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医薬品原薬のプロセス開発に於ける撹拌のスケールアップ


医薬品原薬のプロセス開発に於ける撹拌のスケールアップ

 

今回は、今までのプロセス開発並びに製造現場の経験と得た知識から「撹拌のスケールアップ」についてです。

  目次
     初めに
           1.撹拌のスケールアップとは 
      2. 撹拌の目的
         3.撹拌のスケールアップは怖くない
    4. 撹拌数のスケールアップに於ける幾つかの相似について
    5.では、バッチプロセスで大切な撹拌とは?
    6.バッチ式反応槽で撹拌が大切な操作15)
       7.反応槽中で流体の撹拌効果を上げる方法
    8.医薬品製造実機に用いられている撹拌翼とその性質
       9.バッチ式反応槽における撹拌のスケールアップ基準
10.製造実機からの撹拌スケールダウンシミュレーションの実施
11. Pv(単位体積あたりの撹拌動力)一定によるスケールアップ後の撹拌数の計算
2.実験室から製造実機へのスケールアップ例
まとめ、撹拌のスケールアップは怖くない!


初めに、
製薬メーカー並びに原薬メーカーで創薬、医薬品原薬のプロセス開発と製造並びに品質保証に携わって来たが、化学工学を知らなかった。プロセス開発のある時まで、実験室で仕込み方・反応・停止・抽出・乾燥等の各操作条件を最適化すれば原薬が製造(大量合成)できると考えていた。実際、プロセス開発で得た知識と経験と反応(系)様式、並びに実験機の撹拌状態の観察から現場実機での大量合成に成功していた。それはプロセス研究者としての経験と勘と観察、並びの製造現場担当者の判断によって幸運にも反応を乱流域下の撹拌状態で行っていただけのことであったと思っている。社内で別のプロジェクトチームがプロセス開発中に水素添加の不均一系反応を実験機で最適化し、これまでと同様に、スケールアップ製造で反応を実機最大撹拌数で反応を実施させたが、全く進行しなかった事例が発生した。本事例を聞いて、「単位体積当たりの撹拌動力一定」で製造実機の撹拌数を計算すると 50 rpm 足りないことが判明した。反応が全く進行しなかった理由が理解できた。予測計算の撹拌数が達成される様に撹拌機の能力を改善すると反応は実験機と同等の結果が得られた。この時初めて、撹拌がスケールアップに於いて重要なファクターであることを思い知った。この時から、撹拌数のスケールアップ予測計算し、医薬品原薬のプロセス開発でのスケールアップ製造に臨むことに決めた。
後で述べるが、スケールアップに伴う撹拌数を予測計算する方法を知れば、実験室で最適化した撹拌数を製造スケールに合せた製造実機への撹拌数を簡単に計算出来るようになる。スケールアップ時の撹拌数が計算出来れば、適格な撹拌数の数字を製造現場に指示出来る。更に、実験機の最適撹拌数から実機に必要な撹拌数が予測でき、スケールアップに必要な反応槽(製造実機)の撹拌能力からが選定できるようになる。また、実機の撹拌能力から実験室での撹拌数のデータ取り範囲を限定でき、反応に最適な撹拌数が実機で再現できるかも知ることが出来る。

 1 一般的なバッチ式実験機と製造実機模式図


一般的なバッチ式実験機と製造実機反応槽の模式図を図 1 に示したが、反応槽並びに撹拌翼の形状が大きく異なり、その寸法比も異なる。この様な形状及び寸法比が異なる実験機と実機との間でプロセス開発を行っても、実験機の反応混合物の物質の流れ、撹拌状態の相似性と反応温度の均一性等を製造実機で再現することは困難となる。このことから、実験機から製造実機へスケールアップする場合、大小の反応槽で幾つかの相似を達成する必要がある。それは、①幾何学的相似性、②メカニズム(原理)の相似性、③熱的相似性、④化学的相似性である。また、②メカニズムの相似性には、①運動学的相似性、②力学的相似性などがある。撹拌スケールアップに於いては、①幾何学的相似性、②運動学的相似性、③力学的相似性を達成する必要があると言われている。また、①幾何学的相似性と②運動学的相似性が達成されれば、③力学的相似性を達成されると言われている。実験機と実機での間で物質の流れ(撹拌状態)を相似させるためには、実験室で幾何学的相似形実験機を用いて撹拌数、流体(溶媒中の反応混合物)の密度・粘度等から実機に合せた撹拌数を予測計算1)しなければならない。しかしながら、完全に物質の流れを等しくすることは困難であるため、撹拌数の計算値を用いて必要に応じて現場で調整することが求められる。実際、自身もプロセス開発を始めたころ、撹拌数のスケールアップ計算方法も知らなかった。製造実機での反応は何時も強撹拌させていたため、問題なく進行していたので撹拌について甘く見ていた。前述で失敗例を示したが、反応槽のスケールアップ基準である①幾何学的相似性、②運動学的相似性を達成させるためには、実験機に製造実機の幾何学的相似形(ミニチュア機)を用い、得られた最適撹拌数を「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定で予測計算することである。

 
これからお話しする内容は、化学工学の素人である筆者が、プロセス研究と製造現場での実地で得た経験と知識を備忘録として、自身が理解している撹拌のスケールアップについてまとめたものです。誤字、意味不明、或いは間違った理解があるかもしれませんが、読んで頂ける方々の参考になれば幸いである。撹拌のスケールアップ計算の詳細については、 web 上で撹拌機メーカー、専門家の先生方が説明されているので参照されたい(撹拌のスケールアップで検索)1)

1)培風館 橋本健治 編著 工業反応装置丸善 改訂四版 化学工学便覧,

     永田進治ら、攪拌強度の表示法について化学機械, 15(2), 59-64 (昭和25)の中で、Walter Buche: V.D.I., 81, 1065 (1937)D.E. Mack and v. W. Uhl, Chem. Eng., 54, 119 (1947)らが、幾何学的に相似な攪拌槽に対しては単位容積当りの所要動力(N3D2)をその基準に取ればよいと言っている。

反応槽の撹拌のスケールアップでは、大小の反応槽で反応液等の組成比が相等しいことは(化学的相似)勿論のこと、以下の三つの相似を満足させなければならない。

(1) 幾何学的相似:実験機(小)と製造実機(大)の間で形状が同一、且つ全ての寸法比が相等しいこと。
(2) 運動学的相似:大小の幾何学的相似形反応槽間に於いて、撹拌による相対応する位置での速度の比と物質の流れが相等しい(幾何学的相似)こと*
(3) 力学的相似:大小の幾何学的相似形反応槽間に於いて、相対応する位置に作用する力の比が相等しいこと。 

大小の幾何学的相似形反応槽間でレイノルズ(Re)数を同じくする時、力学的相似は達成できる1),2)。また、幾何学的相似形反応槽(1)間で、撹拌状態を乱流域(Re>3,000)で操作する限り撹拌レイノルズ数に関係なく動力数(Np:撹拌に関わる動力の無次元数)は一定となり、(2)と(3)の相似が達成される。このことから、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3)一定での撹拌のスケールアップする限り、大小の反応槽の撹拌状態の相似は達成される1)

この Pv (単位体積当たりの撹拌動力)一定の式は、撹拌数のスケールアップ計算に最も大切な計算式であり、この式さえ覚えれば、撹拌のスケールアップは怖くない。

                                         2) 井上ら、撹拌槽の混合特性とスケールアップ化学工学, 34(9), 937-943 (1973)


