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医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ ープロセス開発の前にー


医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ

-プロセス開発の前に-

医薬品原薬(原薬)のプロセス開発を始めたころ、社内で化学工学の教授から講義を何回か受講する機会があ  った。数式が出てくると自分には無理、無理と理解することを諦めていた。しかしながら、原薬のプロセス開発と製造現場を経験して行くと実験室で最適化した操作条件を製造実機で再現できず期待した品質、収率等で中間体・原薬が得られないことがあった。考えてみると、実験室で原薬等の工程操作条件を最適化しているが、製造実機で操作条件が最適化されないままにスケールアップ製造を実施していたためであった。先輩からスケールアップは10 倍、10 倍で実施すると言われていたが、10 倍のスケールアップでも同様なことを経験したことがあった。このことは、反応条件である撹拌(撹拌数)・伝熱(反応温度)状態が反応生成物の品質及び収量に最も影響を与えることを理解していても、スケールアップに向けてどの様なデータを取ればよいのか、実験室のデータを製造実機で再現するためにどの様に変更すれば良いのか知らなかったからである。実験室で最適化した操作条件を大小の反応槽で同等に再現するためには、「感」ではなく、実験室反応器と製造実機(大小の反応槽)は幾何学的相似形を用い、スケールアップ量(使用する反応槽)に合わせて撹拌と伝熱状態を化学工学の数学的予測計算、操作時間に対する熱安定性の担保、並びに操作原理と相似を確保する必要があるからである。 

製薬メーカーでプロセス開発を行っていた時、製造実機での操作条件の検証を前臨床(non-GMP)製造時に現場実験と称して実施したことがあった。しかしながら、現場実験は開発コスト、期間、危険性と廃棄物等の増大を伴うため現実的でなく勧められない。

では、医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップをどの様に進めればよいのか?

治験薬・後発品の原薬製造プロセスは、開発の進捗に合わせて原薬のプロセス開発を進めて行くが、品質リスクマネージメントの一環として開発段階に合わせた品質目標、品質リスクアセスメントと実験計画を策定し、その実験計画に従い操作条件の最適化データ取りを行う。取得したデータがスケールアップにそのまま適応できるのか、変更が必要かなどの検証を実施する必要がある。

治験薬・医薬品薬の開発とそれらの原薬のプロセス開発の流れ例

原薬の製造プロセスを開発するに当たっては、実験機と製造実機の違いを理解することであり、製造実機の最大撹拌数、所定温度への加熱・冷却に要する時間、減圧度、操作方法などを最低限知っておくことが重要となる。品質リスクマネージメントの一環である品質リスクアセスメントを精度良く行うためには、その違いから製造実機で出来ること、出来ないことの判別、どうすれば違い埋めて再現できるかを考察することである。次に、スケールアップ製造量(使用する製造実機)に合わせて製造操作条件を最適化させるために実験室で得られた最適操作条件を基に精度よく科学(化学)的にスケールアップ及びスケールダウンシミュレーションを行うことである。そのためには、実験室で最適化した操作条件をスケールアップシミュレーションにより製造量(実機)に合わせてスケールに依存する操作条件(示量的)数値を化学工学、及び操作時間を実機の性能から予測計算して製造操作条件へ変更する。このスケールアップ予測操作条件を基に幾何学的相似形装置(ミニチュア機:反応槽等)を用いてスケールダウンシミュテーションを行い反応速度・反応器内の状態(但し、撹拌・伝熱状態はミニチュア機で実証できない)並びに熱安定性が確保され原薬・中間体等の品質が期待した結果を与えることを実証して行うべきである。しかしながら、医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップを実施するためには、実験室で原料(出発物質など)、試薬、触媒及び溶媒等の品質、並びに仕込み、反応、抽出、濃縮、晶析及び乾燥などの操作条件の最適化、品質規格、試験及び分析条件の開発、危険性、有害性及び環境への配慮、並びに廃棄物の処理・回収方法などの開発、製造設備・機器の選択並びにGMP(規制当局法律等)の順守など多岐にわたる項目を解決しなければならない。従って、プロセス開発前に、品質リスクマネージメントとして品質目標(原薬の品質規格)を定め品質リスクアセスメントにより製品に係る品質に対する潜在リスクの評価、特定、レビューとその管理を行い、スケールアップに伴う化学工学の予測計算による操作条件の変更、製造プロセスに対して科学(化学)的評価を実施し、並びに製品標準書の整備、製造設備・機器及び分析機器の適格性評価と定期的再バリデーションの確認などの品質保証等を実施することが大切である。

医薬品原薬のプロセス開発と商業生産スケールアップの進め方の例

最近、医薬品原薬のプロセス開発は、操作条件の変更なくスケールアップが容易なマイクロリアクター(フロー式)を用いる連続合成法への挑戦が多くの原薬メーカーで盛んに行われる様になって来ている。マイクロリアクターは、混合(反応)速度が速い、接触表面積が大きいため熱交換が容易で、極低温反応が低温反応へ、コンパクト化が可能、スケールアップが容易、専用設備となるのでコンタミネーションがない、危険反応の制御、危険性の低減、工程間の連続製造などの長所があり、原薬メーカーの勢力図を一変させる可能性を秘めた技術と考えている(図 1

1. マイクロリアクター(フロー式)のスケールアップ(ナンバリングアップ)

この技術は、ナンバリングアップ(並行接続)による大量製造を可能とするが、マイクロリアクターの流路・流量・条件の最適化とプレートなどの設計・作製、原料・試薬溶液などの安定供給制御方法、析出による目詰まり、反応進行状態のリアルタイム試験など解決すべき課題も多くある。将来的にはフロー式(マイクロリアクター:専用)が主流となると思われるが、まだまだ、原薬のスケールアップ製造はバッチ(マルチパーパス)式が主流であり、良いとこ取りのハイブリッド或いは高活性原薬の様な少量製造はマイクロリアクター(フロー式)に置き換わると思われる。

ここからは、バッチ式製造でのプロセス開発に於けるスケールアップ前に考えるべき事柄について記載します。プロセス開発を始めたころ先輩からスケールアップは「感、経験と度胸(KKD)」と言われたことがあった。プロセス開発からスケールアップ製造を経験して行くと、実験室と製造現場の設備機器の違いを理解してより科学(化学)的に捉え進めるべきであると痛感した。ここで、小回りの利くバッチ式製造法のプロセス開発と製造現場での経験と学んだこと、並びに化学工学の専門家から教えて頂いたことをまとめてみた。プロセス開発者はプロセス開発を行う前に、品質リスクマネージメントの一環として品質リスクアセスメントを実施して実験計画と実施方法の策定、実験計画に従ったデータ取り、操作条件の最適化とその評価並びに製造前に組上げた製造標準操作法がスケールアップに耐えられるかを、今一度考えてみて下さい。筆者が考えるバッチ式プロセス開発に於けるスケールアップの流れを図2に示す。 

本内容は、創薬、プロセス開発、品質保証、並びに製造現場で経験したこと、学んだことから得た知識をまとめたものである。内容が理解しにくい、科学(化学)的に捉えていない、間違っている、或いは異なった考え方もあると思うので、バッチ式プロセス開発を行う方々の参考にでもなれば幸いである。

2.  原薬のバッチ式製造プロセス開発に於けるスケールアップ

プロセス開発に於けるスケールアップ製造での違いは、

製造(合成)スケールが異なる、
   ・ 実験機と製造実機は操作原理、形状、サイズ、操作方法、最大撹拌数、減圧度などが
     異なる、
   ・ 製造設備機器及びユーティリティー(製造支援システム)などの原理・能力・性能が異なる、
 ・ 操作時間が異なる、
 ・ 製造標準操作法の条件は、実験機で最適化されているが、製造実機で最適化されていない、
 ・ 行政当局の法律などの規制、GMP製造ではICHのガイドライン等に従わなければならない、
   などなどがあります。 

