(開発)ステージにより異なっている。全ての治験薬が医薬品になるわけではない。医薬品の開発には 10 年以上の期間と数百億~数千億円規模の費用が掛かると言われており、医薬品として承認される成功率は年々低下し 0.0040% (日本製薬工業協会調べ( 2011 ~ 2015 年度))と言われている。原薬のプロセス開発は開発ステージに合わせて完成度を高めて行き臨床開発ステージの Phase IIb で商業製造プロセスを確立させ Phase III で承認申請に必要な Process Validation を成功させる必要がある(図 1 )。 医薬品原薬のプロセス開発には新薬と後発品があるが、どちらも考え方は同じであると思っている。 図1   各開発ステージに合わせたプロセス開発 表 1   開発ステージでのプロセス開発 検討場所 検討段階 数量( kg ) 検討内容 実験室 小スケール実験 ~ 0.10 反応条件を含む工程操作の最適化 ・合成ルート、反応条件、合成法の開発 ・出発物質(原料)、副原料、試薬、触媒及び溶媒等の種類と量比の 最適化 ・反応温度を含む工程の操作温度の最適化と許容範囲の設定 ・合成法の最適化, ・規格(品質)及び試験方法の開発 ・原料、試薬、副原料、溶媒等及び中間体・原薬の物性確認 ・精製

医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ ープロセス開発の前にー

医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ -プロセス開発の前に- 医薬品原薬(原薬)のプロセス開発を始めたころ、社内で化学工学の教授から講義を何回か受講する機会があ  った。数式が出てくると自分には無理、無理と理解することを諦めていた。しかしながら、原薬のプロセス開発と製造現場を経験して行くと実験室で最適化した操作条件を製造実機で再現できず期待した品質、収率等で中間体・原薬が得られないことがあった。考えてみると、実験室で原薬等の工程操作条件を最適化しているが、製造実機で操作条件が最適化されないままにスケールアップ製造を実施していたためであった。先輩からスケールアップは 10 倍、10 倍で実施すると言われていたが、10 倍のスケールアップでも同様なことを経験したことがあった。このことは、反応条件である撹拌(撹拌数)・伝熱(反応温度)状態が反応生成物の品質及び収量に最も影響を与えることを理解していても、スケールアップに向けてどの様なデータを取ればよいのか、実験室のデータを製造実機で再現するためにどの様に変更すれば良いのか知らなかったからである。実験室で最適化した操作条件を大小の反応槽で同等に再現するためには、「感」ではなく、実験室反応器と製造実機(大小の反応槽)は幾何学的相似形を用い、スケールアップ量(使用する反応槽)に合わせて撹拌と伝熱状態を化学工学の数学的予測計算、操作時間に対する熱安定性の担保、並びに操作原理と相似を確保する必要があるからである。   製薬メーカーでプロセス開発を行っていた時、製造実機での操作条件の検証を前臨床( non-GMP )製造時に現場実験と称して実施したことがあった。しかしながら、現場実験は開発コスト、期間、危険性と廃棄物等の増大を伴うため現実的でなく勧められない。 では、医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップをどの様に進めればよいのか? 治験薬・後発品の原薬製造プロセスは、開発の進捗に合わせて原薬のプロセス開発を進めて行くが、品質リスクマネージメントの一環として開発段階に合わせた品質目標、品質リスクアセスメントと実験計画を策定し、その実験計画に従い操作条件の最適化データ取りを行う。取得したデータがスケールアップにそのまま適応できるのか、変更が必要かなどの検証を実施する必要がある。 〇 治験薬・医