1.撹拌のスケールアップとは

大小の反応槽間で、同等の中間体・原薬の品質・収率などを確保するためには、反応操作条件を相似させことである。その同等性を達成するためには、工程操作条件の中で撹拌状態と反応温度の均一性、並びに伝熱に関わる時間及び操作時間を相似させることである。操作時間の相似は、熱安定性が確保できれば、担保出来る。撹拌状態の相似は反応の進行等に重要な影響を与えるので重要である。一つの例として、同じ川の中にある大小の水車は、表面近くの川の流れに従いそれぞれ回転しているが、円周の長さが異なるため回転数が異なる(図 2)。

 図 2. 同じ川の流れにある大小の水車


これを反応槽に置き換えると、大小反応槽の撹拌翼の翼径(翼スパン)は反応槽の容量(体積)に合わせて設置されるために異なり、同じ撹拌数(撹拌翼の回転数)で回転させると大きな反応槽の撹拌翼先端速度(翼端の物質の同じ流れの速さ)は速くなる。(図 3)。

図 3. 大小の反応槽の撹拌翼の撹拌(回転)に伴う翼先端と槽壁での流体の移動距離



     撹拌のスケールアップ基準は、
  大小の反応槽が幾何学的相似を達成されていること、
  流体の相性比(物性)が等しいこと、
  撹拌状態が乱流域であること、
  仕込み率が等しいこと、
が確保されている時、以下の計算方法が報告されている。
  撹拌レイノルズ(Re)数一定(力学的相似)、
  フルード(Fr)数一定(力学的相似)、
⑦  単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定(運動学的相似)、
  撹拌翼先端速度一定(運動学的相似)、
  撹拌速度(回転数)一定(運動学的相似)、 

①~④ が達成されている時、大小の反応槽内の撹拌状態は ⑤ 及び ⑥ に依存しない。
採用されることがあるが、スケールアップすると翼先端速度が速くなり、槽全体
として撹拌状態が相似とならない。⑨ 撹拌速度一定では、混合時間一定になるが、反
応槽をスケールアップすると撹拌機も同様に大型化させる必要があり実用的でない。
最も汎用に採用されている撹拌のスケールアップ基準は、 ①~④ を守り、⑦ の「単
位体積当たりの撹拌      動力(Pv)一定」が用いられている。⑦については、我々も
撹拌数のスケールアップに採      用している経験から有用であることを実証してい
る。 

また、反応系には均一(一相)系或いは異相(液-液、固-液、気-液などの二相)
系があるが、これらの撹拌のスケールアップ基準も提案されている。最も採用される
基準は「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定」である。現在の反応槽は、色々の撹
拌翼の形状 ((図 4))が考案され性能が向上していることから、幾何学的相似形反
応器を用い、この Pv 値を実機に適応して製造現場で撹拌数を調整するのが一般的で
す。蛇足となるが、3 枚後退翼(ファウドラー翼、ファウドラー社)が発明されてか
ら、撹拌効率が飛躍したと      聞いている。
   図 4. 現代の撹拌効率を向上させた撹拌翼



     
       今までの経験上、実際の均一反応、二相系反応及び晶析に於いてもミニチュア機で得ら
    れた最適撹拌数を「Pv 一定」でスケールアップ予測計算し製造実機に適用していたが、
      予測計算撹拌数が大きくずれることは無く変更することもなかった。 ただ1回、開発担当から固-液反応(水素添加反応)を実験機の最大撹拌数で実験し、安易に実機の最
       大撹数で運転したが、反応が全く進行しないと報告を受けたことがる。Pv 一定の式で予した結果、実機の撹拌数が足りないこと実証したことがあった。

 

 2. 撹拌の目的
  反応槽内の撹拌目的は、濃度の均一化と物質の移動による反応の促進、異相系反応での    
 固体の分散と接触、液体の粒子化、分散と接触、気体の微細化、分散接触と気液界面席の
 増大などによる反応促進と反応速度の均一化、反応溶液の温度の均一化、並びに加熱・冷
 却(伝熱)の均一化と促進である(図 5)。

 図 5. 反応槽の撹拌と伝熱

 

 撹拌の目的と撹拌による作用について、㈱イプロスはTech Note3) でまとめている。 

 表 1. 撹拌の目的と重要となる撹拌作用

3) 撹拌装置の基本構成:撹拌の基礎知識1 - ものづくり&まちづくり BtoB情報サイト「Tech Note (ipros.jp)

  

3.撹拌のスケールアップは怖くない
 化学工学が分からなくても、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3 一定でスケ
 ルアップすれば、大小の反応槽の撹拌状態を容易に相似させることが出来る。但し、大
 (実験機と製造実機)の反応槽が幾何学的に相似で、仕込み率一定(相似)で、反応液
 化学的組成比一定(相似)で、並びに乱流域での撹拌状態(撹拌状態の相似)が必要で
 る(図 6)。邪魔板(バッフル)付きの反応槽では、容易に撹拌状態を乱流域に持って
 ける。 
 
 図 6. 幾何学的相似形、仕込み率一定でのスケールアップ


 ここで、実機反応槽の撹拌数を計算するためには、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv =
n X d2/3)一定」の式を用いて Pv n1 X d12/3 = n2 X d22/3 で実施する。本計算式は実験機から実機の撹拌数の予想、或いは実機の最大撹拌数から反応に必要な撹拌数が実機で稼働可能かの確認と実機の選定にも役立つ。 に、反応槽容量 V L)と槽径 D m)、撹拌翼径 d m)及びd2/3 値の関係、並びに Pv 一定で計算した撹拌数(rpm)を例として示しす。

 2. 反応槽容量(体積)に対する撹拌翼径 d  d2/3 の長さと撹拌数のスケールアップ値

  但し、スケールアップ後の撹拌数(rpm)は、撹拌 50 L 反応槽の撹拌数を 150 rpm と仮
  定して行っている。また、d2/3/d 比は メートル(m)で計算している。 
  撹拌のスケールアップに於いては、化学工学的にレイノルズ数(Re)と動力数(Np)が問題となるが、邪魔板付の幾何学的相似形反応槽を用い、仕込み率一定、溶液の組成比一定及び乱流域での撹拌する時、レイノルズ数(Re)が3,000 を超えると動力数(Np)が一定となる(図 7)。邪魔板(バッフル)は原薬の合成反応に用いられる製造現場の殆どの反応槽(GL, SUS製)に設置される。殆どの原薬の反応条件下では、反応溶液は低粘度で組成比が等しく撹拌状態が乱流域で実施されている。

図 7. Rushton4) のプロペラ翼に対する撹拌動力線の相関図5)

                                                                      4) J. H. Rushton, et al., Chem. Eng. Prog., 46(9), 457-475 (1950)
                            5) 加藤ら、C307種々の撹拌翼の所要動力の相関 SCEJ 74th Annual Meeting (Yokohama, 2009)


        以上のことから、撹拌数のスケールアップは、幾何学的相似形反応槽間でのスケール
        アップ、幾つかの相似を達成する必要があるが、本式を用いて計算すれば怖くない。

「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3)一定」 の式を覚えよう。
スケールアップ後の撹拌数は、n2 = n1 X d12/3/d22/3 の式で計算できる。

d1 及び n1 は幾何学的相似形実験機の、 d2 及び n2 は製造実機の撹拌翼径及び撹拌数)

 

4. 撹拌数のスケールアップに於ける幾つかの相似につい
    医薬品原薬・中間体製造に於ける撹拌のスケールアップは悩ましい問題ではあるが、殆
    の反応(均一系)に於いて図 8a の方法で撹拌状態(溶液の流)をアバウトに製造現場へ
    指示してもスケールアップ製造に成功していた。それは、実機の最大撹拌数近くで運転
    し、感覚的に、経験的に撹拌状態を見た目で判断して乱流域(状態)で撹拌していた、或
    いは撹拌条件が反応に対してクリティカル因子でなかったためと考えている。原薬のプロ
    セス開発に於けるスケールアップの基本は幾何学的相似実験機を用いて実施することと考
    えている(図 8b)。