これらの違いを埋めないと実験機内で起こった状態・状況を製造実機(反応槽)で忠実に再現することは出来ません。最初のスケールアップでは製造標準操作法は製造実機で最適化されていないため、旧来は「勘と経験と度胸」を頼りに予測して製造することが主であった。現在では、製造実機で実験機の操作条件・状態などの再現性を向上させるために、科学的(化学工学的)思考を取り入れたスケールアップ並びにスケールダウンシミュレーションを実施することが求められる。従って、スケールアップシミュレーションで実験機と実機の原理と性能・能力・状態・操作法などの差を埋め製造操作条件へ化学的に変更し、スケールダウンシミュレーション(原理が同じで幾何学的相似形装置を用い)で検証してスケールアップ製造へ移行させることで再現性が高められる。それでも、製造実機で忠実に再現できないことがある。それは、大小の反応槽(装置)でスケール効果が想定した以上にあったか、製造実機(反応槽など)及びユーティリティーの設備・機器などの性能・能力・癖などに差があったことが考えられる。この様な時は、今一度差異を考慮してスケールアップシミュレーションからやり直すか、製造を10倍、10倍と段階的にスケールアップを実施する(図 3)かである。どちらにしても、自社製造設備・機器の能力・性能・癖を知っておくべきであり、プロセス開発者も現場製造経験による勘も大切である。それでもスケールアップが上手くいかない場合は、最終的に製造現場実験を含め段階的にスケールアップしながら製造標準操作法の堅牢性を高め商業生産へ繋げるか、或いは製造操作条件に最適な製造設備・機器を新たに設計・作製するかになる。また、スケールアップ製造時に異常が発生した場合は、製造を止める勇気も持つことも大切である。 

プロセス開発を始めたころのスケールアップ事情を図4に示すが、幾何学的異形反応器を用いて操作条件の最適化を行っていた。これでは操作条件の最適化に時間とコストを要し、実験機と製造実機の槽内の撹拌或いは伝熱状態を再現しようとしても困難であり、スケールアップ製造に於いて「経験、勘と度胸」が必要だったこともうなずける。

3.  原薬のプロセス開発を始めたころのバッチ式プロセス開発に於けるスケールアップ

原薬のプロセス開発に於いて、多くの方々は「スケールアップは実験室の工程操作条件を製造現場で忠実に再現できれば成功する」と言っている。確かにその通りだと思う。

では、スケールアップで忠実に再現させる工程操作条件を、どの様に設定すればよいのか。

工程操作条件の中で反応条件は最も中間体及び原薬の品質に最も影響を与える。原料、試薬、副原料、溶媒等の量比はスケールアップに於いても不変であるが、大小の反応槽内の撹拌・伝熱状態・状況並びに操作時間を予測して相似させる必要がある。そのためには、大小の反応槽内で操作中に起こっているの現象を科学的に捉え、化学工学の数学的スケールアップ予測計算を実施することが重要となる。槽内の単位体積当たりの撹拌及び伝熱状態の相似を達成できれば、大小の反応槽で反応生成物の反応速度、品質などを同等にさせることが出来る。そのためには、プロセス開発時に大小の反応槽内で幾つかの相似(表 1)を達成させてた幾何学的相似形反応器を用いたデータ取りと実験機で最適化された操作条件を製造実機への最適化が重要となる。

1. バッチ式製造に於けるプロセス開発で実験機と製造実機(大小)の反応槽で確保すべき相似性

では、どの様にプロセス開発を行えば、大小の反応槽で工程操作条件・状態を再現できるのでしょうか?

プロセス開発を始めたころ、スケールアップで上手く行けばスケール効果、上手く行かなくてもスケール効果と言いながら、何故上手く行かなかったのかを考察して再度データ取りを行っていた。これは、スケールアップノウハウが会社としてまとまって存在せず、プロセス開発者と製造担当者の「経験と勘」を頼りにスケールアップ製造を行っていたためと思っている。スケールアップノウハウは個々の担当者が所有するのでなく会社の財産であり社内で共有することが重要である。一つの考え方として、スケールアップノウハウの文書化と化学工学を組合わせたスケールアップ及びダウンシミュレーション実施方法、スケールアップに必要なデータ収集方法、並びに製造スケールに合わせた製造標準操作法及び製造記録書の操作条件がスケールアップに耐えるかを評価・検証する方法などを共通化と共有化、並びに経験が豊富なプロセス開発者・製造担当者などとのディスカッションやコミュニケーションが大切と考えている。

ある原薬製造をあるメーカーに依頼した時、「プロセス開発が終了し製造標準操作法及び製造記録書が完成しても幾何学的相似形反応器を用いたトレース実験で品質規格に適合した原薬が得られないと製造現場へ移行出来ない」と社内で取決めていると聞いたことがあった。これもスケールアップ製造へ移行させるかの判断として大切な取決めだと思っている。

工程操作条件の最適化では、品質リスクマネージメントに基づくアプローチも重要である。反応状態(速度)は、濃度、添加速度、温度、溶媒種類、触媒、pHなどの量比、個々の操作パラメータ或いは複数の組合わせ、撹拌状態、伝熱状態などの反応条件並びに反応槽のサイズ、形状、バッフルの有無、撹拌翼形状と位置などによっても影響を受ける。このことからも、プロセス開発を実施する前に、品質リスクマネージメントの一環として品質リスクアセスメントを実施することも大切である。実施方法の一つとして、原薬製造に係る各工程の全ての操作方法と条件を書き出したフィッシュボーンチャート(石川ダイヤグラム)などを作成し、トレース実験前後で品質に影響を与える可能性のある工程及び操作条件、必要なデータ範囲、データの取り方などを予測/検出しておくことも大切である(図 4)。

4. 工程スケールアップの品質リスクアセスメント例(石川ダイアグラム)

また、トレース実験時には、反応器内で何が起こっているのか、反応進行状況、反応混合物の形態変化、発熱などの状態をよく観察しスケールアップ時に起こるであろうことを予測しておくことも大切である。これらの観察が最適化データの取得後に実施する品質リスクアセスメントによる重要操作の検出、不足したデータ取り及びその操作条件範囲などの決定にも役立つと思っている。更に、スケールアップ製造条件(製品標準書に記載する製造標準操作法)を最適化するためには、トレース実験或いはパイロットスケール製造での状況・状態観察を基に各工程の操作条件リスクアセスメントを実施して重要操作、重要パラメータ、不足しているデータ取りの実施計画の作成、計画書従いデータ取り、リスクコミュニケーションとリスクコントロール並びにその結果に基づく品質評価が重要となる(図 5)。

スイスのある製薬メーカーは、ガラス製の球体500 L反応機を持っていて、スケールを上げた時に機内で起こっていることを観察・把握できるのでスケールアップ製造前には非常に有用であると言っていた。

5. 品質リスクアセスメントの実施と実施計画書例

製造スケールの違いは、使用する反応槽などの設備・機器及びその操作の原理、撹拌(混合)状態、伝熱(加熱・冷却)状態、滴下時間などを含む各操作時間などに影響を与え、実験室と異なった品質の中間体・原薬を与える可能性が高くなる。従って、品質リスクアセスメントは、工程操作・条件だけでなく、製造設備・機器についても実施すべきである。

各工程操作条件の最適化へのデータ取りは、

 ・ 実験室で多連式反応器を用い原料・試薬・触媒・溶媒などの量とその量比、種類、及び工程の各操作温度・
    圧力などのデータ取りと反応条件の最適化を行い(図 6)、
最適化した反応条件を基に、各工程全体の操作条件(例えば、仕込み方法・温度・時間など、抽出温度・エ
    マルジョンの有無・時間、濃縮温度・時間、ろ過時間(結晶サイズ、wet 率)など)の最適化と工程内の各操
    作後の熱安定性のデータ取りと担保、
原理が同じ設備・機器、例えば、幾何学的相似形機器(反応槽などのミニチュア機、図 6)を用いて、特にス
    ケールに依存する操作条件である撹拌・伝熱の最適化、工程操作条件のクリティカルファクター(重要操
    作)とパラメータ(操作条件)を検出し、その操作条件範囲及び実際に運転する目標値を確定させ、
使用予定の実機能力・性能及び操作方法などを考慮して製造スケールに合わせたスケールアップシミュレー
    ションを実施し、スケールに依存する操作条件(操作時間、伝熱、撹拌数など)を予定の製造スケールと製
     造実機に合わせて化学工学の数学的予測計算を行い、
工程内の各操作に係る時間を予測し、予測時間と熱安定性の担保とその熱安定性に安全域を確保させ、
予測計算した操作条件並びにその操作条件範囲のワーストケースを組合わせてミニチュア機(幾何学的相似
    形反応器)を用いたスケールダウンシミュレーションにより妥当性の検証と製造操作条件の最適化を行い、
最適化した製造操作条件(製造標準操作法)によるパイロット製造(non-GMP)並びに/或いは治験薬製造
   (GMP)へのスケールアップ製造を通して、製造標準操作法の堅牢性を高めて行くことである。