    図 8. 実験機から実機へのスケールアップ方法


     撹拌数のスケールアップを「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = N X d2/3 一定」で実施
     するが、幾つかの相似を達成させる必要がある。それを達成させるためには、

(1)実験機は製造現場実機の幾何学的相似形でなければならない。
   大小の幾何学的相似反応槽内の相等しい位置(点)での運動学的及び力学的相似は達成
   できるが(図 9b)、異形反応槽或いは異なった仕込み率でのスケールアップ(図 9a)は
   撹拌による流体の流れ方、力の加わり方の相似を達成できない。このことから、「単位
   体積当たりの撹拌動力(Pv)一定」での撹拌数のスケールアップでは、幾何学的相似形
   実験機を用いなければならない。 

   実験室でのプロセス開発のスケールダウンシミュレーション時には、使用予定の幾何学
   的相似形反応器(ミニチュア機)を用いて工程操作条件(撹拌数など)を検証すべきで
   ある。 

   図 9. Pv 一定のスケールアップには、幾何学的相似形反応器が必要



     大小反応槽で幾何学的相似を達成させることとは、製造スケールに合わせて使用予定の製造実機反応槽及び全ての付帯装置(撹拌翼・バッフル)の形状を同じとし、全ての寸法比 d1/d2 =D1/D2 = H1/H2 = L1/L2 = a1/a2 = b1/b2 = c1/cE1/E等を一定にスケールダウンさせたミニチュア機(幾何学的相似反応器)のことである。この時、仕込み率も同じにしなければならない(図 10)。

 10. 製造実機の幾何学的相似形反応器の設計


(2)運動学的及び力学的相似大小反応槽の運動学的及び力学的相似は、
  幾何学的相似反応槽で、同じ仕込み率で、  
  反応等の溶液組成(濃度、比重、粘度など)が等しい時、流体(物質)の流れが相似し、並びに撹拌が乱流状態であれば動力数(Np)が一定(図 2)となり達成される1),2)。このことから、幾何学的相似形の大小の反応槽を「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一 定」で撹拌する時、それぞれの槽内流体の相等しい位置で同じ力の同じ流れの流路が出来る(図 11)。従って、プロセス開発のスケールアップに於いては、製造実機の幾何学的相似形実験機(ミニチュア機)を用いたデータ取りが最も重要となる。撹拌状態に依存する反応(例えば、固-液反応など)では、より強い撹拌力で固体を浮遊分散させる必要があるが、「単位体積当たりの撹拌所要動力(Pv = n X d2/3)一定」で計算し実機に適応して、反応状況から判断して撹拌数を調整することで対応できる。

 11. 幾何学的相似形では、流体の流れが相等しくなる


 この様に、幾つかの相似を達成させる必要があるが、撹拌状態が乱流域であれば流体の
 撹拌レイノルズ(Re)数、フールド(Fr)数を考えなくても、「単位体積当たりの撹拌
 所要動力(Pv = n X d2/3)一定」で実施すれば大小の反応槽の撹拌状態を相似させるこ
 とができる2),6)

 では、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3)一定」とは、

 撹拌に関わる所要動力P)は、仕事/時間 X距離/時間 速度 なので、 X
    さ 回転数n : rps (or rpm))と置き換えられる。よって、Pv は 力 X長さ 回転数/
 V となる。撹拌により生じる流れの力は大小の反応槽で等しく(一定)する必要がある
 ので、単位時間当たりの流体(物質)の移動距離(速度)を一定にすれば良いことにな
 る。流れの速さは、長さ 回転数であり、撹拌翼の回転により発生する吐出力に依存す
 ることから、長さとして撹拌翼長(d = 2r)を用いて計算する。
 
 例えば、大小の反応槽の翼先端速度(翼径:d)を等しくするには、
 
2pr1 X n1 = 2pr2 X n2 は、pd1 X n1 = pd2 X n2 となり、d1 X n1 = d2 X n2 となる。
  (2pr = pdp = 円周率(定数))

 ここで、大小の幾何学的相似形反応槽を代表する撹拌速度(物質の単位時間当たりの移
 動距離)を等しくするためには、それぞれの反応槽の撹拌翼を代表する位置(d’)に撹拌
 数を掛ければ良いことになる。従って、円周長 pd’ の代わりに撹拌翼径長 2/3乗した
 値(d2/3 = pd’)を代表長として回転数(n)(rps (又は、rpm))を掛けると d2/3 X
  n  の式となる。従って、大小反応槽で d2/3 X n一定にすれば、大小反応槽を代表する相
 等しい位置での撹拌速度が等しくなる(図 13、表 2)。この様に、考え方としては幾つ
 かの相似を達成させなければならないが、。
 
 実機反応槽の撹拌数は、

  d12/3 X n1 = d22/3 X n2 は、n2 = d12/3 X n1/d22/3 で計算できる。

 これは、化学工学での撹拌のスケールアップ基準である「単位体積当たりの撹拌動力
 (Pv = n X d2/3)一定」の式と等しくなる。図 2、同じ流れにある水車の様に、実機の撹
 拌数 n は翼径 d がスケールに比例して長くなることから小さくて良いことになる。この
 時、d2/3 は、撹拌の吐出力に関わる撹拌翼径の長さ d を用いて代表する長さとして採用
 している(図 12)。 

  図 12. 反応槽内での代表する撹拌速度と代表長(距離)

 次に、実機反応槽(大型槽)はミニチュア機(幾何学的相似形小型槽)の集合体と考
 えると、ミニチュア機の撹拌動力の集合体となる。ミニチュア機当たりの撹拌動力を等
 しくすれば良いことになるので、実機(1,000 L の場合)の撹拌動力はミニチュア機 (1.0
 L の場合)の撹拌所要動力に容積比(1,000 L/1 L)を掛けた値となる(図 13大小反応
 槽の撹拌動力はP1 = P2/容積比(1,000/1)の式が成り立ち、P1/1 = P2/1,000 一定となる
 (添え字の1は実験機、は製造実機の数値を表す)。これは、「単位体積当たりの撹拌
 動力(Pv = P1/V1 = P2/V2)」一定の式と同じになる。

 図 13. 実機はミニチュア機の集合体


では、化学工学的に「単位体積当たりの撹拌(所要)動力(Pv)」をどう計算すればよいのか?