 6. 工程操作条件の最適化

医薬品原薬のプロセス開発は、恒常的に高品質で品質規格に適合する原薬を得ることが優先されるが、安価に短期間で、危険性・有害性への対処方法並びに廃棄物・回収の処理方法などを含め、製造スケールに合わせた堅牢性のある製造標準操作法を確立し商業生産に繋げる作業でありスケールアップに欠かせない研究であると思っている(図 7)。従って、製造操作条件の最適化(製造標準操作法)とスケールアップ及びダウンシミュレーションなどを効率的に精度よく実施出来なければならない。そのためには、医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップは、製造現場で使用予定の反応槽と物質の流れが相似させやすい幾何学的相似形反応器を用いたデータ取りとスケールアップシミュレーションによる製造操作条件への予測、並びにスケールダウンシミュレーションによる検証が重要となる(図7)。

7. 幾何学的相似形によるスケールアップ

 スケールアップは、生産性の向上をもたらし短期・安価に原薬を製造できる長所があるが、操作時間・危険性と有害性、廃棄物並びに環境負荷の増大をもたらす。また、大小の反応槽では、反応に重要な物質の流れ(物質移動:混合状態)及び熱の移動、並びに操作時間の違いによる熱安定性の問題が生じ、実験室の状態・品質をしばしば製造実機で再現出来ないことがある。

プロセス開発に於けるスケールが及ぼす影響(効果)とは、
 ・ 製造量の増大と製造時間の短縮による生産性が向上する
 ・ 反応槽内の物質移動(物質の流れ)と混合状態が異なる
 ・ 熱移動(加熱と冷却、発熱と除熱)が異なる
 ・ ろ過時の脱液状態が異なる
 ・ 工程内の各操作時間(仕込み、後処理、抽出、乾燥など)が異なる
 ・ 危険性と有害性が増大する
 ・ 廃棄物・回収量が増大する、などなどがある。 

これらの違いを埋めるためには、プロセス開発時に製造実機の物質移動と伝熱の原理が同じである幾何学的相似形実験反応器を用い、撹拌数、熱媒・冷媒温度の最適値を求める必要がある。この様にして最適化した操作条件の中でスケールアップに伴い変更すべき条件である撹拌数と熱媒・冷媒温度を化学工学による数学的予測計算と製造スケールに合わせた使用予定の製造実機の性能・能力から工程内の各操作操作時間を予測してその操作時間以上で生成物等の品質を担保することも大切となる。

医薬品原薬のプロセス開発を効率的に実施するためには、既に、お話しした様に他部門との協働と自社のスケールアップノウハウを共有し数値化及び/或いは文書化をしておき、自社共通としてのスケールアップシミュレーションとスケールダウンシミュレーションを実施する取決めが重要となる。

スケールアップシミュレーションでは、実験室の条件及び状態を製造実機で再現するために、製造実機の能力・性能を理解し精度良く行われなければならない。特に、工程操作の中で品質に影響する重要(クリティカル)操作を特定し、そのパラメータをスケールアップ製造に合わせたパラメータへ予測(計算)する必要がある。そのためには、幾何学的相似形反応槽(ミニチュア機*)などを用いたデータ取りが大切である。実験室で最適化した操作条件、反応器内の状況・状態及び操作時間などがサイズ、形状、原理及び能力・性能等の違う製造現場の実機への変更計算と予測操作時間の熱安定性の取得からスケールに合わせた操作条件(示量性数値**)への変更を行う。この時、物質と熱の移動に関係する撹拌数及び伝熱効果(特に、(極)低温反応で温度維持に重要なジャケット内媒体温度)などを化学工学の数式及び自社の設備の能力を加味した予測計算が必要である。これらのシミュレーションが自社実機の能力・性能・癖などの理解と製造時の経験から積上げたスケールアップノウハウを持って精度良く実施できれば、段階的なスケールアップでなく一気に 1001,000倍のスケールアップが可能となる(図 8)。

反応のスケールダウンシミュレーションでは、幾何学的相似形反応槽(ミニチュア機)を用いスケールアップシミュレーションで最適化した操作条件起こる状態・状況が忠実に再現でき、品質目標(品質規格)に適合した中間体及び原薬を与えるかを検証する(図 8)。検証は、操作条件の再現性、反応速度、収率、中間体・原薬の品質への影響、予測値との差異を確認すること、差異が何故生じたかを解明すること、並びに再予測と実験室での再データ取りへ反映させることが重要である。このことから、パイロット機或いは製造実機を実験室で再現させるには幾何学的相似形反応槽などを用いる必要があり、実験室の設備・機器と製造現場の設備・機器の原理、構造、形状、能力・性能(単位体積当たりに加わる力・圧力・熱量)が異なると精度よくシミュレーションは出来ない。

8. スケールアップ・ダウンシミュレーションによるスケールアップ

      スケールが及ぼす影響(効果)を考慮してスケールアップシミュレーションを実施するためにプロセス研究者は、
  自社の製造実機の構造、能力・性能、操作方法、原理の理解とスケールアップ時の操作条件、原理の違い
  を理解すること
  工程操作条件のデータ取りと最適化、重要工程パラメータの見極めとその詳細なデータ取り、並びにそれ
    らを制御する能力を持つこと
  実験室で最適化した操作条件を製造現場で再現できるかの可否判断能力を持つこと
  実験室で最適化した操作条件を製造現場実機で再現する方法、或いは再現させるために必要な操作条件を見
     出すこと、
  物質及び熱の移動を相似させるために、製造実機の原理・形状・性能・全ての寸法比が同じで幾何学的相似
     形反応器(ミニチュア機)の設計・作製する能力、実験室の操作条件、反応槽内の状況・状態を再現するの
     に必要な実機設計能力を持つこと
  大小反応槽の物質と熱の移動及び操作時間などを相似(再現)させるためのスケールアップシミュレーショ
   ンとして化学工学的スケールアップ計算の理解と予測計算能力を持つこと
  製造スケールに合わせスケールアップシミュレーションで得られた操作予測条件を用いた幾何学的相似形反
    応槽(ミニチュア機)による製造実機を想定したスケールダウンシミュレーションの実施と検証能力を持つ
    こと
  有機合成化学と化学工学(研究・製造開発部門)、並びに分析化学(品質管理部門)との連携、及び/或い
     は得られた予測結果及び分析チャートの解析(読解)力を持つこと
  出発物質、試薬、溶媒、反応条件、中間体、原薬などの危険性・有害性の評価と取扱い方を考える能力を持
     つこと
    グリーンケミストリーが騒がれる中、溶媒、触媒等の回収、廃棄物量を最小限に減らす方法を考えること
    GMPICHガイドライン(Q811)の理解と順守したプロセス開発とスケールアップ能力を持つこと 
      などの理解、知識、プロセス開発力とスケールアップ能力を養うことが大切である。

*ミニチュア機:全ての構造・形状が同じで、撹拌翼・バッフルなど全ての寸法比を一定に縮小(スケールダウ
  ン)した反応器である。
**示量性数値は、スケールに合わせて変更しなければならない数値(原料、溶媒などの量、撹拌数、熱媒・冷媒温
   度など)、示強性数値はスケールアップに関係なく変更してはいけない数値(温度、圧力、原料と試薬と溶媒な
   どの量比、混合比など)である。 

 スケールアップシミュレーションの実施に当たっては、
 ①  実験室或いはパイロットプラントでサイズが異なるが原理、構造、形状並びに全ての寸法比などが同じ幾何
   学的相似形装置(特に、ミニチュア反応器及びパイロット反応槽*)を用いたデータ取りが重要となり、
 ②  次に、得られた最適操作条件と予測操作時間などに従いミニチュア機を用いたトレース実験並びにワースト
     ケースでの実験により得られる中間体・原薬の品質、不純物量、不純物プロファイル、収率、反応速度及び
       発熱制御などの同等性検証によるスケールアップシミュレーションの妥当性を検証すること、
 ③  これらの実験、検証及び修正並びにパイロット・スケールアップ製造による検証を繰り返し製造スケールに
       合わせた製造標準操作法の精度(堅牢性)を高めて行くことである。

これらのシミュレーション精度が向上して行くとスケールアップを一気に 1000 倍へ可能となるが、精度が低い場合は10倍、10倍のステップ・バイ・ステップのスケールアップを重ねて行かなければならない。但し、高価な医薬品原薬の製造に当たっては慎重にステップ・バイ・ステップでのスケールアップ(パイロット製造)を推奨する。 