 化学工学的な撹拌数のスケールアップ計算は、撹拌(所要)動力(P)は P = Np X ρ X 
 n3 X dの式で実施できる(Np 動力数(無次元数)、密度、撹拌(回転)数、d : 
 撹拌翼径)。また、大小の反応槽の「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)」は、同様に撹
 拌所要動力/容積なので、P1/V1 = P2/V2(一定)となる(図 14)。この時、大小の反応
 槽が邪魔板付き幾何学的相似形で、仕込み量一定(相似)で、反応等に用いる溶液の組
 成比(rが同じ(相似)で、乱流域(Re > 3,000)で撹拌されていれば動力数(Np)は
 一定(相似)となるので、運動学的及び力学的な相似が成り立つ(図 7)。従って、大
 小の反応槽が幾何学的相似であれば相等しい位置(点)での流れ及び掛かる力が等しく
 なる(大小の反応槽の動力数はNp1 = Np)。
 
 「単位体積当たりの撹拌(所要)動力」の計算式は、Pv = P1/V1 = P2/V2
  撹拌(所要)動力(P)は P = Np X ρ X n3 X d5r は密度で一定なので、
   Pv = Np1 X ρ X n13 X d15/V1 = Np2 X ρ X n23 X d25/V2
      = n13 X d15/V1 = n23 X d25/V2 となる。

 幾何学的相似形反応槽を用いるスケールアップでは、翼径 d も比例して拡大するので、 
 大小の反応槽の容量(体積)は翼径(d)を一辺とする体積(容量) d3 と比例関係(図 
 14)にある。

 図 14. 大小の幾何学的相似形反応槽の容量(体積) V は、翼径 d を一辺とする立方体
 (d3)体積と比例する。

  従って、小型機の体積は V d13 及び大型機の体積は V d23(但し、d:撹拌翼
 径(直径))の関係となる。ここで、比例関係にあるそれぞれの体積(V)をd1及び 
 d23 で置き換える(近似させる)と、スケールアップ前後の Pv = n13 X d15/V1 = n23 X 
 d25/Vは、n13 X d15/d1= n23 X d25/d2となり、

 Pv = n3 X d5/dは、 n3 X d2 となり、n X d2/3 となる。
 従って、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3)一定」の計算式となる。
n:撹拌数(rpm or rps)、d:撹拌翼径(翼スパン又は、槽内径)(m)) 

 このことから、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定」n1 X d12/3 = n2 X d22/3 の式
 を用いると、実機撹拌数(n2)は次の式

n2 = n1 X d12/3/d22/3 で計算できる。

   (n1:ミニチュア機の撹拌数(rpm)、n2:製造実機の撹拌数(rpm)、d1:ミニチュア機翼径又は槽内径(m)、d2:実機の槽径又は槽内径(m)) 

 ミニチュア実験機の撹拌数(n1)と撹拌翼径(d1)及び実機の撹拌翼径(d2:設計図に記
 載)が分かれば、スケールアップ撹拌数(実機撹拌数(n2))が計算できる(但し、
 幾何学的、力学的、運動学的相似が達成されている時)。この式は実機の反応槽撹拌
 機の能力選定に、また、逆に実験機で用いることのできる最大回転数の計算にも利用
 できる。

Pv = n X d2/3 一定の式を覚えると撹拌のスケールアップは怖くない。

 ここで、教科書的な Pv = n X d2/3 計算では d に撹拌翼径(翼スパン)を用いている
 が、筆者らは翼径/槽径比が 85% 以上の時は d に槽内径(D)を用いている。 但し、そ
 の比が 85% 以下の場合は、計算方法をそのままにして実機で撹拌数を下げることを薦
 めている。 

(3)仕込み率一定
 仕込み率一定でないと幾何学的相似形槽を用いても、撹拌により発生する物体の流
 れ、掛かる力も異なってくる(図 15)。 

 15. 幾何学的相似形槽であっても仕込み率が違えば、撹拌で生じる流れ、掛かる力が異なる。

 

撹拌のスケールアップの内容については、
2)培風館 橋本健治 編著 工業反応装置丸善 改訂四版 化学工学便覧,
永田進治ら、攪拌強度の表示法について化学機械, 15(2), 59-64 (昭和25)の中で、Walter Buche: V.D.I., 81, 
1065 (1937)D.E. Mack and v. W. Uhl, Chem. Eng., 54, 119 (1947)らが、幾何学的に相似な攪拌槽に対しては単
位容積当りの所要動力(N3D2)をその基準に取ればよいと言っている。
6)合葉修一、撹拌液のフローパターンに関する  23の問題、化学工学, 26(8), 943-947 (1962), web上では、㈱神
鋼環境ソリューション住友重機械プロセス機器株式会社の撹拌講座等を参照のこと。                  



5.では、バッチプロセスで大切な撹拌とは?  
 既に述べたが、撹拌は反応槽内に均一な循環流を発生させ、反応溶媒に仕込む固体(粉
 体)、或いは液体等の混合物を均一に希釈・溶解・乳化・分散・反応・伝熱(加熱・冷
 却)・気体分散させ、異相からの抽出などの操作を効率良く起こさせる操作である
 (図 17)。しかしながら、大小反応槽が幾何学的相似形であっても撹拌状態が異なれ
 ば、混合時間・均一性に差が生まれる。邪魔板が無い槽では、撹拌により浮遊体は軸付
 近に集まるが、撹拌翼を偏心させると槽内で乱流が発生し、より分散する(図 16

  16 反応槽の撹拌と温度分布(冷却時)、撹拌による反応槽の可視化流動状態


7) Aldrich chemistry ChemFiles, Vol. 9, No.4, マイクロリアクターより加工
8) 井口 学ら、機械式偏心撹拌による低密度粒子の円筒浴内への分散効果、Tetsu-to-Hagane, Vol.88 (2002) No.1,
 
(1)撹拌は医薬品原薬・中間体の工程操作に影響を与える。
  ① 反応混合液の撹拌:反応の進行、反応速度、反応温度分布、混合物分布、熱の蓄積・ 
    分散による異常反応・反応の暴走、並びに目的物の品質等に影響(混合液:均一系、
            二相系(液-液、液-固)、三相系(液--気体)等に影響
  ② 反応停止時の撹拌:中和熱の分散・分布、反応停止時間、並びに品質等に影響
 抽出操作の撹拌:抽出効率、抽出時間、並びに収量等に影響
 晶析液の撹拌:結晶サイズ(粒度分布)・不純物プロファイル、不純物量等へ影響
 結晶の洗浄撹拌・発汗洗浄混合物: 付着・取込み不純物の精製効果、撹拌洗浄効果等
            に影響
 
  バッチ式反応槽で撹拌が重要なことは、槽内で乱流を発生させ均一な混合状態を確保す
  ることである。反応槽に邪魔板(バッフル)が付属していれば同じ撹拌速度でも乱流が発生しやすくなる(図17)。

 図 17. 撹拌による槽内混合状態


  以上の様に、撹拌操作(反応、抽出及び晶析等)は重要な因子(クリティカルパラメー
  タ)である。実験室と製造現場で撹拌状態が異なれば、反応速度、晶析の結晶サイズな
  どの均一性に差が生じ、実験室で得られた中間体・原薬の品質、収率並びに不純物プロ
  ファイル等を製造現場で再現することが困難となる。 

(2)反応時の撹拌の役割とは
  1)医薬品中間体・原薬の製造反応:
① 均一系反応では、撹拌は混合された反応に寄与する分子(原料、試薬等)を均一に
  分散・衝 突させて反応を促進し、目的物の品質・収量を安定化させるために重要
     な役割を担っている。撹拌数はクリティカルパラメータである。
② 不均一系反応では、撹拌は、固-液系、液-液系、気-液系などの不均一(異相)系を均一に分散させ原料と試薬等の衝突を均一に促進させ、反応を安定的に進行させるために重要である。この系では、反応を進行させるためにある撹拌数以上が必要となり、反応促進に重大な影響を与える。このことから、撹拌数はクリティカルパラメータとなる。
  2)反応系内の反応温度の均一化:
① 発生する反応熱・低温反応・高温(恒温)反応の撹拌は、反応熱、或いは外部から与える加 熱・冷却熱を均一に分散させ反応系内外へ効率良く伝え、反応温度を均一にさせることにより反応速度を安定化させる。しかしながら、撹拌が行われていても冷却時バッチ式反応槽では中心部と槽壁側との間に溶液の滞留時間差が生じるため槽内の溶液温度は真に均一になっていない。このことから、撹拌速度を上げ、撹拌効率を高め反応液温度をより均一にする必要がある(図177)。撹拌数はクリティカルパラメータとなる。
      撹拌による反応槽中の浮遊体による流れの分布は、邪魔板が無い場合4)は撹拌翼の
                  軸付近に集まっているが、邪魔板がある場合は槽内で乱流が生じ均一性に近い流
                  れが確保される(図 17b, 18)。
               反応槽内の温度をより均一にするためには撹拌状態を乱流域に高め、溶液の滞留
                   時間を短くすることが必要となる。

 図 18 反応槽の撹拌と温度分布(冷却時)、撹拌による反応槽の流動状態10)

10) 鈴川一己化学工業における「流れの制御とものづくり」-撹拌槽を中心として-流れ, 20044月号


(3)撹拌数と反応速度
化学反応に於いて、遅い反応では化学反応が支配的となり力学的な考察は無視できる
が、迅速反応では反応体の拡散速度が支配的となり力学的支配で進行すると言われてい11)また、山口らは12)、下記表 3 に示す様に、撹拌を必要とせず撹拌数(=撹拌速度)に影響されない反応速度を持つ反応(A-a)、一定の撹拌数に達しないと進行しない反応(列)、撹拌速度により異なる反応速度を示す反応(A-a 以外の反応)がある 9)。このことからも、プロセス開発時に、反応がどの撹拌数(速度)の時に、どの様な発熱で、どの様な反応速度で、どの様な品質で、並びにどの様な収量で進行しするかを見極めておく必要がある。撹拌数に影響されない反応ではスケールアップに際して同等の撹拌状態を厳密に再現する必要はないが、撹拌数が反応速度に影響を与える反応では実験機で得られた撹拌状態(撹拌速度(数))を製造実機で相似させなければならない。
 
 表 3 撹拌速度による総括反応速度の変化


反応が開始する撹拌数(速度)(次項  1

A:撹拌しなくてもある程度反応が進む場合(均一系)

B:撹拌しないと反応速度がほぼ零である場合(2相系)

C:撹拌のある強さまでは反応速度が零である場合(2相系、水添反応)

撹拌数(速度)の上昇に伴う反応速度の変化によって、およそ次の 6 種に分類される。

a. 反応速度が撹拌速度によって変化しない場合

b. 撹拌速度の上昇に伴なう反応速度の増加割合(と表わす)が撹拌速度とともに増加する場合

c. p の値が撹拌速度によって変わらない場合

d. p の値が撹拌速度とともに次第に減少する場合

e. b→d→aへ移る場合

f. c→d→aへ移る場合


11) 大竹伝雄、反応装置のパイロツトプラント、化学工学 30(8), 678-681 (1966), 

12) 山口 厳、総説 異相系液相反応操作における撹拌の効果、化学工学, 26(5), 595-607 (1962) 


(4)撹拌状態はプロセスに影響する。製造現場の製造設備・機器を用いるスケールアップ製造には、以下の二つの考え方がある。

1) マルチパーパス設備を用いてプロセスを開発する方法
2) 専用設計設備を使用してプロセスを開発する方法

一般的に医薬品原薬の製造では、製造量が比較的少量であるため、プロセスに応じた操作条件(撹拌数等)を柔軟に設定できるマルチパーパス設備を使用することが多い。マルチパーパスの製造現場で実機反応槽の選定と撹拌状態を再現するためには、実験室で予定製造量から使用する製造実機(反応槽等)の性能・能力を把握すること、並びにその幾何学的相似形実験機(ミニチュア機)を用いたスケールダウンシ実験(ミュレーション)が重要となる。幾何学相似形実験機が無い場合は、その設計・作製が必要となる。専用設備では、安定して高品質の製品を製造するために個々の製品の標準操作法の全ての最適化条件(パラメータ)を再現できるように設計されている。このことから、製品が年間を通じて大量に必要な場合は、クリティカルパラメータ等を容易に再現できる専用設計製作された設備が有利となる。化学反応に於いて、大小の二つの相似反応装置で化学的に相似させるためには、対応する反応液中の濃度・温度(撹拌状態)が相似(均一)でなければならない。それには物質、熱 および運動量の移動を伴うことから、反応状態を化学的相似させるためには幾何学的、運動学的、力学的、熱的にも相似を保つ必要がある5)。しかしながら、経験的、実験的に、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3)一定」の式は、幾何学的相似条件及び乱流域での撹拌状態を保てば反応槽のサイズに関係なく適用でき、製造実機の撹拌動力を予測するのに利用されている13),14)

        13) 合葉修一、撹拌液のフローパターンに関する23の問題、化学工学, 26(8), 943-947 (1962),
           永田流体混合操作の展望化学工学, 26(8), 939-942 (1962),
        14) 永田進治ら攪拌強度の表示法について、化学機械, 15(2), 56-64 (昭和
26)



 6.バッチ式反応槽で撹拌が大切な操作15)
           バッチ式反応槽では、異なった反応系(均一系・不均一系)、並びに工程操作である溶
       解・反応・伝熱・抽出・濃縮・晶析等に最適な撹拌動力(撹拌数)を必要としている。

   (1)均一系反応(一相系)では、
 均一系反応の場合、撹拌はスケールアップ前後で撹拌状態を「単位体積当たりの撹
 拌動力一定」で相似させることにより反応速度・品質・収率・不純物プロファイル 
 等を同等にさせることが出来る。しかしながら、一般的な医薬品中間体・原薬製造
 実機を用いる製造では殆ど乱流域(図 10)で操作していれば、撹拌状態に極端な差
 がない限り撹拌数の違いは殆ど反応等に影響しないと考えられる。

2)液-液或いは固-液不均一系(二相系)反応では混じらない液-液の撹拌は、液-
 滴を作りその径を微小にすることで表面積を大きくし、分子間の衝突効率を上げ反
 応を促進させる。固-液系の二相反応では、撹拌は固体の浮遊と溶解した分子とを
 効率よく衝突させる必要がある。従って、この系のスケールアップでは、撹拌は反
 応を促進するためにある一定以上の撹拌効果を必要としクリティカルファクターで
 ある。撹拌効果を上げるためには、撹拌数を上げる、撹拌翼の形状を変える、並び
 に反応缶に邪魔板を入れ乱流を創りだす必要がある。
3)表面ガス吸収に対するスケールアップ(加圧水素転移反応)では、-液二相反
 応である水素添加反応での撹拌は、大小の反応槽で反応溶液の撹拌と液体表面の撹
 拌状態(泡立ち・流)を相似させガス吸収を一定にさせなければならない。「単
 体積当たりの撹拌動力(Pv)値より少ない動力、並びに固-液二相系反応と同様にP
 v以上の撹拌効果が必要となる。
(4)通気撹拌に対するスケールアップ(通気水素添加反応)では、不均一系反応と
 同様に考え、ガスの泡を微小にすることで表面積を大きくし溶液に溶解状態を一定
 にするために撹拌状態一定にする必要がある。通気水素添加反応では固-気―液三
 相反応であり、一定以上の撹拌動力(効率)が必要となる。撹拌数は優先される
 べきクリティカルパラメーターである。
 (5)抽出における撹拌では、
  液-液系の二相反応同様に、抽出でも撹拌により液・滴を作りその径をより小さくし
 表面積を大きくすることにより抽出効率を向上させる必要がある。しかし、その径
 を微細にしすぎるとエマルジョン化する可能性が高まり、相分離が困難となること
 があるので注意が必要である。
(6)濃縮時の撹拌では、
  濃縮時の撹拌は、蒸発に必要な液表面積を広くし濃縮時間の短縮と、濃縮液内部か
 ら発生する泡を微細化し突沸の防止等に役立つ。しかしながら、撹拌速度が速いと
 発泡が激しくなる可能性があるので、濃縮初期は注意が必要な操作である。
(7)反応槽の加熱・冷却時の撹拌では、
  ある反応温度が必要な場合、撹拌は撹拌槽のジャケットから熱を反応液へ伝えられ
 た温度を均一化させるために重要である。反応温度が反応液で不均一になれば異常
 反応等が起こる可能性が出てくる。また、撹拌には直接関係ないが、反応槽の容積
 が10倍に増えても伝熱面積は 0.46 倍程度にしか増えないため、スケールアップ後
 の冷却・加熱に時間が掛かる。このことから、スケールアップ後の所定温度への加
 熱・冷却時間と反応状態の関係を実験室で把握しておく必要がある。
 