反応で最も重要なことは、大小の反応槽で工程操作中の槽内の状況・状態・発熱(混合状態と温度の均一性)を相似させることである。そのためには、大小の反応槽の反応槽内で幾つかの相似を達成させることが必要である(表 2)。

 2. 大小の反応槽の撹拌の相似


 反応様式の違いによって撹拌の目的が異なる(表 3)。撹拌は、反応の促進ばかりでなく、反応溶液などの温度を均一に昇温及び降温(徐熱)を促進させる効果(伝熱効果)も合わせて持っている。この時、スケールアップで予測計算した撹拌数が実機の最大撹拌数を超える場合があり、プロセス開発時にスケールアップ予定の自社実機撹拌数を把握しおくことが大切である。また、伝熱の相似は、スケールアップに於いて「反応槽の体積は 3 乗に、伝熱(ジャケット)面積は2乗にしか増加しない」ので、媒体温度の変更或いは伝熱面積の増加(槽内に蛇管ジャケットの設置など)を行わなければ達成できない。

3. 反応に於ける撹拌と伝熱の目的


 以上の様に、大小反応槽で反応条件に重要な状況・状態を再現させるためには、撹拌と伝熱状態を相似させる
ことが重要である。

 ここから、プロセス開発の大切さについてお話ししたいと思います。

では、医薬品原薬のプロセス開発で大切なことは何でしょうか。 

プロセス開発では、操作原理の違い、製造実機(スケールアップ後)の操作条件(仕込み方法、撹拌速度(数)、伝熱条件、濃縮の方法とその時間、ろ過・乾燥方法などの全ての操作条件を製造スケールに対応した製造実機の性能に合わせて製造方法を最適化する技術である。その目的は、原薬を恒常的に、高品質(品質規格適合)で、高収率で、安価で、安全で、環境に優しく、並びに短期間で生産できる堅牢性の高い製造法(製造標準操作法)を完成させ、品質目標(純度、不純物量、不純物プロファイル、結晶多形、結晶サイズ、収率など)を達成させ、商業生産に繋げることである。

堅牢性の高い商業生産法(標準製造操作法)を確立するためには、

    ① 実験室で原薬の合成ルートと合成法の操作条件を出来る限り幅で保証すること、
 製造コストと製造期間を考えること、
 最新のスマートであるが反応条件がシビア―な合成法より、安定した従来合成法を選択すること、
 危険性と有害性を最小化する方法を考えること、環境にも配慮すること、
 製造設備・機器は、工程操作条件の仕込み、反応、抽出、濃縮、晶析、ろ過及び乾燥等に最適な実機を原
  理・構造・性能・能力から選択すること、
 必要に応じて、操作(反応)条件を最適化できる実機を設計・作製すること、
 製造スケール・工程操作条件等を考慮して選択した汎用製造設備・機器に最適化させる製造操作条件へ変
    更させること、
 自社のスケールアップノウハウ及び製造実機の性能・能力を考慮して精度の高いスケールアップシミュレ
    ーションとスケールダウンシミュレーションを実施すること、
 パイロット製造或いはGMP製造時に、実際に操作した各操作条件(値)と品質(純度、不純物プロファイ
    ルなど)・収量との関係を傾向分析し、操作条件との因果関係を明らかにし、
 全ての事象を科学的に捉え、上記のサイクルを繰り返しスケールアップ製造に耐えられる操作条件の堅牢性
 を高めること、などなどが大切である。  

製造現場では、反応から抽出、濃縮、晶析までの操作を同じ反応槽で実施するのが一般的であるが、プロセス開発時に使用する機器類(反応機、分液ロート、レバポレータ、ヌッチェと吸引瓶など)とは原理、能力と性能が異なる場合がある(図 9)。プロセス開発で重要なことは、自社のマルチパーパス製造設備・機器に合わせた堅牢性の高い製造操作条件に最適化することである。そのためには、出来る限り実験室で原理が同じでミニチュア機を用いてデータ取りを行い、製造スケールに合わせて撹拌数、加熱・冷却(伝熱)媒体温度を予測計算して変更する必要がある。しかしながら、この様にして予測計算して最適化してもスケールアップに失敗することもあるのでスケールアップは慎重に取り組む必要がある。また、大小の設備・機器の原理、能力と性能が異なっても、工程操作方法と操作条件が製造スケールに左右されず品質に影響を与えなければ、自社のスケールアップノウハウと今までの経験を基に一気にスケールアップが可能となることも多々ある。スケールアップは難しいが、成功の確率を上げることが大切と考えている。

9. 実験室と製造現場での使用設備・機器の違い




では、医薬品原薬のプロセス開発者が行うべきことは何でしょうか。

 医薬品原薬のプロセス開発を行うために必要なことは、

  ①  出発物質の選定(品質を含め)から製造操作条件の最適化、スケールアップ製造で得られる中間体・原
  ②  品質リスクマネージメント(品質リスクアセスメントの計画、実施と報告、製造設備・機器の選択並び
      に品質目標などの設定)を実施する能力、
  ③  スケールアップシミュレーションとスケールダウンシミュレーション計画の立案とそれを実施する技量
        と設備機器の設計する能力、
  ④  使用予定の製造設備・機器の能力・性能及び製造スケールに従い操作条件のクリティカルファクターの
          抽出とそのパラメータを最適化する能力、
  ⑤  スケールに合わせてスケールアップシミュレーションによる操作条件・反応液などの撹拌状態、伝熱状
          態等を相似させる予測計算(化学工学)、並びに操作時間の予測とその熱安定性を担保する能力、
  ⑥  工程操作条件パラメータの設定は予測計算値と使用予定実機の能力・性能評価して安全域を確保した範
        囲と操作目標値を設定する能力、
  ⑦  スケールアップシミュレーションで最適化した各工程操作条件から自社製造設備・機器の選択(材質、
          形状、仕込み容積率、原理など)する能力、
  ⑧  スケールアップシミュレーションにより設定・担保した各工程操作条件を用いて、スケールダウンシミ
          ュレーション(幾何学的相似形の反応器、ろ過機、乾燥機などを用いて検証実験)が実施できる能力、
  ⑨  スケールアップシミュレーション、スケールダウンシミュレーションから得られたデータを基に製造ス
          ケールに合わせた製造法(製造標準操作法)の工程操作条件を最適化して制定する能力、
  ⑩  この様にして作成した製造法(製品標準書に記載する製造標準操作法・製造記録書(実際に操作する手
           順。条件記載))の条件を満足させられる製造設備・機器を筆宝に応じて再度選定し直す能力、
  ⑪  製造現場でGMP及び製造標準操作法を順守して製造を行える能力、
  ⑫  この時、忠実に製造標準操作法の条件と実験室或いはパイロット時の状態を再現する技量、
  ⑬  次に、製造スケール、製造設備機器が変更になっても品質目標をクリアーできる堅牢性のある製造標準
        操作法に仕立てる能力、
  ⑭  他部門、他研究者との協働作業と指揮(まとめる)する能力、
          これらの能力を持つことがスケールアップ製造、商業生産、製造許可申請に大切と考えている。 

これらの能力を持たないと堅牢性がある製造標準操作法、スケールアップ製造、GMP製造、品質目標をクリアーすることは出来ない。製造現場実機の性能・能力、GMP 等を理解せずに操作(反応)条件を実験室で最適化しても、スケールアップ製造及びGMP 製造(治験薬原薬或いは原薬)を成功させることは困難である。また、当局の規制(GMP製造など)を順守しなで製品を幾ら製造しても商品を市場には出すことが出来ない。更に、原薬の品質、収率が良くてもコストが合わなければ優れた商業生産法とは言えない。プロセス開発は、総合化学であり幾ら優れた有機化学者であっても幅広い分野を一人でカバーするのは不可能である。プロセス開発は、各分野の人達と連携しチームを組み協働作業で行うことを勧める。

 では、プロセス開発者に必要な能力とは?

既に、お話ししたので重複するかもしれませんが、プロセス開発はプロセス開発者の化学(科学)に関する総合力が試させれる学問・技術だと思っている。プロセス開発者は、出発物質から反応状態並びに中間体・原薬の品質を保証するために、多くの知識・能力が必要である。

 ①  原薬の最適合成ルート、反応法と反応条件などを最適化させるために反応物の量比、反応状態、反応速度
     と反応メカニズムの解明する有機(合成)化学、反応化学
 ②  プロセス開発で係る物質の物性を分析する力とその取扱い方の物性科学(物理化学)、
 ③  危険物・有害物質・環境への配慮として委託先からの資料或いはSDSなどに従い取り扱い、仕込み方、回
       収と廃棄方法などの法規・環境化学・毒性学・薬学、
 ④  実験室の最適化合成法を製造標準操作法へ組上げ時に、スケールによって影響される操作条件を製造スケ
   ールに合わせて予測計算する化学工学、
 ⑤  スケールアップ及びダウンシミュレーションの実施に於ける化学工学並びに生産のための製造(生産)工
   学(操作条件の可否、必要な能力の製造設備・機器設計など)、
 ⑥  品質(純度、不純物プロファイル、結晶多形、結晶粒度など)を解明する分析化学(NMR, IR, UV, DSC,   
          DTA, XRD, HPLC, 粒度分布計など)のチャートを解読できること、
 ⑦  結晶粒度(サイズ)、結晶多形を揃えるために結晶化学、
 ⑧   原薬を製造するためには、当局の規制、法律などの法規並びにGMPICHガイドライン)等の理解と順
    守、
 ⑨  必要に応じて各専門分野の方々との協同作業する能力、

以上の様に、プロセス開発者は、有機合成(反応)化学は当然として、上記に挙げた化学工学、分析化学、結晶化学(工学)、物性物理化学、生産工学、規制当局の法令、GMP の理解、並びにマネージメントなどの必要最低限の知識と能力を身に付けておくことが必須である。 

 そのためには、
  ① 先ず、プロセス開発時に起こる全ての事象に興味を持ち、謙虚に知りたいと思った事柄の全てを調べ理
      解し、理解できないこと、知らないことは謙虚に教わり、必要な知識と能力を身に付けること
  ② 製造現場に足を運び使用予定の設備・機器の形状、構造、原理、操作方法、性能・能力として熱媒・冷
      媒の種類と温度及び加熱・冷却能力、減圧度(Pa)、濃縮能力(L/時間)、並びにユーティリティーの          性能などを知ること、
  ③ 製造条件の範囲、目標値等の数値の取り扱いが出来ること、
  ④ 品質リスクをマネージメント(品質リスクアセスメント:計画、実施、報告、是正措置立案等)出来るこ
      と、
  ⑤ 更に、製造スケールに必要な性能・能力から実機製造設備・機器の設計(製造工学)、幾何学的相似形
      反応器(ミニチュア機)の設計並びにスケールアップ及びダウンシミュレーション(化学工学)を正確
      に施・検証・データ解析ができる能力を持つこと、
  ⑥ 最低限 GMP ICHガイドライン)を理解していること、
       ケールに合わせた撹拌、伝熱の化学工学の数学的予測計算、操作時間の予測などによる製造スケールに合
          わせた製造標準操作法と製造記録書を作成できること、
         ⑧ 製造標準操作法及び製造記録書の記載内容を取り扱いを含め詳細に製造担当者に説明と指示できること
         ⑨ 得られた中間体・原薬が品質規格に適合しているか、自身で分析チャートを読み、判定できる能力を持
          ことである。

これまで化学工学の予測計算が必要と言ってきたが、大小の反応槽内の反応液等の混合液の流れ、温度分布などを実験室で完全に再現することは困難である。しかしながら、幾何学的相似形装置を用いたスケールアップシミュレーションとスケールダウンシミュレーションにより反応槽の物質の流れ、伝熱状態、操作(作業)時間・原理などを近似させることができる。また、製造現場での工夫や経験、或いは時として勘が役立つことが多々ありますので、多くの経験(OJT)を積むことも大切と考えている。 

既に色々とお話ししていますが、今一度、上記のことを理解せずに机上で考えても、製造現場で実際に出来ること、或いは出来ないことを判断することができないと考えている。実験室での反応条件の最適化は、原料・試薬・副原料・溶媒などの量比及び反応温度などの操作温度の最適化などは多連式反応機で出来る。しかしながら、その他の操作条件の最適化は幾何学的相似形反応器(ミニチュア機)を用いて実施しないと困難である。例えば、製造実機と操作原理、構造・形状などが異なる反応器などで実施して最適化した操作条件を製造現場の実機へ適用しようとしても反応混合液の物質の流れ、所定温度への到達時間を相似させ同じ反応状態・反応速度などを達成させることは困難である。 

このことから、実験室で製造スケールに合わせて使用予定の実機反応槽の内部構造、形状及び全ての寸法比が同じである幾何学的相似形反応器(ミニチュア機)を用いると大小の反応槽内の撹拌状態の相似を達成させることが可能となる。実際、我々は、実験室で 2 L 程度のミニチュア機で撹拌数を最適化し、その撹拌数を基に撹拌数のスケールアップ(化学工学による)予測計算を「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定」で実施し、100~1000 倍のスケールアップで均一系反応、液-液二相反応、固-液触媒反応及び結晶サイズの調製に適応して良好な結果を得ている。 

10. 最適化データ取りは、幾何学的相似形反応器(ミニチュア機)で実施

次に、製造実機反応槽の伝熱(加熱・冷却)は反応槽のジャケットに熱媒或いは冷媒を投入して反応槽内の混合溶液を加熱或いは冷却することになる(図11)。実験室での反応等時の加熱・冷却(伝熱)データ取りでは、出来る限り伝熱原理が同じジャケット付きの幾何学的相似形反応器を用いて行うことを勧める(図 10)。熱交換はジャケットと混合溶液が接する部分で行われるため、この面積と媒体温度が重要となる(図 11の褐色の線)。実験室での反応器内の混合(反応・晶析時などの)溶液が所定温度への到達時間とその時に用いた熱媒或いは冷媒温度を記録しておくことで、スケールアップ後の所定温度への到達時間を相似させるのに必要な媒体温度を予測計算できる。

 図 11. 製造実機の加熱・冷却(伝熱)方式

 では、ミニチュア機(幾何学的相似形反応器)とは何でしょうか。ミニチュア機は、図 12に示す様に、製造スケールに合わせて選定した使用予定の実機反応槽の内部構造・形状及び撹拌翼・バッフルなどの形状が同じで、それらの長さ・太さの全ての寸法比と位置関係も同じである装置のことである。また、大小の反応槽内の流れを相似させるためにはミニチュア機と実機の反応液などの仕込み容積率も同じとしなければならない。 

12. 幾何学的相似形反応器(槽・撹拌翼・バッフル形状、全ての寸法比が同じ)

このことからプロセス開発者は、最新の有機合成化学・分析化学はもちろんのことですが、自社の実験室と製造現場の設備・装置の違いを知るすることから始め、次に、スケールアップシミュレーションとスケールダウンシミュレーションができる能力を身に着けることが大切と考えている。 

実験室と製造現場の違いとは、

 製造スケールが異なる(但し、実験室と製造現場の大小の反応槽の仕込み率を同じにする)
 原料等の使用量:使用する主原料(出発物質)・副原料・試薬・触媒・溶媒等の使用量が異なる(使用量
  比、濃度等は同じとする)
 原料等の品質:使用する主原料・副原料・試薬・触媒・溶媒等の品質が異なる場合がある
 仕込方法:使用する出発物質・副原料・試薬・触媒・溶媒等の仕込方法が異なる
 設備・機器:使用する設備・機器の形状、サイズ、操作原理、作業方法などが異なる
 操作時間:製造スケールに比例して操作時間が増大する
  (仕込み(滴下:特に、低温反応時)、加熱・冷却、反応(延長する場合がある)、後処理、濃縮、ろ
    過、乾燥、粉砕等)
撹拌:撹拌状態(効率)が異なる
    反応槽の内部構造・形状、翼形状、仕込み率が異なると撹拌状態が異なる。大小の反応槽では撹拌数が異
    なる
 加熱・冷却(伝熱)による伝熱効率(伝熱収支)が異なる
    伝熱面積が異なることから、加熱・冷却速度と熱媒温度が異なる
  濃縮方法・時間が異なる
     実験室のエバポレーターから反応槽・濃縮機による撹拌・減圧濃縮に代わる。製造サイズに比例して使
     用溶媒量が増え増大するため濃縮時間が異なる
 ⑩ ろ過原理が異なる
   吸引ろ過(ヌッチェ)から遠心、加圧ろ過などに変更し、ろ過面積、ろ過推進力、ろ過時間が異なる
 ⑪ 乾燥原理・時間が異なる
     棚式真空乾燥からコニカル・振動真空乾燥、ろ過通気乾燥など乾燥原理が異なる場合がある
  安全性・有害性
     安全性・有害性は出発物質・副原料・試薬・触媒・溶媒等の取扱(使用)量の増加と共に増大する
 ⑬ シミュレーション技術
     スケールアップシミュレーションは反応物の物性、実験機・実機の装置、工程内単位操作条件、物質・  
     熱収支、化学工学的計算(数学モデル)などの因子を使用してシミュレーションと幾何学的相似形装
     置により実機で起こると考えられる状況・状態の検証と確認のスケールダウンシミュレーション
   操作条件範囲
     実験室で得られた最適操作条件の数値の取り扱いは、運転(操作)条件を範囲として設定し、その範
     の上限値・下限値に安全域を取り、実機運転値となる目標(最適)値を設定する
 ⑮  行政当局の規制に従う