 反応・抽出晶析等の撹拌操作に必要な条件は異なるが、上記の全ての操作の撹拌数
は、幾何学的相似形実験機(ミニチュア機)を用いて最適撹拌数を決定し、サイズに
合せPv 定」で予測計算し実機に適用させる。



7.反応槽中で流体の撹拌効果を上げる方法同一の撹拌翼(形状)を用いる時、反
槽内の流体の撹拌効果を上げる方法は撹拌数(流れの量)の増加と共に、撹拌翼の形状と設置位置の変更、並びに邪魔板(バッフル)の設置を行うことである9)(図 19c)撹拌が偏心した場合はより全体に広がり易くなるが、この様な撹拌軸を偏心させて設置した反応槽を見た経験がない。邪魔板が設置されている反応槽では、撹拌により乱流が生じやすく撹拌状態を容易に乱流域へ達成させ易い(図 19)。

 19. 邪魔板が無い場合とある場合の撹拌状況8),9),10),15)  


一般的な医薬品原薬製造に用いられる反応槽には、バッフルが設置されており容易に乱流域で撹拌出来るように設計されている。 

撹拌効果を上げるためには、撹拌翼及びバッフルの形状、サイズ及び設置位置(高さ)が重要となる。

現在の反応槽は、製造メーカーが効率の良い撹拌翼形状(図 4)、最適なサイズ、位置を設計しているので、撹拌が問題になることはまず無い。実機設計時の撹拌機の性能・能力に余裕を持たせた設計(但し、性能を上げるとコストに響く)にすることが大切である。また、反応槽を新たに設置する場合はメーカーに依頼すると幾何学的相似形実験機(反応槽及び撹拌翼のミニチュア版)を作製してくれる。既に設置されている反応槽に対しては、自ら幾何学的相似形実験機(ミニチュア機)を設計し、作製してくれるガラス加工メーカーを探して依頼しなければならない。


8.医薬品製造実機に用いられている撹拌翼とその性質
 医薬品原薬の製造に用いられている反応槽の一般的な撹拌翼の形状を表 に示す。最近、撹拌効率を上げるように設計されている撹拌翼が各社から発表されているが、表 撹拌翼が現在でもスタンダードである。

表 4 医薬品製造に用いられる一般的な撹拌翼の形状16) 



9.バッチ式反応槽における撹拌のスケールアップ基準
幾何学的相似形装置を用いる撹拌のスケールアップについては、「単位体積当たりの撹動力(Pv)一定で実施すれば怖くないことを述べたが、他にも幾つかの方法がある。それぞれに長所と欠点がある様である。装置サイズの大小に関わらずPv(単位体積当たりの撹拌動力)一定」を用いれば同一の撹拌状態(効果)が期待できる場合が多いことは、すでに述べている。図 20 に示す様に、Pv 一定よる撹拌所要動力に比べフルード数(Fr一定では少し大きくなり、翼先端速度一定では小さくなる。このことから、Pv = n X d2/3 でスケールアップすることが推奨されている。
 
 図 20. 撹拌動力と反応容量(体積)の関係
17)


Pv = n X d2/3 一定の式は、経験的に均一系及び二相系(固-液、液-液並びに気-液系)関する多数の実験により確かめられ報告されている7)。我々も、スケールアップ時にPv 一定」で撹拌数の予測計算を実施し、実機に適用することでスケールアップ製造に成功している。
 
17) 反応装置工学「スケールアップ」(新潟大・三上貴司令和4年1月1日改訂版より変更
参考文献:培風館 橋本健治 編著 工業反応装置、丸善 改訂四版 化学工学便覧

(1)撹拌レイノルズ(Re)数及びフルード(Fr)数一定
 撹拌レイノルズ数は18)流れの粘性力と慣性力の比を表す無次元数で、Re = rnd2/
 mで定義される(代表長さ(撹拌翼径)を d、撹拌数を n流体の密度を r、粘度
 を とする)。溶液の流れは撹拌槽の形状が幾何学的に相似でレイノルズ数が等し
 い時、力学的に相似となる(レイノルズ(Re)の相似則)フールド数(Fr)とは
 次元数であり、渦流の寸法や形状を相似にする考え方で重力の作用が支配的な流体
 現象に用いられるが、邪魔板が無い場合に相当する。バッチ式反応槽は邪魔板が設
 置されているので実際的でない。フルード数は Fr = n2d/g で定義される代表長さ
 (撹拌翼径)を d、撹拌数を n重力加速度を g とする)。動力数(Np)は、撹拌
 所要動力(P)を無次元化したものであり、撹拌機が持つ固有値的なものである。
 動力数は、幾何学的相似形反応槽(撹拌翼およびバッフルの大きさや形状、液量が
 同じ)で、乱流域での撹拌状態であれば動力数は一定値となり、所要動力は、P = N
 prn3d5 で定義される。
  しかしながら、医薬品製造では、邪魔板(バッフル)を有する反応槽(実機)並び
 に反応溶液として粘性の非常に低い溶媒を用い、殆どの製造操作に係る撹拌は乱流
 域で実施している。Rushton16)の撹拌動力線の相関図(図 21)に示される様に、
 流域(Re > 3,000)ではレイノルズ数に関係なく撹拌動力数(Np)は一定となって
 いる19),20

 21. 撹拌の動力数Npと撹拌レイノルズ数 Re との相関図20)、バッフル(邪魔板)効果


18) 機械工学辞典
19) J. H. Rushton, et al., Chem. Eng. Prog., 46(9), 457-475 (1950),
20) 社団法人化学工学協会編「化学工学便覧第6版」丸善(つぼみ工業㈱改変版)


(2)撹拌(回転)数一定
 撹拌数一定でスケールアップする場合は、スケールアップに伴い反応槽が大きくな
 り付随する撹拌翼の翼径と軸・翼幅、並びに反応等に用いられる溶媒の体積が大き
 くなる。従って、撹拌数一定でのスケールアップでは、撹拌抵抗が増加し、更に大
 きな撹拌機が必要となる。スケールアップに伴う撹拌数の変化は、邪魔板を有する
 幾何学的相似形反応槽を乱流域で運転する時、撹拌液量(仕込容量)と単位体積当
 たりの撹拌動力の関係を表した図 22 となる18) 。撹拌数一定では、1000 倍スケー
 ルアップ時の撹拌動力は100 kW/m3となり、膨大なエネルギーが必要となり非常識
 な値となる。


図 22. スケールアップ前後での撹拌数と単位体積当たりの撹拌動力(Pv21)




21) 住友重機械プロセス機器株式会社の撹拌講座,www.shi-pe.shi.co.jp/technology/mixing-lecture/009/index.html


井上ら22)は、撹拌操作で重要な循環時間分布及び滞留時間分布は、幾何学的相似装置を用いる限り、完全乱流域では撹拌レイノルズ数に依存しないと言っている。

22) 井上ら、撹拌槽の混合特性とスケールアップ化学工学, 34(9), 937-943 (1973)