プロセス開発はこれらの課題を解決してスケールアップ(製造スケール)に合わせた堅牢な標準製造操作法を確立することである。 

実験室で製造現場を再現するためには、実験室で製造現場実機の幾何学的相似形反応器(ミニチュア機)などを用いてスケールダウンシミュレーションにより検証と確認することである。しかし、ミニチュア機で操作条件・状態が再現できたとしても製造スケールに合わせた反応槽の撹拌数、熱媒・冷媒温度(伝熱)並びに操作時間の予測と操作予測時間に安全域(安全マージン)を取った熱安定性の担保が必要となる。この様にスケールアップに対応した必要な化学工学的計算(数学モデル)をしていないと、操作条件・操作方法を製造設備・機器の原理、能力・性能から製造担当者の勘と経験で実機を運転することになる。これでは製造を恒常的に同じ操作条件範囲内で、高品質で品質規格に適合した原薬を得ることは困難となる。 

   製造スケールが異なる:

医薬品原薬の製造量は、患者数と投与量により異なり、商業 1 バッチが数101,000 kgとなることもある。図6に示す様に、プロセス開発は実験室で多連式反応装置による反応条件の最適化、丸底容器 1.010 L程度でのトレース実験により製造標準操作法が作成され、パイロット製造を 50500 L反応機を用いて操作条件を検証してスケールアップ製造に備えるのが一般的である。ここで、製造標準操作法の操作条件が製造量に合わせてスケールアップ予測計算(撹拌と伝熱)と予測操作時間以上の熱安定性を担保され、製造スケールに合わせた使用予定製造実機の幾何学的相似形実験機(ミニチュア機(~5 L)を用いて、スケールアップで予想される操作条件と操作時間の範囲で設定されているワーストケースを用いるスケールダウンシミュレーションにより妥当性が確認されていれば、製造実機(~5,000 L:~300 kg/batch)へのスケールアップも夢ではない。更に、商業生産規模(実機:~10,000 L 5001,000 kg/batch)の製造は製造実機(~5,000 L:~500 kg/batch)で製造標準操作法の操作条件の妥当性が確認された後にスケールアップとして実施する。最終的には、生産設備のPQ:パーフォンマンス・クオリフィケーション(適格性評価)及び標準製造操作法のPV:プロセスバリデーションを実施して製造設備の適格性と標準製造操作法の工程操作能力の妥当性を検証して商業生産規模の製造法を確立し、製品標準書に記載する製造標準操作法を仕上げる。プロセス開発は商業生産へと繋ぐ技術です。今までお話しした様に、スケールアップによる反応槽は容量、形状、構造、撹拌状態、伝熱状態、操作時間、並びに付帯設備の性能・能力が変わってくるので、実験室で最適化した操作条件をそのままスケールアップに適応することはできない。操作条件の数値はスケールアップで変更しなければならない数値(示量的数値)と、変更してはいけない数値(示強的数値数値)の取り扱いが大切になる(表4)。商業生産するためには、操作条件の中で予測すべき示強的数値をスケールに合わせて化学工学の数学的予測計算、操作時間の予測と熱安定性などの担保が確保され、操作範囲のワーストケースでも品質規格に適合した原薬を与える堅牢性が求められる。これらを満足させないとスケールアップに失敗する可能性が高くなると考えている。 

4. 示量的数値と示強的数値の取り扱い

 

 ②   原料等の使用量
   使用する主原料・副原料・試薬・触媒・溶媒等の使用量が異なるスケールアップ製造による主原料・溶媒な
  どの使用量の増加は、作業者・環境などへの負荷を高め、廃棄量、危険性と有害性を増大させる。このことか
  ら、プロセス開発では、廃棄量の低減、溶媒・触媒等の回収などによるコストの低減、危険性・有害性に対す 
  る安全対策を意識した標準製造操作法を構築することが大切である。製造現場作業(スケールアップ)前に
  は、使用する全ての原料、副原料、試薬、触媒、溶媒等の毒性・危険性などの安全データシートの収集と確認
  により製造現場担当者への徹底が重要である。また、毒性・有害性(変異原性、致死量)から取り扱いと保護
  具の選択、並びに秤量から仕込み方法の打合わせ、危険性(沸点、発火点、自然発火)に対して静電気対策な
  どを講ずるために製造現場担当者との協議が必要である。

   原料等の品質
 使用する出発物質(主原料)・副原料・試薬・触媒・溶媒等の品質が異なる場合がある(図 13)。先ず、原 
  薬メーカーは製造に用いる主原料、副原料、試薬、触媒及び溶媒等を用いてトレース実験を行っていると思う
  が、使用する主原料などが違えば品質に影響を与えることが考えられるので注意が必要である。また、主原料
  等の製造会社、製造法、製造現場の移転等により品質が異なる場合がある。変更が生じた場合、既存の「規格
  及び試験方法」で分析出来ない不純物が混入している可能性を考慮しておかなければならない。もし、原薬を
  出荷後に品質規格不適になれば製薬メーカー或いは市場から回収となり、ジェネリックメーカーは回収騒ぎで
  潰れている。
 

13. 実験室と製造現場の使用する原料等の使用量と品質などの違い 

  仕込方法:
   使用する出発物質・副原料・試薬・触媒・溶媒等の仕込方法が実験室と製造現場で異なる(図 14)。 

14. 実験室と製造現場での仕込み方法の違い


⑤ 実験室と製造現場の設備・機器:
 実験室及び製造現場で使用する設備・機器の形状、サイズ、材質、操作原理、仕込み率、作業方法などが異な 
 る場合がある。一般的に、反応は撹拌下に行われるが、反応槽の内部構造、撹拌翼、バッフルの形状及び撹拌
 数の違いは物質の流れ並びに混合状態に差が生じ、反応速度などに影響を与える場合がある。また、ろ過或い
 は乾燥操作での違い、例えばそれぞれ吸引ろ過から遠心分離へ、棚式真空乾燥から混合真空乾燥(コニカル乾
 燥機)へ変更する場合があるが、原理の違いによる品質への影響を考慮して検証しておくべきです。このこと
 から、実験室では、製造実機の設備・機器の操作・撹拌原理、形状、寸法比、仕込み率などを出来るだけ相似
 させた実験機器を用いてデータ取りし、スケールアップ時の製造現場設備・機器の状態・状況を予測すること
 が大切である(図 15

 図 15. 製造設備・機器の原理, 形状などを相似させスケールアップ

      反応操作:撹拌翼とバッフル等の形状・寸法比と仕込み率等が相似:幾何学的相似形反応器の選択

    ろ過:吸引、遠心、加圧ろ過等の原理が相似:原理が相似ろ過器の選択

    乾燥:棚式、コニカル、ろ過、振動及びSVミキサー等真空乾燥機:原理が相似乾燥機の選択


 ⑥  操作時間:
  仕込み、滴下(特に、低温反応時)、加熱・冷却、反応(延長する場合がある)、後処理、濃縮、ろ過、乾燥、粉砕等の各工程内操作時間は製造スケールに比例して増大する。この操作時間の違いは、反応生成物(遷移状態化合物、中間体・原薬)の熱安定性が問題となる。特に、極低温反応では反応遷移状態化合物が非常に不安定であり、操作時間の延長は遷移状態中間体の寿命が低下し分解或いは副反応を起こす可能性が高くなる。このことから、中間体・原薬の品質に影響を与えない熱安定性を担保した操作時間を確認しておくことは大切である。例として表 5 で示す様に、自社の実機(反応槽)の各操作時の能力/性能を把握しておくと、スケールアップ後の操作時間を容易に製造量と使用予定の実機能力・性能から予測することが出来る。この予測操作時間は熱安定性が担保された操作時間から操作方法並びに製造設備・機器の選定にも役立つ。表5は、製造設備・機器などの能力・性能により異なるので、自社の設備処理能力などを把握しておくことを薦める。 

 表 5. 実験室と製造現場での操作時間の違い例 

 
 ⑦   撹拌:
  撹拌の目的は、物質の移動と物質間の接触促進、反応混合液の反応促進と反応速度の均一化、並びにジャケット内の熱(冷媒・熱媒温度)を効率よく槽内混合液に伝え混合液の温度を均一化させることである(図 16)。一般的に、均一系の反応では極端な撹拌状態でなければ反応速度に影響を与えないことが多いが、不均一系(固-液、液-液)反応では撹拌状態により反応速度に重大な影響を与えることがある。

 図 16. 反応槽内混合液の撹拌時の温度分布


 撹拌状態は同じ撹拌数でも反応槽内の形状、撹拌翼の形状、バッフルの形状と有無、仕込み率等により異な    
 る。また、邪魔板(バッフル)があれば撹拌状態は複雑となり乱流を発生させ易い(図 17)。

 図 17. 各撹拌翼形状の違いによる流れの模式図

撹拌状態が異なると物質移動、熱移動、反応速度が異なってくる。山口は(化学工学, 26(5), 595-607 (1962))、撹拌と反応速度の関係についてまとめている。

撹拌状態の違いは滴下した試薬等の拡散速度と混合均一化に差が生じる(図18)。この違いは、物質移動の差となり反応速度、反応熱の拡散並びに反応斑が生じ、最悪の場合は急激な発熱或いは反応の暴走に繋がる。実験室の撹拌状態を再現するためには、プロセス開発時の反応容器の選択も重要となる。反応槽内にバッフルを有していれば容易に乱流状態を作れる。

 図 18. 反応槽内の構造・形状が異なると撹拌(混合)状態が異なる

 


 スケールアップで最も大切なことは、反応状態(速度)を同じにすることであるが、大小の反応槽で物質の流 
 れである撹拌状態及び混合液の温度維持と均一化、並びに所定温度への到達時間である伝熱状態などを相似さ
 せることである。これらを相似させるためには、実験室で出来る限り製造実機反応槽の幾何学的相似形反応槽
 (ミニチュア機)を用いて仕込み率一定として実験し、データ取りとデータの検証が大切である。例えば、大
 小の反応槽内で同じ撹拌状及び伝熱状態が再現できれば、何処を取っても単位体積当たりの反応速度は同じと
 なり、品質、収率等も同等の中間体及び原薬が得られると期待できる。

 図 19に示す様に、同じ川の流れにある大小の水車は回転数が異なる。同様に、大小の反応槽の撹拌翼が同じ
 時間で 回転すると密度が同じ溶液中の物質の移動距離が異なり、物質間の衝突回数に影響し反応速度に差
 が生じる。このことから、大小の反応槽で物質の流れの速さを相似させるためには撹拌数を変更する必要があ
 る。

  図 19. 同じ流れを作るためには大小の反応槽で撹拌速度の変更が必要

  大小の反応槽の撹拌状態を相似させるためには、化学工学による予測計算を「単位体積当たりの撹拌所要動力
  一定」で実施する。ここで、実機反応槽はミニチュア機(単位)の集合体であり、ミニチュア機の撹拌動力の
  集合体と考えることが出来る(図 20)。実機はミニチュア機の集合体ですので、ミニチュア機の体積(単位体
  積)当たりの撹拌所要動力」は同じで良いことになる。 

  図 20. 製造現場の実機反応槽は幾何学的相似形反応機(ミニチュア機)の集合体



 実験機(ミニチュア機)とミニチュア機の集合体である実機反応槽の物質の流れをミニチュア機(単位当た
 り)に相似させるためには、ミニチュア機で最適化された撹拌数をスケールに合わせた製造実機反応槽へ適応
 させる予測計算が必要である。この時、撹拌数の最適化は実機の幾何学的相似形反応器(ミニチュア機)を用
 い同じ溶媒、物質、濃度並びに仕込み率(溶液量/反応器容量)で実施する必要がある。化学工学では、撹拌
 のスケールアップは大小反応槽の「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定」で実施する。幾何学的相似形反応 
 槽でスケールアップする限り、物質の単位時間当たりの移動距離(仕事量)を同じにすれば撹拌状態を相似で
 きるとの考えで実施する。
 均一系反応で乱流状態が確保された撹拌下では、殆どの反応は撹拌数のスケールアップ計算を実施しなくても
 実機で乱流状態を確保していれば大小の反応槽に関係なく進行することが多々ある。しかしながら、液-液、
 固-液の二相(不均一系)反応ではうまく進行しないことが多々生じる。従って、不均一系に限らず均一系反
 応に於いても、撹拌数の予測計算を必ず実施することを勧める。
 
 撹拌数のスケールアップは、「単位体積当たりの撹拌所要動力(Pv = n X d2/3)一定」で実施する。
 
 図 21. 撹拌数のスケールアップ

 ⑧ 加熱・冷却(伝熱):伝熱効率が異なる(図 22)。
  実機反応槽内混合液の冷却と加熱(伝熱)はジャケット内の媒体(冷媒或いは熱媒)との熱交換によって行わ
  れる。この熱交換に重要な役割を担うのは溶液と直接接するジャケットの素材(総括伝熱係数)、面積と冷
  媒・熱媒温度である。

  図 22. 製造実機と実験機の伝熱
 
  反応槽のスケールアップでは実機反応槽をミニチュア機の集合体であると考えると、大小の反応槽で体積当た
  りの伝熱(加熱・冷却)面積が異なる(図 23)。
 
 図 23. 反応槽の容積(体積)と伝熱面積の関係

実際には、反応槽の容量とジャケット(伝熱)面積の関係は、反応容器のメーカーの技術資料から反応槽の容量(体積)が 10 倍にスケールアップしても伝熱(ジャケット)面積は約 4.6 倍しか増加しない。従って、同じ媒体温度(ジャケット内温)での単位体積当たりに加えられる熱量もX 0.46しかならない。
従って、大小反応槽では単位体積当たりの伝熱(ジャケット)面積が異なることから、ジャケットに投入する熱媒・冷媒温度が同じであれば大小の反応槽の加熱・冷却に掛かる時間は槽のスケールアップと共に増加する。特に極低温反応及び発熱反応では、冷媒温度を変更しないと反応温度を維持することが困難となる。極低温反応では、反応槽内に蛇間を入れジャケット面積を拡大させ対応することが多い(図 24)。
 
 図 24. 伝熱のスケールアップ

  伝熱のスケールアップは「単位体積当たりに加える熱量一定」で行うことから、大小反応槽内の混合液へ加え
  る熱量は、例えば、「所定温度への到達に必要な所要時間(q)」一定(加熱・冷却速度の相似)になるように 
  予測計算して媒体(熱媒・冷媒)温度を変更することにより一定にする。
 
 ⑨  濃縮方法・時間が異なる
  濃縮は、実験室では一般的にエバポレーターで実施するが、製造現場では反応槽で減圧濃縮するのが一般的で 
  ある(図 25)。濃縮時間は反応槽或いは濃縮槽の時間当たりの濃縮量(性能)並びに製造サイズに比例して抽
  出溶媒量も増加するため延長する。
 
  図 25. 実験室と製造現場では、濃縮原理が異なる

  このことから、濃縮時間の延長は濃縮物中の中間体・原薬の熱安定性に影響を与える可能性がある。熱安定性
  が不安定である場合は、濃縮時間を短縮させる必要があり、低温で濃縮するか、低温で短時間に濃縮できる薄
  膜濃縮機を使用することなども考える必要がある。

  ろ過原理が異なる(図 26
  ろ過のスケールアップでは、減圧濾過から遠心分離機へ変更することが一般的である。それぞれのろ過原理は
  ことなるが、考え方によれば推進力が吸引力と遠心力の違いだけである。ろ過操作で最も大切なことは、ろ過
  原理、ろ過推進力、ろ過面積も大切であるが、結晶サイズです。従って、ろ過操作を考えると結晶サイズを揃
  える晶析条件を最適化することが最も重要となる。また、ろ過物である湿結晶の安定性(熱・酸素・湿気な
  ど)に不安がある場合は、閉鎖系でのろ過である加圧ろ過乾燥機を選択し、ろ過と乾燥を連続して実施するこ
  とも考える。
 
 図 26.  ろ過は湿結晶の安定性・状態からろ過原理を選択



  ろ過のスケールアップは、ろ過原理、結晶サイズ、並びにろ過推進力が一定で「ろ過結晶の単位体積当たりの
  ろ過面積一定」で実施した時、同じろ過時間で1 回で処理できるろ過量をろ過面積から予測できる(図 27)。
 