(3)単位体積(容量V)当たりの撹拌動力(PvP/V))一定)
既に述べた様に、Pv = n X d2/3 一定でスケールアップする場合は、単位体積に加えられる動力がスケールに関わらず同じであるためスケールアップの基準となり、多くの研究者の実験と経験上からも証明されている。しかしながら、反応系には均一系と不均一系(二相系)があり、Pv = n X d2/3 では全ての反応系に適応できない場合がある。以下の様に、反応系に合わせた Pv のスケールアップ基準が提案されている。
 
均一系反応* n X d2/3 (0.67) Pv 一定)
-液系反応* n X d0.85 (固体を浮遊させるために、Pv値を高く取る必要がある)
-液系反応* n X d1/2 (0.5)  (気液界面から気体を溶解せせるために表面の渦を壊さないために Pv 値を抑える必用がある)

工学便覧参照
 
  表 5 に示す様に、反応系(均一系、不均一系)のスケールアップ基準に従い撹拌数
    を計算したが、n X d2/3 n X d1/2 などで計算した撹拌数は殆ど差がない。このこ
    とからも、Pv = n X d2/3 で計算したスケールアップ撹拌数を実機に適応して、反応
    状態を確認しながら製造現場で調整することを推奨する。
 
 表 5. 各反応系の翼径の代表長 d2/3, d1/2及び d0/85 での Pv 一定での撹拌数



  (4)翼先端(翼周)速度一定
   微粒子の分散等、高いせん断力を要する分野では、よく用いられている方法(翼先
   端速度 = n X d)ある。図 14 で示した様に、翼先端速度一定でのスケールアップで
   は「単位体積当たりの撹拌動力Pv 値」が小さくなる。このことから、撹拌のスケー
   ルアップは Pv (= n X d2/3) 一定を採用し、製造実機で調整する方法が推奨されてい
   る。
     (5)撹拌のスケールアップ基準
       バッチ式各反応槽の撹拌のスケールアップは、大小の反応槽、仕込み率を相似さ
            せ、乱流域で拌する時、Pv = n X d2/3 一定で実施できる。反応形式が均一系、異
            相系(固-液系、気-液系)であっても、(3) 単位体積(容量: V)当たりの撹拌動力
            (Pv= P/V))一定)で示したそれぞれの Pv 計算式(-液系* n X d0.85-
             液* n X d1/2 (0.5)を用いてもよいが、報告されている実験結果及び経験から
             Pv = n X d2/3 を採用してスケールアップ計算し、製造実機で調整する方法が推奨さ
             れている。
 

 
10製造実機からの撹拌スケールダウンシミュレーションの実施
        スケールアップ前後の反応槽内での撹拌状態を相似させるためには、「単位体積当たり
  の撹拌動力(Pv)を一定」を採用するに当たり、幾何学的相似形実験機を用いたスケール
  ダウンシミュレーションで行うことである。また、このシミュレーションはスケールに合
  せた撹拌数並びに各操作時間を製造設備・機器の能力から予測計算し行われるべきであ
  る。この時、予測操作時間に一定の余裕をもって設定すべきです。このシミュレーション
  により中間体・原薬の期待する品質が確保、保証できればスケールアップは怖くない。

     撹拌数のデータ取りは原薬製造条件下(乱流域)で以下の条件を守って実施
 (1)実験室では、製造現場で使用予定の反応槽(製造実機)内の全ての寸法をスケールダウンした幾何学的相似形実験機(ミニチュア機)を採用する。幾何学的実験機とは、大小の反応容器の d1/d2 =D1/D2 = L1/L2 = a1/a2= b1/b2 = C1/C2 = E1/E2 等の全ての寸法比を合わせ、スケールダウンした実験機のことである(図 23a)) 23b) には2 L1000 L反応缶の幾何学的相似形装置の実寸を示す。

  図 23. 幾何学的相似形でスケールダウンした反応装置
a) 幾何学的相似形反応槽

b) 幾何学的相似形反応槽の実寸



(2)実験室のデータ取りは、スケールダウンシミュレーションとしてスケールアップ前後の反応槽の仕込容積率(溶液高比:h1/h2=D1/D2)を一定とする(図 24)。

24. 反応槽に対する仕込み容量比(容積率)の相似


(3)実験室で得られた撹拌数から Pv(=単位体積あたりの撹拌動力)一定」でス
  ケールアップに必要な予測計算し、採用し、実機にする。
  (但し、スケールアップ時に実機で必要に応じて可変速を加え、撹拌数の調整を
  行う場合がある)


11. Pv(単位体積あたりの撹拌動力)一定によるスケールアップ後の撹拌数の計算
 例えば、幾何学的相似形のミニチュア機(2 L)の翼径(或は、内径)を 0.12 m
撹拌数 270rpmで反応させていた場合、実機反応缶(2500 L)へのスケールアップ時
の撹拌は翼径が 1.5 m とすると(図 25)、Pv 一定の式から実機の撹拌数は 50 rpm
必要と計算される。

25. 幾何学的相似形反応槽の撹拌スケールアップ


ミニチュア機: n1=270 rpm, D1=0.12 m、製造実機: n2=?, D2=1.5 m

     Pv = n1 X D12/3 = n2 X D22/3
270 rpm X 0.12 m2/3 ミニチュア機) = n2 X 1.5 m2/3 (実機)   
n2(実機撹拌数) = 270 rpm X 0.12 m2/3/1.5 m2/3 = 50 rpm

下図の計算シートを作成しておくと、撹拌数のスケールアップ及びスケールダウン計算が容易にできるので、作成しておくことを推奨する(図 26)。

26.Pv 一定」の式で作成したスケールアップ・ダウン後の撹拌数計算シート例23)


23) 自作未発表計算シート



2.実験室から製造実機へのスケールアップ例
 
事例 1. 晶析時の撹拌スケールアップ、実験室から商業生産へ
27 に示す様に、実験室でパイロット製造予定の 200 L 晶析缶を幾何学的相似にダ
ウンサイジングさせた 2 L 容量の晶析機(ミニチュア機) を設計・製作し、次に、こ
のミニチュア機(晶析缶に対する仕込容積率 70%)を用い、委託先所望の結晶サイズ
(結晶粒度分布)に合わせるために、粗体の再結晶を繰り返し、最適撹拌数(205 rp
m)を決定した(表 6)。この撹拌数を基に、パイロット製造時の撹拌数を「単位体
積当たりの撹拌動力一定の式」 を用いて計算した。その結果、撹拌数は 60 rpm と計
算された。この 60 rpm を用いて パイロット製造を200 L 晶析缶(容積率 70%)を用
いて実施した。その結果、100 倍のスケールアップ再結晶で、実験室と同等の結晶粒
度分布を得ることが出来た。

Pv 一定の式」は使える!
 