 図 27. ろ過時間の予測

  ろ過のスケールアップはろ過原理、1回のろ過量(結晶厚)及びろ過推進力等が異なるとろ過時間及び濾過物
  (ろ過結晶)の wet 率も異なってくる可能性があるので慎重に行う必要がる。しかしながら、安定な結晶のろ
  過の場合は、ろ過原理の相似より品質規格で結晶サイズなどが規定されていることがあるので、結晶工程条件
  の最適化とその結晶サイズで最適なろ過原理、或いは粉砕工程を採用するかを選択すべきである。
 
 ⑪ 乾燥原理・時間が異なる
  乾燥原理には、乾燥庫内を真空(減圧)・送風・通気させる、湿結晶を静置(棚式)・回転(コニカル)・振
  動・撹拌などがある。乾燥時間は湿晶量、湿晶の wet率、伝熱状態(伝熱面積と温度)、真空度と排気量で決
  まってくる。乾燥のスケールアップに於いて棚式真空乾燥機では、同じ乾燥温度であってもトレイに仕込む 
   wet 晶の厚みが異なると乾燥時間に差が出るので、「トレイの単位面積当たり、結晶厚(単位体積当たりのwet 
  晶重量)一定」で実施する。コニカル乾燥機では、コニカルが回転するためwet晶が固い塊になる可能性が多々
  あるため、エバポレーターなどを利用して回転乾燥状態で結晶が塊にならないかを検証して使用することを勧
  める。乾燥温度は、中間体・原薬の熱安定性、乾燥状態並びに乾燥時間を考慮して選択することになる。乾燥
  原理の選択は、乾燥時間、乾燥温度、熱・酸素安定性、結晶サイズ、ろ過時の脱液状態、流動性、均一性など
  から実施する(図 28)。
 
 図 28. ろ過湿結晶の安定性・状態から乾燥機原理の選択とスケールアップ



 ⑫ 安全性・有害性
  スケールアップ製造では、出発物質・副原料・試薬・触媒・溶媒或いは中間体等の危険性・有害性は使用量が
  増大し、増加により増大する。原料等の購入先及び/或いはweb上からSDSの取得と評価の実施並びに製造担当
  者への徹底。RC1(反応熱量評価)、ARC熱暴走危険性評価)などでの反応危険性評価、危険性と安全性の
  確保、並びに作業者の暴露への配慮が大切である。
 
 ⑬ スケールアップシミュレーション技術
  シミュレーション技術は、反応物の物性、実験機・実機の装置の違いと物質・熱収支の違いを理解し、工程内
  単位操作条件を最適化するためクリティカルパラメータの選定とパラメータの化学工学的計算(数学モデル)
  などを用いてスケールアップパラメータの予測(スケールアップシミュレーション)することである。実験室
  でのデータ取りとシミュレーションは出来る限り実機と操作原理が同じで幾何学的相似形装置(ミニチュア
  機)を用いて実施すべきである。実験機から実機へ繋ぐスケールアップノウハウと経験値により最適化した操
  作条件パラメータを予測変更しミニチュア機による検証を実施する。この様にして、標準製造操作法を確立す
  る。この時、自社の実験室から製造現場の実機へ適応させるスケールアップノウハウが重要となる。また、ス
  ケールダウンシミュレーションを実施するためには、正確なスケールダウン設備(幾何学的相似形装置)の設
  計と作製の能力も必要となるが、シミュレーションにより一気にスケールアップ製造が出来ればプロセス開発
  期間の短縮に繋がる(図 8)。
 
 ⑭ 操作条件値の設定
  製造標準操作法に記載する操作範囲は、安全に、確実に、恒常的に工程内或いは原薬の品質規格に適合させる
  ことが大切である。従って、実験室で得られた最適操作条件値=目標値を中心に品質に影響を与えない操作条
  件範囲を操作許容範囲とし、その範囲内の上下に安全域を設け実際に操作する範囲を操作範囲とする(図 
  29)。但し、製造現場での操作はあくまでも目標値を基準とする。操作範囲に安全域を設けていると不慮の事
  態で操作範囲逸脱に遭遇しても操作許容範囲内(安全域)であれば、中間体或いは原薬の品質は担保出来てい
  ることになる。
 
29. 操作範囲と実際に運転する目標値の設定方法

 ⑬ 当局の規制に従う
原薬の製造は、薬局等構造設備規則に従い製造所毎に医薬品の製造業の許可が必要であり、「薬品、医療用機器等の品質、有効性、安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)」、GMP省令、ICHcGMP, PIC/S GMP)ガイドライン、化審法などの行政当局の規制に従い製造することが必要である(図 31)。原薬の製造方法は原薬等登録原簿(マスターファイル:MF)申請が必要であり、5年毎の原薬のGMP適合性調査と医薬品製造業許可の更新を受けなければならない。また、幾ら製造してもGMPに従って製造しない原薬は市場に出すことは出来ない。更に、当局の法律を順守しなければ違法となる(図 30)。
 
 図 30. 行政当局の規制

 最後に
 新薬の原薬プロセス開発は開発ステージに合わせて製造標準操作法の精度並びに品質を上げて行くが、後発品
薬の場合は、他社との競争力(差別化)に優れ自社品を選定してもらう必要があり、既存の合成ルートか、新
規ルートか、品質目標は局方の品質規格か或いは自社品質規格か、プロセス開発期間、コスト、1バッチ当たり
の製造量、納期などの目標を設定してプロセス開発を実施する必要がある。
 思いつくままに色々と述べてきたが、プロセス開発はいつも自分が試されていると思っていた。多くの
経験を重ねて行くと多岐にわたる分野の結集がプロセス開発で重要と思っている。従って、他部門との協働が重
要ですが、これからプロセス開発を担っていかれる方々(特に、リーダーを目指す方)は、多くの分野に興味を
持ち経験を積み重ね知識を増やし、プロセス開発及びGMP製造に必要な知識の向上により品質リスクアセスメン
ト、実験計画立案、実験データ解析、操作条件の最適化、スケールアップ時の最適化操作条件への予測、分析チ
ャートなどの最低1次解析(判断)が的確にでき、楽しんでプロセス開発に取り組んで頂ければ幸いである。


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医薬品原薬のプロセス開発に於けるスケールアップ 目次  1. 初めに  2. 医薬品原薬のプロセス開発の目的  3. では、何故スケールアップ製造時に失敗するのか?  4 .医薬品原薬のプロセス開発の現状 とバッチ式製造の課題  5 .有機合成化学と化学工学と製造現場との連携と協働作業によるプロセス開発に於け る          ス  ケール アップ  6 .反応槽のスケールアップに必要な化学工学の予測計算  7 .プロセス開発で解決すべき課題について  8. 最後に  1.   初めに  プロセス開発を始めた時  私が創薬部門から原薬のプロセス開発部門に移った時、実験室で反応条件の最適化を行い  (ベンチワーク)、製造現場(プラント)で最適化条件を再現すれば良いのだと簡単に考  えていた。また、医薬品原薬の製造に必要な GMP (Good Manufacturing Practice) 、スケー  ルアップ技術、結晶多形、並びに化学工学等のことなど知らなかった。実際にプロセス開  発(スケールアップ)を経験して行くと、今まで行っていた創薬での有機合成化学の経  験、知識、能力、化合物の物性の予測と分析(実験、調査、或いは計算等)と化合物の取  り扱い方が重要であることを痛感した。更に、分析力( NMR, IR, Mass, UV, HPLC, XRD 等  のスペクトラムの解析力と化合物の特性の把握)、並びに研究者自身の感性(センス)が  不可欠であることと、今までの経験と得てきた知識が全て試されているのだと思った。次  に、現場(プラント)製造を経験して行くと、製造設備・機器の構造・性能・能力・原理  と実験室の装置の間に差があること。実験室と現場の作業性(反応、抽出、濃縮、晶析等  を反応缶で実施)の違いから、実験室で出来た操作が現場製造で出来ることと出来ないこ  とがあることが分かった(図 1 )。同時に、実験室からスケールアップ(パイロット製造  など)での反応温度維持(加熱・冷却)・冷却速度に関わる伝熱状態並びに反応溶液など  の均一化(反応速度・反応温度・除熱)・乱流域等に関わる撹拌状態等を正確に再現する  方法として化学工学計算が重要であることも痛感した。また、スケールアップによる現場  製造での各操

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