27. 晶析時のミニチュア機からパイロット製造機へ撹拌のスケールアップ


表 6. ミニチュア機(2 L)とパイロット製造時の晶析缶の寸法及び撹拌数



次に、プロセスバリデーション(PV:商業生産サイズ)で結晶粒度分布を合わせるた
めにパイロット製造時の撹拌数から計算を試みた。プロセスバリデーションでは、図
28 に示す様にパイロット製造(200 L 晶析缶)とプロセスバリデーション時の 2000 L
晶析缶とはバッフルの形状が異なるが、ほぼ幾何学的相似形であり、仕込み量は 10
倍、仕込み容積率は70%でほぼ同等であった。下表 7 には、スケールアップ前後の晶
析缶の寸法を記載している。
 
28. パイロット時の晶析缶とプロセスバリデーション時の晶析缶


7. パイロット製造時とプロセスバリデーション時の晶析缶の寸法及び撹拌数



商業生産用のプロセスバリデーションは、パイロット製造(200 L 晶析缶)時の撹拌
60 rpm を基に、10 倍スケールアップ(晶析缶 2000 L)で所望の結晶粒度分布を得
るため、図 27 の計算シートを用いて実施した。その結果、撹拌数は 39.2 rpm と算出
された(図 29)。この計算値でプロセスバリデーションを実施し、結晶粒度分布の規
格に適合した結晶サイズの原薬が得られた。
 
29. パイロット機(200 L)から実機(2000 L)の撹拌数の予測計算 1


バッフルの形状の違いから撹拌数の値を少し下げる必要があるかもしれないが、 「Pv
一定の式」の計算表を用いると2000 L 実機の撹拌数が38.8 rpm(パイロット機からは
 39.2 rpm)と計算された。このことから、 2 L のミニチュア機晶析缶の撹拌数から
一気に 2000 L晶析缶へ 1000 倍のスケールアップが出来ることを示している(図 3
0)。

30. 実験機(ミニチュア機)から実機(500 L)の撹拌数の予測計算 2


ミニチュア機からスケールアップ時の晶析缶、或は、その逆の商業用晶析缶からミニ
チュア機への撹拌数を予測計算することにより、スケールダウン及びスケールアップ
シミュレーション計算が容易に実施できる。


事例 2.  加圧水素添加(固-液)反応のスケールアップ事例
上記の水素添加(還元)反応を 実験機オートクレーブ(斜形バトル翼)を用いて最大
撹拌数 1,200 rpm で実験を行っていた(図 31)。反応は問題なく進行し、目的物の品
質・収量共に規格適合品を得ていた。実験機では、本反応は問題なく進行していた。
この結果を基に、実機 500 L の還元缶(バトル翼:maxの回転数:86 rpm)を用いて
撹拌数86 rpm でスケールアップ製造を実施した。しかしながら、反応はまったく進行
しなかった。本反応が進行しない理由を検証し、反応が進行する方法を検討した。

31. 実験機オートクレーブと実機 500 L 還元缶


24) Parr社製より

25) 株式会社ユーアイケー www.uikuik.co.jp/gallery/ 


反応が実機で進行しない理由の検証を進めるために、先ず、スケールアップ前後の装
置は幾何学的相似形ではなかったが(図 32)、図 26 の計算表を用いスケールアップ
後の実機へ適応する撹拌数の予測計算を試みた。
実験機オートクレーブの撹拌数1200 rpm から製造現場の実機還元缶500 L の必要撹拌
数を計算すると 186 rpm 必要と計算された。しかし、実機 500 L 還元缶の撹拌機回転
能力(86 rpm)から計算すると、実験機で 555 rpm 以下の撹拌数でないと反応が実機
で進行しないと計算された。従って、実機撹拌機の撹拌能力が計算上の半分以下であ
ったため、本水素添加(還元)反応は進行しなかったと考えられた。

32. 実験機オートクレーブと実機 500 L 還元缶の内部構造


このことから、本還元反応が実験機で進行する最低撹拌数を検証した。その結果、本
反応が進行する最低回撹拌数は 850 rpm であった。これに安全率を掛け実験機に必要
な撹拌数は 900 rpm 以上必要と考えた。製造現場で本反応を進行させるためには、実
機の撹拌機の改造、或いは水素還元反応条件の検討が必要となったため、製造実機(5
00 L)撹拌機能力の向上を実施した。
製造実機の撹拌機能力を向上させるために、実験機から反応進行に必要な撹拌数 900 
rpm (実験値:850 rpm) を用いて「単位体積当たりの撹拌動力 (Pv)一定」の式を用い
て実機の必要撹拌数を計算した。その結果、実機の撹拌数は139 rpm (132 rpm 必要)
必要と計算された(表 8)。この予測計算からも、本還元反応は実機撹拌機の撹拌動
力が低く必要な撹拌数(「単位面積当たりの撹拌動力」)が得られなかったため、反
応が進行しなかったと確信した(850 rpm の時、実機で 132 rpm 必要)(図 33

33. 実験機オートクレーブから還元実機への撹拌数のスケールアップ計算



予測計算から算出されたスケールアップ撹拌数を基に、実機撹拌機をインバー              タ ーに改造し撹拌機の回転能力を 130 rpm まで引き上げることにした(ここで               計算は、全て反応槽の内径で実施した)。本例は完全な幾何学的相似形反応槽                 スケールアップではないが、回転数である 130 rpm で本反応を実施した。本反             は、撹拌機を改造した500 L 還元槽実機で問題なく進行し、品質、収量ともに実           験機オートクレーブで得られた結果と同等の規格適合品質及び収率で目的物を得             ることが出来た。

以上の様に、

 撹拌数のスケールアップは、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)」 = n X d2/3
 一 定を覚えれば怖くない。
Pv = n1 X d12/3 = n2 X d22/3
n:撹拌数(rps (or rpm))、d:撹拌翼径(m))

まとめ、撹拌のスケールアップは怖くない!
 撹拌のスケールアップについて説明してきたが、化学工学の素人が説明しているの
で、理解できない、意味不明、或いは間違っている点があると思っています。理解出
来なかった方々は、教科書並びに web 上に撹拌のスケールアップについて各社から解
説が掲載されているので参照されたい。
 
繰り返しになるが、スケールアップに伴う撹拌数の予測は、
1)既存の反応槽は製造実機の設計図から幾何学的相似形実験機(ミニチュア機)を設計・製作(形状、全寸法比を一定に作製)し、実験硝子加工メーカーに作製依頼することが必要となる。新規に設置する反応槽の場合は、製造メーカー各社に依頼すればミニチュア機及び撹拌翼を作製して頂ける。

2)幾何学的相似形実験機を用い、仕込み率一定、乱流域(状態)で撹拌する。

3)2)の条件を守り、工程操作である反応、抽出、晶析等の撹拌数を最適する。得られた撹拌数を   「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3 一定」の式で撹拌数のスケールアップ計算を実施する。

Pv(単位体積当たりの撹拌動力(kW/m3))= n X d2/3
  n2 = n1 X (d1/d2)2/3 で撹拌数を計算しスケールアップ

4)二(異)相系(固-液、液-液)反応に於いても、Pv = n X d2/3 一定で撹拌数のスケールアップ計算して実機で調整する。

5)次に、この予測撹拌数をパイロット、或いは商業製造等の実機へ適応し、実機で得られた目的物の品質・収率或いは反応時間等と実験機での状況及び結果を比較検証しながら、製造現場の実機を調整する。

6)比較検証の結果に差異があれば原因を解明し、修正し、再度撹拌数を最適化する。或いは、「単位体積当たりの撹拌動力(Pv = n X d2/3 一定」の式で計算した撹拌数を実機に適応し、現場実験(non-GMP時)として必要に応じて撹拌数の調整を行い、実機撹拌数の最適化(撹拌状態の相似化)を図る。

   
撹拌数のスケールアップで実例を示したが、これ以外では「単位体積当たりの撹拌動力(Pv)一定」でスケールアップして問題が生じたことは無かった。一般的にバッチ式反応槽のスケールアップは仕込み量 10 倍、10 倍のステップワイズを基本とするが、「Pv一定」の式を用いて撹拌数のスケールアップ計算と一気に仕込み量 1000 倍のスケールアップが可能であることを示した。この時、製造量に伴う実機での工程操作予測時間を算出し、予測時間をトレースするスケールダウンシミュレーションを実施して原薬等の品質同等性が確保できればスケールアップは怖くないと確信している。

 

本内容が、読まれた方々に役に立てば幸いである。


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